第参幕 火薬ヶ島(ルート)への訪問
トリガー・ハッピーエンド
ルートの扉
火薬ヶ島は『島』と呼べるものではない。
陸地のほとんどは占領されており、かつての島としての面影を跡形もなく変えてしまっている。思わず見上げてしまうそれは自然界のものでないことは明らかだ。
「ここが火薬ヶ島? 島っていうよりは……」
「うわ、すっごい。めちゃくちゃ高いね」
それの姿は『塔』に近い造形であった。
赤褐色の壁が島の大半を埋め尽くして行く手を阻み、天を覆う濃霧によって最上階が見えない。朝なのに薄暗い雰囲気は霧のせいだけではないだろう。
(つまり火薬ヶ島ではなく、火薬ヶ『塔』(かやくがとう)だったのか)
この塔は絶対的に安定感がなかった。
マシュマロにボールペンを突き刺したかのような風貌の塔である。
この巨大な塔が地震なんかでこちら側へ倒れてこないか心配でたまらなかった。仮にそうなれば逃げるまもなくヒキガエルのようにぺちゃんこにされるだろう。走って逃げ切れるわけがない。
沖合からは船のモーター音が空しく響く。
ゆうのすけたちを乗せた商船が火薬ヶ島から立ち去る音だ。彼らは報酬以上の働きはしないし、お金を積まれても火薬ヶ島に停泊することを善しとはしない。お金をもらっても死んでしまっては元も子もないからだ。
「まあ、どうでもいいけれど」
富山しずるはと言うと、船から降ろした赤と白の『アタッシュケース』で両手が塞がっていた。
重厚な見た目から貧弱少女の非力には手に余ると思ったが、苦も無く持ち歩いている辺り中身はそんなに重たいものではなさそうだった。着替えや日用品の類いであろう。
異世界への入り口は、実にシンプルな扉であった。
板チョコにも似た六つもの四角形の集合体。そして真ん中には『火』と描かれた奇怪な開き戸。それが豪勢な外装とトーテムポールの柱がより異質な雰囲気に拍車をかけていた。ゆうのすけは念のために専門家の意見を仰ぐ事にした。
「富山。ここが入り口で間違いないか?」
「んー、どうやらそれっぽいね。いかにも『ここからお入りください』って雰囲気満々やしね。あってると思うよ」
しかし、返ってきたのはしずるの生返事だった。
ゆうのすけはおしゃべりなしずるの解説を聞けると思っていたのに、拍子抜けしてしまう。心なしか元気がないのは緊張しているせいだろう。天下のオカルト薬剤師様でも年頃の女の子には変わりないのだ。
「よし、なら行くぞ」
「あ、ああ、ゆっちゃん、ちょっと待ってよ」
富山しずるは両腕を広げて通せんぼする。
しずるは何かを言おうとしたが、言葉を押し殺すように苦い表情を浮かべた。意味ありげな反応に戸惑いながらもしずるの返事を待つ。
「……なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
「えっと、その……」
「……?」
「も、ももも持ち物チェーック! ルートに入る前に持ち物を確認しまーす」
しずるからのナイスな提案だとゆうのすけは思った。
ここで持ち物を確認しておけば、何か忘れ物に気付くかも知れない。
「確かにな。お前にしてはいいこと言うな」
「……えっへっへ、まあねっ」
富山しずるは煽りの言葉に笑みを浮かべる。
ゆうのすけはてっきり『あたしがいつも良いこと言わんみたいな言い方すんなぁ』と噛みついてくるかと思っていたが、ある意味拍子抜けてしまう。
しずると同時に荷物の確認作業を行った。
あらかじめゆうのすけたちは衣服とキャンプツールを、富山しずるは武器と食料をリュックに分けてきたのである。そうすることでリュックのデッドスペースを効率よく埋めることができるそうだ。これはシブキさんの提案でもある。
しかし、しずるのリュックの中身は改変されていた。
重そうにしていた荷物の中身はペットボトルの群れだった。詰め込んであるはずの食料や武器の類いはほとんど見当たらず、ただ大量の水が眼前に転がり出てきたのである。
「富山しずる、……これはなんだ?」
「ペットボトルですね」
「中身はなんだ?」
「薬品と栄養ドリンクひと月分、あとミネラルウォーターですね」
「……、……食料と武器は?」
「あは、忘れた」
返事を聞くか否や、しずるの両頬をむんずと引っ張った。
それを縦横無尽に伸ばしてやると流石に痛かったのか騒ぎ出したのでゆうのすけは解放してやる。いかに手加減といえど痛かったらしく両頬を押さえたまま泣き言を愚痴っていた。どうやら煽った分だけ余計に捻られたらしい。
「いてて、落ち着いてぷりーず。中には食べられる天然物が生えてるから心配要らんよ。それにこのペットボトルはあたしの武器なんやもん」
「……武器?」
それは果たしてペットボトルそのものが武器なのか、それとも中に入っている大量の水が武器なのかわからなかったが、ゆうのすけはそれ以上言及することはなかった。そうする前にしずるはこちらへ何かを投げて寄越したからだ。
それは、白いアタッシュケースの中身であった。
「それは兄ちゃんからの餞別やってさ」
それは、『小刀の柄』であった。テニスラケットのグリップ程度の大きさである。
しかし、決定的に欠けている。この刀には刀身が見当たらなかった。
「なにこれ、不良品?」
「ううん、それで良いの。むしろそれじゃなきゃ駄目なんやよ」
ゆうのすけは首をかしげる。
絶対に折れないどころか折るべき刀身がどこにも見当たらないのに。これはとんちの類いなのだろうか。ひょっとして自分は富山兄妹に遊ばれているのではないだろうか。
「心配しなくてもいいよ。それはね、ゆっちゃんにぴったりの武器やと思う。ううん、たぶんゆっちゃんが選ぶ最高の装備やと確信するよ」
富山しずるは説明書を広げて突きつける。
英語で書いてある文章に一瞬だけ目をぱちくりさせるゆうのすけを脇目にしずるは代わりにその名前を宣言した。
「その名は『ブロークンハーツ』 絶対に折れない懐刀なんやもん」
…………最高にクールなネーミングセンスだった。
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