49 さらば青春の光。
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オレは、とある山奥の隔離病棟に安置された。
ルートへと放り込んだ組織が騒ぎになるのを配慮して、一般病棟とは違うところを選んでくれたらしい。
ルートでの情報を独り占めにしたいのか、大人にはいろいろ事情があるのだろう。
窓から覗き込む城下町を一望できる病室。
真っ白な机、壁、ベッドにシーツ、ただ花瓶に刺さっている枯れかけの真っ赤なスイートピーだけはくすんだ茶色へと変色していた。
なにをするでもなく、ボーッと景色を眺めていた。
傷だらけでも、変わらなかった自分。
変わったと言えば、十三の頃から身体に刻まれた”あまのじゃくの呪い”の効果がすでになくなっている、ということくらいだ。
逆さ天の字の跡は残っているけれど、もう左手は思い通りに動く。
待ち望んだ瞬間だったのに、なぜか手放しに喜ぶことができなかった。
「おはこんにちは、気分は落ち着いたか?」
奇っ怪な挨拶とともに男装の令嬢が現れた。
キレイな人だーー背がスラッと高く、袖の長い黒色のジャケットとスラックスを着ている。
長い黒髪も総髪として綺麗に後頭部でくくっていた。
オレのルート行きを支援してくれた女性である。
同時に、富山しずるの実姉でもあった。
「シブキさん、お久しぶりです」
「うむ、リアルで会うのは久しぶりだな。私ももっと早く来ようと思ったのだが、報道陣に手を回すのに時間がかかってしまってな。少しばかり足を運べなかった」
なにをどう手を回したのかは、あえて言及しないでおこう。
「聞いたよ、あの”イカサマ”を倒したんだって?」
「はい……まあ、ほとんど相打ちだったんですけど」
「素晴らしい。いつまで経っても捕まらないと思えば、やつは”偽薬・本命”を持っていたそうじゃないか。やつの身体からバッチリ回収させてもらったよ」
「……そうですか」
ああ、ちゃんと拾ってくれたのか。
ならばきっと、今後の呪いの研究に関して活かしてくれることだろう。
絶対に悪用しないと思う、この人の行動原理はお金とかじゃないから。
「キミの”あまのじゃくの呪い”は……もう治ったのか?」
「そう……みたいです。痣は残るようですけど」
「そうか、念願叶ってよかった。やはりルートへ直接放り込んで正解だったということか」
簡単に言ってくれる。
もうかれこれ二、三回は死んでるのに正解だったなんて。
まあ結果オーライというけれど。
不意にふたりの会話が途切れる。
気まずく互いが触れようとしないあのワードにどう言い出そうか、と考えていた。
「オレはどうやってここへ来たんですか。なぜ無事で火薬ヶ島から出られたのか知りたいです」
「ん? 憶えてないのか」
「……てんで記憶にありません」
「キミは火薬ヶ島の入り口で倒れていたんだよ。満身創痍の状態で意識レベルも昏睡状態だったところをヘリの救助隊に保護された。あの時はみんなキミを助けるために走り回ったものだ」
「そうですか、ありがとうございます」
「しかし、どうやって帰って来たのか興味があるな。それさえ解析できれば、ルートの最深部へ行ったり来たりが自由自在なのだが……。思い出したら教えておくれよ」
了解しました、と軽く返事をした。
ああ、きっと『エゴ』のヤツがやったんだ。
あそこでそんな真似をできるのは火薬の長であるエゴくらいしか思いつかない。
人間の目に映るだけで危険なのに、大したやつだ。
「正直な話、ピカイチから定期連絡が途絶えた時には気がどうにかなるかと思った。全滅を覚悟したけれど、キミが戻ってきてくれて、心底安心したよ。これでまた、人類は悪性新生物に対抗する可能性を残すことができたのだから」
「……他に生還者は、いないのですか?」
「生きたまま帰って来たのは、キミだけだ」
シブキさんの言葉が胸を抉る。
その言葉の意味は、嫌と言うほど分かっていた。
しずるがオレに、してくれたことを考えれば当然の結果だった。。
ーーあとひとり分の血液がいる、と彼女は言った。
そして、あろうことかしずるはオレに彼女自身の血液を輸血したのだ。
本来なら相応の機器が必要であるが、血液を弾に変える”血飛沫”があってこそ可能だったらしい。
血液型も幸い同じO型だったからか、おどろくほど拒絶反応もなくすんなりと馴染んだ。
けれど、だたでさえ貧血であるしずるは……。
「……ゴメンなさい」
だれに向かって放った言葉なのだろう。
目の前のシブキさんか、それとも命と引き替えに助けてくれたしずるに対してか。
はたまたその両方なのかは言ったオレ自身にも分からない。
「なぜ謝る必要がある?」
「だって、オレがいなければこんな結末にはならなかったんです。あいつだけなら問題なく帰還できたはずなのに、完全に足を引っ張って……それで、こんな無様な結果に……」
言葉が喉に詰まる。
彼女の方が生きるべきだったのに。
これから大勢の人を救える逸材だったのに。
価値のないオレなんかを助けてしまったから、こうなった。
「どうやら、きみにはしっかり話しておかなければならんようだ」
「へ? ……なにをですか?」
「私には富山しずるがどれだけ幸せだったかを、伝える義務がある」
シブキさんは窓際にある円形椅子に腰を降ろす。
オレと外の景色を交互に見たあと、思い出すように話し始めた。
ーーしずるが語らなかった呪いの部分を、語り出した。
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