48 泣いてるうちは、死なないで。
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富山しずるの蒼白な手が、オレの顔を触れた。
いまの血の気が少ないこの身体と同じくらいに冷たくなっていたけれど、その行為そのものは火照ってしまいそうなほどに暖かいものだった。
イカサマが開けていった扉からここまで入ってこられたのだろう。
扉を壊そうと”血飛沫”と”紙吹雪”による血液の撃ちすぎで軽い貧血を起こしているようである。
ーーーなにそれ自滅じゃん、と笑ってやろうにも元気がない。
全身傷だらけ、とくに右脇の大穴から血液が漏れだした。
満身創痍のオレに向かって、富山しずるは膝枕をした。
「泣いてるうちは死んじゃだめだよ」
しずるはオレの頭を抱えてそう言った。
「人間はこの世に生まれて来た時、みんな泣きながら生まれてくるんだよ。だから死ぬときくらい笑わないとダメーーもう思い残すことはないって笑顔で死ねるまで、生きるべきなんだよ」
カッコイイことを言うなよ、富山しずる。
そんな話を瀕死のオレにするんだよ。
それじゃあ余計に生きたくなるじゃないか。
「詳しいことはお姉ちゃんに任せるけれど、これだけはあたしの口から言っておきたいの。イカサマが話した”あたしが呪いをかけた”って話の詳細をね……っていうか、聞きたい?」
オレは痛みにかまわず頷いた。
それを見て、しずるは困った風に笑う。
「ゆっちゃんの弟さんを殺めた暴漢ーーーあれはあたしの作ったクスリが原因であんなふうにおかしくなっちゃったんだよ。まだ未発表の試薬品だったけれど、きっと誰かが横流ししたんだろうね」
ああ、そういうことか。
しずるは、あまのじゃくに呪われた。
ただ、狂気の原因となった”薬”を作ったというだけで、呪われたわけだ。
オレの『弟を殺した犯人を呪ってくれ』という願いを叶えるために。
直接関係ないはずの富山しずるの下へと天の邪鬼は呪いを運んだのだ。
つまり、オレが呪いをかけた
「実行犯はショック死したみたいだけど、あまのじゃくはあたしを”共犯”という概念の下に現れた。あたしを殺せば、それで契約は完了して”依頼人”のところへ命を取り立てに行く。そこであたしは交渉した。『あたしとその依頼人に”半分ずつ”だけ呪いをかけることはできないか』って」
「……」
「天の邪鬼にとって契約を多く取れば、それだけギャラが大きいからなんとか了承したけれどーーーーあたしは『鳴かず飛ばずの呪い』で成長を奪われ、ゆっちゃんは『あまのじゃくの呪い』で左手の自由を縛られた」
これが呪いについての全部だよ、としずるは言う。
今まで隠しててゴメンね、と詫びをついでに入れながらに。
「本当にゴメン、こんな簡単に許されることじゃないだろうけれど」
なにを言っているんだ。
それじゃあ完全にオレのせいじゃないか。
オレの知らないところで、迷惑をかけたな。
「そんなことない、あたしはこの『鳴かず飛ばずの呪い』のおかげで生きる希望ができたの。毎日毎日、食事のためにしたくもない研究をさせられ続けて、作りたくないものまで嫌々作らされて、もうお先真っ暗な状態だったから」
「…………、……」
「あたしは天の邪鬼に呪われた時に一度死んでいた。そして二度目の人生を貰ったの。それから自分の手で未知の病に侵された人をひとりでも救いたいって、本気で思えたんだよーーーそれが今から、達成しようとしているの」
「…………、やめ、て」
「だからもう、あたしは満足だよ」
やめてくれ。
なんでお前はそうなんだ。
泣いているなら生きろと励ますお前がどうして。
なんで、そんなに嬉しそうに笑っていられるんだよ。
「あたしなら大丈夫、ゆっちゃんで最後だから。もう未練なんて残ってないよ、化けて出ることも……たぶんないんじゃないかな。だってこんなに幸せな気持ちなんだもん」
今のオレにそんな冷たいことを言うのかよ。
オレに付いてきてくれないのか、一緒に来てくれないのかよ。
なんで、勝手に自己完結してるんだよ、お前ってやつは。
「ゆっちゃんはこれから、精一杯に生きてよーーー最後で最期のお願いだから」
こんな辛い目にあってでも、生きろって言うのか。
いままで数あるお願いをされてきたけれど、ここまで重たいお願いは初めてだ。
けれど、オレたちに与えられた時間は残り少ないらしい。
「そろそろかな、もっとお喋りしていたいけれど……、眠たくなってきたから……休ませて」
それがお前の望みなら、オレはせめてーーー、
その淡く尊い願いを叶えてやろうじゃないか。
「や……くそく」
絶対に破らない誓いのお呪い。
今度こそ右手の小指を立てる。
頭を抱えるしずるの真っ白な小指に絡めた。
約束するよ、お前のお願いを聞いてやる。
笑えるようになるまで、死にものぐるいで生きてやる。
「……うん、やくそくだよ。じゃあ、わすれないように……アレ、うたっちゃおうか」
オレは声が出ないから、口パクで合わせる。
せーの、としずるの小さな合図で歌い始めた。
「ゆ~びきりげんまん、うそついたらハリせんぼんの~ます」
ーーーチュッと官能的な音がする。
歌の途中で、しずるから接吻をされたのだ。
わずかに唇が触れる程度であったが、歌を止めるには充分。
初めての、甘酸っぱいキス。
ビックリしたオレの顔が可笑しかったのか、わからないけれどーーー。
「ゆ~びきった。 またね、ゆっちゃん」
しずるは最期まで、嬉しそうに笑っていた。
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