45 汚染から解放する答え。
★★★
オレは左手の感触を確かめた。
あいかわらずあべこべな動きをしやがるこの左はさっき勝手に動いたのだ。
正反対の動作をするだけのはずが、自分勝手に行動するなんて初めてのことであった。
そして、そこに答えがある気がした。
直感であるけれど、たしかな予感である。
イカサマはこちらに踏み込んでこない。
どうやらこちらの動きを見定めた上でトドメを刺しに来る魂胆のようだ。
ーー次の一瞬で勝負が決まる。
何度も何度も扉を振動させる振動音に身体を委ねながら、そう思った。
富山しずるが、また扉を攻撃しているのだ。
この緊迫した状態でよくもそんな元気ーーもう血の撃ちすぎで貧血を起こしてもおかしくないのに、ぶっ倒れる覚悟で彼女は”血飛沫”と”紙吹雪”を乱発射しているのだ。
銃声が止んだのを見計らって、背後にいる富山しずるに声をかけた。
「オレは怨まない、富山しずるのことを憎んでいない」
「そんなわけないじゃん、あたしは……酷いことをした」
「それでもだ。オレの”呪い”を解く為に手を貸してくれた。お前の目的はわからんけれども、その一点だけは本物だから。イカサマの言うとおりにお前が呪いをかけたのだとしても、責めるつもりはないよ」
理由は気になるけれど、と最後まで言わなかった。
そこまで言ってしまうと、催促しているように聞こえるからかもしれない。
これが最後の会話になるかもしれないのに、そんな余裕はないか。
もっと話しておけばよかったのかな。
「富山しずる、ここまで付いてきてくれてーーーありがとう」
オレは、後ろ手に地獄門の鍵を開けた。
★★★★
解錠の音と同時に、イカサマが動く。
小細工もなにもない腕力に任せたアイアンクロ-だ。
たしかパンサーさんあたりが使った長いリーチを最大限に利用した攻撃である。
この局面でイカサマらしくない直線的な攻撃に移ったのはひとえに”この攻撃がもっとも効率的に殺せる”と判断した攻撃の合理化した上での決断であろう。
事実、最良の一手である。
地獄門は構造は”引いて開けるしかない”のだから、解錠ができたところでドアノブを捻って引くことができなければ開いてないのと変わらないのだ。
つまり距離を詰めることこそが確実で明快な答えである。
及第点と言える攻撃の手管。
唯一失敗だとすれば、オレの目的がこの部屋から出ることではない点である。
「……、……なにィ!?」
驚きの声はイカサマから上がった。
身を引こうとするはずのオレが、むしろ前へと踏み込んできたのである。
この解錠は外へと飛び出すことが目的ではなく、イカサマを間合いへと呼び込むための行動だった。
直線のアイアンクロ-の軌道に対して、オレは逆らわない。
身体から力を抜き、雑念を殺し、大気に身を委ねた。
イカサマの刺突が空を切る。
その風圧に負けたかのように、皮一枚で躱したオレの身体は自然とイカサマに吸い寄せられるように近付いた。
意識するまでもなく、肉体は最良の手段で”呪い”を叩き込もうとする。
さっきまでの直線の掴みでは遅すぎる。
もっと早くするには、左手を”鞭”にする必要があった。
「名付けて”トリック・スタン”」
イカサマの背中へ、思いっきり掌を叩きつけた。
掴み技から張り手技へとシフトした攻撃。
パンサーに使ったスタンプの応用編であり、たぶん究極形態。
速さと異能を兼ね備えた攻防一体の奥義。
「あ、ああッ、ああああぁぁぁぁ ーーーーーーー!」
「痛いだろう、苦しいだろう。それはお前の殺してきた人間たちの苦痛だ。そしてお前も一生オレと同じ”あまのじゃくの呪い”を背負わなければならない」
「い、痛い、いてえよチクショウーーー、おのれこんな呪いごときに……」
「無駄だ、”呪い”は背骨に命中している」
イカサマは地面に転がり、悶絶し始めた。
すべての動きが逆になれば当然立ち上がることも不可能になる。
地面をのたうつちまわる動きでさえ、思った方向ではない。
まるで『正気でも失った』かのような動きを強要するがゆえの”トリック・スタン”
取りかえしのつかない悪夢の呪い。
「勝負ありだ、そのままトドメを……え?」
しかし、どうやら見通しの甘かったのはオレの方だった。
イカサマは皮膚をひんむき始めたのだ。
まるで生まれたての子鹿のようである。
むき出しの上半身はすでに原型を留めておらず、筋肉隆々であった。
満身創痍にも関わらず、一心不乱に脱皮を繰り返す。
すると、背中にある”あまのじゃくの呪い”は徐々に薄くなり始めたのである。
脱皮を繰り返すごときに色調が明るくなっていく。
ーーーまさか、”あまのじゃくの呪い”を破るつもりなのか?
偽薬・本命は脱皮を繰り返し、別の生命体へと変身する百薬の長。
つまり、呪いが尽きるその年月まで身体を未来方向へと進めようってことか。
だが、それを黙って見ているほどお人好しではない。
今度は頭部へと”トリック・スタン”を喰らわせてやる。
「今度こそ、脳に直接焼き付けてトドメだーーッ!」
一瞬、刹那の間。
ほんの一点の死角であった。
イカサマの身体が影になって見えなかった右腕は極太の筋肉で膨れあがっていた。
おそらくピカイチの腕だろう。
百戦錬磨のイカサマ師の真骨頂をこの土壇場に来て思い知らされた。
「さようなら、地獄への片道切符だよ」
腹部へ爆発した衝撃とともに、そんな声が聞こえた気がした。
そんな気持ちさえも、遥か彼方へと消し飛んだ。
★★★★




