44 歩み続けた道の靴跡。
★★★★★★
ヒーローピカイチの格好をしたイカサマ。
重さ六十キロはくだらない鎧を着こなしているあたりかなりの力持ちである。
これも偽薬・本命による”脱皮による変身”の賜物なのだろうか。
「それじゃあ、ーーーさっさと死になよ」
大地を揺るがすうねりを上げて、突進してきた。
巨体には似合わないスピードであるーーーまるで見た目はブルトーザーなのに初速百キロオーバーでこちらへ向かってくるような圧倒的迫力である。
もちろん正面から立ち向かうわけがない。
生身でそんなことをしてはこちらの身体がバラバラになってしまう。
たったの一撃でミスティを破壊してのけたのだから、そんなことは朝飯前である。
ーーーだから、オレは逃げることにした。
石像に身を隠しながら、イカサマから距離を取ったのである。
「おいおい、無様に逃げるのかい? 敵前逃亡、士道不覚悟じゃないの」
「そんな口を叩いている暇があったら、捕まえてみるんだな」
イカサマはオレを追いかけてくる。
しかし、あまりに遅い。やつの行く手には数にして二十近い石像があるのである。
ピカイチの巨体に変身したやつではぶつからずに通り抜けることができない。
それに加え、ピカイチは曲線の動きに弱かった。
初速からマックスをたたき出すピカイチの鎧『剛柔スーツ』は円運動に劣る。
長所があるから短所がある、とはこのことだ。
さしずめ、命を賭けた鬼ごっこ。
ミスティの時と同じシチュエーションであった。
違ったのは、イカサマの方が何倍も頭がいい、というところであった。
「いつまでも逃げ切れると思わないことだよ。このモードのピカイチには小細工は通用しない」
「この状況で言われても負け惜しみにしか聞こえないぜ」
イカサマは腕を思いっきり振りかぶる。
しかしあまりにも遠いーーオレを殴るためには八メートルと間にある有象無象の石像を何とかしなければならない。この間合いにも入っていない状況で一体なにをするつもりなのだろうか。
そして、オレは思い出す。
ピカイチがオレに見せた技らしい技。文字通り必殺技。
ミスティを屠ってみせた未曾有の怪力。
「石像が邪魔なら、逆に利用すればいいじゃないか!」
二メートル大はある石像を豪快にほうり投げた。
すると、まるでボウリングのピンであるかのように周りの石像がなぎ倒されていく。
やつの放った石像は、真っ直ぐ石像の影になったオレに向かって飛んできたのだ。
完全なる不意打ちーーいや、あまりにスケールの違う攻撃であったがゆえに脳が誤作動を起こしてフリーズしてしまったのである。
その一瞬が命取りになった。
身体がピンボールにでもなったかのように、後方へと吹っ飛んだ。
視界がぐるぐると回り、どっちが上か下かさえ曖昧になる。
きっとハリケーンに巻き込まれた牛はこんな気分だったのか。
宙に浮くようなハイな気分になって、無様に崩れ落ちたのである。
壁に叩きつけられて、地面へと崩れ落ちた。
「ーーーっっつ、」
正常な呼吸ができない。
こんな激しい勢いで殴られたのはおそらく生まれて初めてである。
運良く石像に踏みつぶされなかっただけ良かった。もし下敷きになっていたら、そのまま圧迫死かイカサマによる追撃に耐えられなかったであろう。
「あはは、今の一撃で変身が解けちゃったよ。ほんっとにピカイチさんの技は派手だけど燃費の悪い技だね、まあこれ」
まあ、どっちにしても同じである。
今の一撃で足の骨がイカれたーーもう逃げ回ることはおろか攻撃するにしても踏み込みが死んでしまうために有効打を浴びせることは不可能である。
まるで案山子だ。
ただトドメを刺されるのを待つだけ。
「ゆっちゃん! お願い、ここを開けてっ!」
気が付けば、背後の壁は地獄の扉であった。
向こう側では富山しずるがオレの名前を呼んでいるではないか。
この扉の旧時代的なロックを解除すれば、この窮地から逃げ出せる。
ふたりがかりならば、なんとかイカサマを倒せるかもしれない。
しかし、最大の難所は扉の鍵にこそあった。
「くそ、これは二重ロックの扉じゃないか! これは外すのに時間がかかるぞ」
「そんなこと言ってる間に、早く開けてってば」
「トリックがその扉を開けるのに必要な動作は”ドアの鍵を外す””ドアノブを捻る””地獄の扉をひらく””外へと飛び出す”の四行動だよね。そんな重大な隙をボクが見逃すとでも思っているのかい? 第一行動中に仕留めてみせるよ」
あまりにも危険な賭けである。
たったの三メートル先、もう射程距離に入っているといっても過言ではない。
さっきのブロークンハートを粉砕した握力でのど元を抉られれば、たちまち死んでしまうだろう。
今、背中を見せるのはのど元をさらすのも同然の愚行なのだ。
「お前の狙いは判ってるぞ。このままオレを殺して、オレに化けるつもりだろう。そして富山しずるの側に”氷見ゆうのすけ”として生涯を送る。しずるは飽きたときに捨てればいいし、オレの言うことならきっと聞いてくれるからだ」
「ふーん、そこまで判っているんだね。凄いよ」
「嘘つけ、ぜんぜん心がこもってないぞ」
「心なんて、偽薬の長になった時からすでに捨てたよ」
だから怖いものはないよ、とイカサマは言う。
なるほど、ヤツは心を捨てて、魂を投げ打ってまでして偽薬の長を掴んだ。
その覚悟を上回るには、こちらも同等のなにかを賭けなければなるまい。
ヤツの代償に釣り合いの取れるようなものを捨てるしかない。
そして、オレは自分の根っこの部分にある、アレを捨てることにした。
オレの『プライド』を捨てることにした。
「どっちが死んでも、恨みっこなしだからな」
★★




