第弐幕 嘘から出た大嘘 その一
トリガーハッピーエンド
富山静流について少しだけ触れておこう。
オレが知っている情報は今回のルート攻略に必要な情報を実姉である富山シブキさんから聞かされているので、それを含めた範疇でお話しよう。
富山しずるは凄腕の医者である。
従来の医科薬学の領域から外れた手腕を振るいながらも、ただ結果のみを求める野心家。
あまりに規格外でありながら、周りから異端と呼ばれながら、それでもなお歴史を塗り帰り続ける彼女を大衆は『神の御業』と褒め称えた。
まさに”生きる伝説”と呼ぶに相応しい。
人呼んで『マジカルドクター』なんて名乗っている。
ちなみにオレは医者なんて大嫌いだ。
先生という職業はどこか偉ぶっているイメージがあり、あろうことか女のくせに優秀な医者だなんてプライドの塊みたいな人間だと容易に想像出来る。
しかし、異世界を攻略するためには彼女の力を借りずにはいられない。
『マジカルドクター・富山静流』
彼女に会うために船内の控え室へと向かった。
☆☆☆☆
違和感を感じたのは船内に戻った時だ。
甲板からハシゴ伝いに降りた先にある船員用の粗末な休憩室。さっき見たときとはなにか雰囲気が異なっていたし、船体が揺れる度にゴロゴロとなにかが擦れる音がひっきりなしに響いていたからだ。
「……、……入りますよ」
横へスライドさせる扉を開く。悲鳴にも似た軋みを上げて抵抗するドアは易々と開いた。室内は明かりがなく、はめ殺しの窓から一筋の光が差し込む。
なんてことはない、船員用の白いハンモックと汗の染みついた二段ベッド、正面の壁には高級感あふれる衣装直し専用の鏡、そして木製の簡素な椅子がちょうど三つ用意されている。
違う。椅子は三つじゃない。四つだ。ひとつ倒れている。
ーーーー女性が床に倒れていた。
うつぶせに倒れた彼女はぴくりとも動かない。
「……おい、冗談だろ」
富山シブキの自慢の妹。山吹色の浴衣姿。
商船の揺れで何度も床を転げ回ったのか衣服は乱れ、左の肩胛骨から血痕らしき黒ずみが確認できる。もう着ることも出来ないであろう。着るべき人間がこの世にいないという意味でもある。目が暗順応するに従ってその惨状はゆうのすけの目にはっきりと浮かんできた。
思考が整理しないまま、ほぼ反射的に動いた。
もしかしたらまだ生きているかも知れない。ただ眠っているだけで、この血痕はただのケチャップで死んだふりをしているのかも知れない。そんな淡い希望に賭けてゆうのすけは休憩室に足を踏み入れる。
うつぶせでゆうのすけからは表情が読めない。けれど、この部屋に漂う生々しい臭いは血液の臭いであった。
彼女の姿を見ても、オレの思考は冷静であった。
誰がこんな事をしたのか? この商船にいるのはオレと富山静流、そして操縦桿を握る船長さんだけしかいないはずである。しかし船長はこの荒れた海流で操縦桿を放せばたちまち海流に呑まれる。船長の可能性は薄い。
「つまり、他の誰かがこの商船にいる、ってことか」
途端にこの小さな商船が魔物の巣窟であるかのように感じる。それでも確認しなければならないことがある。富山静流の安否。せめてそれだけは確認しなければならない。
オレは富山静流の傍らでかがんでその青白い矮躯に触れようと手を伸ばす。
しかし、それは叶わなかった。
オレがしずるに触れる前に背後から声が聞こえたのだ。
「ーー動くな。手を上げろ!」
後ろを取られたか。と内心舌打ちをする。
妙に高い声と同時に、後頭部に堅いモノが押しつけられたのだ。
拳銃。しかも割と大きめの代物。
この感触はきっと拳銃である。
「なら動かないで手を上げる方法を教えてくれよ」
「た、確かに。……じゃあ手を上げろや!」
「人にものを頼む態度じゃないぞ」
「そっちこそ命乞いする態度じゃないんだけどね? いいから手を上げろ! さもないとその後頭部をプチトマトみたいに吹っ飛ばしてや……」
しかし、オレはその声に従わない。
それどころか後頭部に銃を突きつけられているにも関わらずくるりと後ろへ振り返った。あまりに常軌を逸した行動に襲撃者もあっけにとられる。
そして、襲撃者を目視したまま呆れたように呟いた。
「……何のつもりですか。富山静流さん」
「あーもう、動くなって言ってんのに!」
ーー襲撃者は、富山静流本人だった。
緊張感の抜けた声とともに彼女は銃を床へと落とした。お手上げだと言わんばかりに舌を出しながらに残った右腕を天高くかざす。もうさっきまでの緊張感は欠片もない。
ちなみに倒れていた富山静流がいきなり後ろから現れたのではない。
現に彼女はいまもオレの足下に倒れている。つまりこれはもっと根本的な問題である。
「けど、どうして気付いたの? 絶対に分からないと思ったのに」
「いや普通に、その位置だったらテーブルの上にある鏡に丸写りなんですけど……」
「なんというケアレスミス! こりゃもう立ち直れねー!」
この娘は、これをケアレスミスと言うのか。
むしろ鏡なんて視野を広げる代物をこんな場所に置いておくだなんて騙す気があるのかも疑わしい。
「改めまして、富山静流だよ。これから一緒にルートに潜るのでよろしく」
彼女は浴衣姿の子どもだった。
想像以上に性格は明るく、見た目は十三歳ほどである。
さっき倒れていた成人女性な彼女はダミーであり、ここへ来るまでのカモフラージュであったらしい。
話を聞くに『生きる伝説』『神の御技』と騒がれたかの有名な『マジカルドクター』である。
狐につままれたような気持ちになった。
詐欺、とまではいかないけれどーープリンター本体は安いのにインクカートリッジは高いよ……みたいな姑息商法のような心持ちである・
一気に拍子抜けした反面、ふつふつと何かどす黒い感情が湧きだしてきた。
「ちょっと話があるんだけれど……」




