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38 生まれて初めての殺人。

 ★★


  弟は俺と違って未来の明るい人間だった。

 誰からも好かれ、身長が高く、頭もいい。そして他人思いのできた人間。

 俺に無いものを全部持っている。

 だからこそ、あいつは真っ先に犠牲になったのだ。


 絶望していた。

 犯人を殺す事ができない自分に。

 絶句した。

 犯人を守るこの国の法律と人間たちに。

 そして、絶望はいつしか憎悪へと姿を変えた。

 けれど、方法がわからない。

 復讐を達成する方法がどこにもない。


 だから、『逆さ天の字』を試した。

 怒りを込めて、自分の血で何度も何度も掌になぞった。

 そして、ただ幸福の代行者を待った。

 途方に暮れて部屋に引きこもる日々。

 だれもいない二人部屋で、後ろから声を掛けられた。


「んん~~っ心地よい絶望だな、少年。そんなに人が憎いかい?」


  振り返らず、等身大の鏡を見る。

 紫色の子鬼ーー天の邪鬼が静かにたたずんでいた。

 思っていたよりもずっと小さく、弱そうにみえる。

 まるで虎とネコくらい違う。けれどそんなことは関係なかった。

 ーーーやっと会えた、と内心思ったからだ。


「お前は、なんでも願いを叶えてくれるんだって?」


「いいや、お前の願いなんて叶わんよ。でも聞いてやるぐらいならできるぜ」


「……なんだ、叶えてくれないのか?」


「叶えられるよ、ただし代償は払って貰うぜ。それでもいいんだな?」


「人を呪わば穴二つ、ってことだろう? わかったよ」


 想像以上の鬼である。

 人の願いを聞くだけ聞いてそのままとんずらする魂胆なのか。

 けれど、俺はお前の攻略法を知っている。

 この瞬間をだれよりも待ったのは他ならぬ俺なのだから。


「……弟がみじめに殺された」


「ほう」


「犯人は名前と年齢、職業しか知らない。俺はその犯人を何度か殺そうとしたけれど、結局はできなかった。法律でもやつに死を与えることはできないらしい」


「それで?」


 俺は、感情を殺して言い放った。


「お願いだ、天の邪鬼……犯人を殺さないでくれ」


「……ほう」


  天の邪鬼は目をまん丸にする。

 目に見えた驚きとほんのちょっぴりの警戒心が見て取れる。

 こういう質問をされることは少なかったのだろう、判るよ。

 だからこそ、お前の『逆にしか答えられない性質』を利用する。


「犯人を死ぬほど殺したいーーだから殺すな。弟の敵だ、つまり殺すな。いいか絶対に殺すなよ、なにがあってもだ。勘違いするなよ、別に犯人を殺してほしいわけじゃない。あいつを殺すのは俺なのだからな。ようするに……殺すな、お願いだからーーーっ」


  言ってるだけで涙が噴き出してきた。

 心が痛い、本当のことから目を背けて気持ちを裏切るのは本当に辛い。

 もう限界だ、吐きたいほど気持ち悪い。


「……お前、面白いな」


  天の邪鬼はそういうと、部屋のある場所へと歩き出した。

 ベッドの枕元に置いてある目覚まし時計。

 そして、置き時計を手に取ると指先でくるくると器用に回し始めた。


「俺様の性質を理解し、あくまで利用しようとする。まだ餓鬼のくせに生意気だ。お前が必死で懇願するのを『だが断る』って言おうと楽しみにしていたのに、こんな面白いやつに出会っちまうなんてよ」


「……」


「しかし、残念だったな。そんな見え透いたツンデレなんか意味ねーんだよ。俺様は人の心が読めるんだーー本当に読める、映画の字幕みたいにな。つまりお前が涙を流してまでいったそのセリフもまったく無意味ってことだ」


 ーーーああ、なんとなくそう思ったよ。おまえ賢そうだもんな。


 天の邪鬼は目覚まし時計を鷲づかみにする。

 すると、ある変化が見て取れた。

 何かが焼ける匂い。そして時計の裏側ーー電池のある部分にはあの『逆さ天の字』が刻まれている。

 ーー焼き付けたのか、あの文字を。

 そして、なにより驚いたのは時計の文字盤だ。

 日の没する午後五時。

 しかし長針はまったくの逆方向へと回り始めていた。

 これが、天の邪鬼の能力なのか。

 人を超えた神の御技なのだろうか。



「だからこそ、殺してやるよ」


「……へ?」


「お前のセリフがまったくの無駄だったからこそ、殺してやるって言ってるんだ」


  意味がわからない。

 あまのじゃくは自分の気持ちにさえ嘘が吐けるのか。

 本当に骨の髄までツンデレである。



 ★★★


  そこからは実にスムーズだった。

 天の邪鬼に犯人の名前と年齢、職業ーー俺が知っているありとあらゆる情報を伝えた。

 すると、皆まで聞くことのなかった天の邪鬼はゆっくりと腰をあげるとスッと姿を消したのである。

 あとは任された、とでも言わんばかりに。

 その代わりに、命を貰うと言い残して。

 こういう噂ではやや誇張と曲解があたりまえだと思っていたが、命を奪うのは本当らしい。

 でもそんな些細な事実はどうでもよかった。

 俺の命だけで、怨みが晴らされるのだから。

 そして、結果は翌日の朝にはあきらかになった。


「今日未明、○○○~~氏が独房で死亡しているところを発見されました」


 死因は不明。

 ただし、左胸部に奇妙な文字が浮かび上がっていることが事件に関与していると考えられ警察は調査を進めている。


 本当に殺りやがった。

 俺はこの時、飛び跳ねて喜びたかった。

 あまのじゃくの力は本物だーーあの目覚まし時計に使った時の能力だろう。

 本当にただ嬉しかった。弟の無念を晴らせたのだから。


 そして、俺が生まれて初めての殺人であった。



★★★


 しかし、天の邪鬼が再び現れることはなかった。

 代わりに左手の平にある『逆さ天の字』が消えなくなった。

 薄い痣となって身体に残ってしまった。

 それ以降、左手の自由はなくなったーーすべての動作が真逆になってしまったのである。

 これが”あまのじゃくの呪い”の馴れ初め。


 俺の左手を代償に,


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