37 あまのじゃくの呪い
★★★
そろそろ”あまのじゃくの呪い”について話すべきだろう。
これからの話には必要不可欠なワードであるし、まさに”呪い”を背負ったときの出来事であるからだ。
俺は北陸の田舎街で育った。
実家は小さな料理店ーーー家は遊び回れるほど裕福ではなく、かとって餓えてしまうほど貧窮しているわけではない。両親と兄弟がふたりの四人家族でひっそりと普通に暮らしていた。
きっかけは”ひとつの死体遺棄事件”である。
俺の地元、ある河川敷で当時十四歳であった女子中学生が死亡しているのが発見された。
遺体には激しく揉み争った痕跡があり、何者かの殺人である見解であった。
しかし、死因を特定することはできなかった。
致命的な欠陥がさっぱり見当たらないのである。
ただ、全身に『逆さ天の字』が浮き上がっていた。
紫色に変色した”天”はまるでタトゥーであるかのように全身の皮膚を覆っていたのである。だれの目からも異常な現象を前に検死解剖の結果から”呪い”であると結論付けた。
ここでの”呪い”は”現代医学では決して解明できない未知の病”のことを指す。
もちろんこの事実は公に出ることはなかった。
しかし、俺だけはその事件を知っていた。
なぜなら、第一発見者はなにを隠そうこの俺自身だったからだ。
警察からは”秘密厳守”を約束させられて即日釈放された。
ーーーその事件を眺めていたのを憶えている。
同い年の子どもが”呪い”によって死んでしまったのだから注目しないはずがない。名前も顔も知らないひとではあったけれど、ただトラウマになってしまいそうであった。
通報するときにふと『逆さ天の字』に目をやった。
このタトゥーはもう見ることなどないだろう、と内心思っていた。
しかし、そう日をまたぐことなく出会うことになった。
「このおまじない知ってる?」
興味本位でその話題を振りまくクラスの女子がいた。
なんでも、おしゃべりな彼女はおまじないとやらに詳しいらしい。
身体に直接文字のシールを貼ると効果がある類いのおまじないであるーーもちろん後で剥がせるファションのひとつであり、学校で軽く怒られる程度のものであった。。
彼女の携帯からファイリングしたおまじないのデザイン集を見せてもらうと、あろうことか、つい先日みた『逆さ天の字』がそこにあったのである。
さりげなく、彼女にこのタトゥーについて訪ねると顔をしかめた。
「あーこのタトゥはやめた方がいいよ、あまのじゃくが来るから」
「え?どういうこと」
「このタトゥはね、あまのじゃくを引き寄せる……いわば目印みたいなものなんだって」
天の邪鬼。紫色の餓鬼。
ひそひそ声の彼女はさらに続ける。
「聞いた話によると、天の邪鬼は”終末の代行者”らしいよ」
「代行者……なにそれ?」
「人の不幸を敏感に感知してこの『逆さ天の字』を持ったひとのところへ現れるとか。そしてなんでも願い事を叶えてくれるんだって、でも代わりに命を奪われるそうだよ」
なんでも願いが叶うおまじない。
たしかに魅力的ではあるけれど、代わりに命を取られたら意味ないじゃんか。
「意味ないじゃん、自分が死んじゃったら」
「そだね、”なんでもお願いが叶う”のはもったいないけれど、死んだらおしまいだよね」
そうでしょ、と相づちを打ちながら俺は内心思った。
もしも彼女の言う”天の邪鬼”が本物だというのなら。
河川敷で倒れていた全身タトゥの少女。
彼女は果たして”お願いがかなったのだろうか……?”。
★★
その翌日、弟は二泊三日の修学旅行だった。
十三歳になる弟はたぶん初めてになるだろうーー遠出に胸を躍らせていた。行き先はどこだったか、別に珍しい場所ではなく聞けば『ああ、あそこか』と判ってしまうようなところへの旅行であった。
弟の気持ちは痛いほどわかった。
初めての旅行、初めての県外、考えるだけで急に世界観が広がったかのような感覚に浸れる。
普段はあまりはしゃがない、どこか冷めた子どもであった弟は目を輝かせていたのを憶えている。
「それじゃあ、行ってくるよ」
そして、玄関から出て行く姿が記憶に残る最期のシーンだった。
ーーー弟は二日目に無言の帰宅をした。
自分の足でうちの敷居をまたぐことはなかった。
修学旅行自体がめちゃくちゃになり、最悪最低の旅行になった。
なんでも、修学旅行中に暴漢に襲われたらしい。
なにかの薬で狂った男から同級生を守る為に、身体を張ったそうだ。
クラスの子を庇うように覆い被さった弟を何度も刺したという。
その犯人は、実名を晒すこともなく、代わりに俺の弟は実名報道で顔写真付きのニュースがテレビ画面で踊った。この不条理を前に、弟を辱められた怒りは行き場を失っていた。
しかし、暴漢は死刑にならないと警察に言われた。
くわしくは判らないけれど、精神不安定の状態で行われた殺人は情状酌量の余地があるらしい。
よくて五年の実刑判決、だそうだ。
法で裁けないのなら、直接手を下すしかない。
俺は即日犯人が収容されている刑務所へと向かった。
しかし隔離状態にある犯人と面接さえ許されず、顔を見ることもできずにつまみ出された。
何度も強引に入ろうとしてあやうく俺まで犯罪者になるところであった。
結局、警察と法に守られた犯人に手も足もでなかった。
ーーー弟の無念を晴らしたい。
俺を突き動かした激情はいつしかしぼんでいき、ただ部屋に閉じこもる日が続いた。
そして、ほんの無意識だろうか。あるいは潜在意識に刻まれていたのだろうか。
溺れた血で左の掌に『逆さ天の字』を書いていたのである。
警察でも法律でもない。
幸福の代行者に頼もうと思い立ったのだ。
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