36 骨折り損のくたびれもうけ。
★★★★
火薬の長がエレベータの中から出てくる。
それを心待ちにしている俺たちを見ると、バツの悪そうに首を横に振ってしまう。エゴの背後に開く電気の落ちたエレベータが口を開いている様子はそこか拒絶的であった。
「エレベータが使えない?」
「そうだ」
「なんで使えないの?」
「知らんよ、さっきのドタバタ騒ぎで壊れたんだろう。そういえば天国の部屋のエレベータは使っていなかったから寿命、とみる方が妥当だろうな」
あの”紙一重アーマー”を使ったときか。
たしかに逸らした二撃は勢いよく壁に刺さりきっていたけれど、まさか帰りのエレベータを破壊されれたのは予想外の出来事である。そんな攻撃を人間に対して繰り出すエゴもそうであるが、避けきったしずるも尋常ではない。
「どうすりゃいいのさ、あたしは足を怪我してるからエレベータに期待してたのに」
「心配すんな、”地獄の部屋”に一基だけエレベータがあるぜ。これは俺様が使っていたヤツだから壊れちゃいねーよ、好きなだけ使ってくれや」
「ありがとう、火薬の長。なにからなにまで」
「ふん、……気を付けて帰れよ」
そう言って、エゴはスッと姿を消した。
最後に残した捨てゼリフは感謝の気持ちが垣間見えるものであった。しかしどうやら見送ることはしないようでもう天国の部屋にはいなかった。彼の見方からすれば”世話のやきすぎ”なのだろう。
エゴが去って、静寂が訪れた。
「……エゴはなかなか良い奴やったね」
「ああ、ヒトが良くってーーー」
運の悪い人間だった、と真剣に思う。
なにかちょっぴり違えば、俺かしずるのどっちかが”火薬の長”になっていたかもしれない。それは俺が思っているよりもずっとわずかで決定的な差なのだろう。
「結局、”火薬・肘鉄”は手に入らなかったな」
「そだね、でもいいよ。あの肘鉄はあたしらには必要ないもんやったよ。あの効能は”あまのじゃくの呪い”に通じるものじゃないからね。どうでもいいどうでもいい」
「つまり、もう”肘鉄”は用済みってことか」
「うん、そうだよ」
しずるの言葉に、少しだけ心がざわつく。
いつもの意地悪か、はたまたエゴとの死闘から解放されて気が抜けたのか、俺はこの場でもっとも言ってはいけない”何か”が口から零れた。
あまりに自然と、言葉が出てきた。
「それは嘘だ」
「へ? なにいってんの」
「お前は嘘をついている」
「ちょっと、ゆっちゃん? なんのことか判らな……」
サッとしずるから身を離す。
無意識といっても過言でもない、俺の潜在意識が”彼女に近付いてはいけない”と信号を発していた。彼女が隠している”なにか”を問いただすまでは謝ることさえできない。
「たしかお前は、『呪いを解く研究の為に火薬・肘鉄を手に入れる』と言ったよな。その研究のついでに俺の呪いを解いてくれる、って話だったはずだ……違うか?」
「……そうやけど」
「だったら、なんで”火薬・肘鉄”をああも簡単に諦められる? もし奪わないにしても”どんな効能があるか”くらいの質問はあってしかるべきだ。それもせずに、どうして引き下がるんだ?」
「そ、それは……」
これ以上はいけない領域だ。
もうふたりで一緒にいられなくなる。
「答えは、”肘鉄”には関心がない、と、確信しているからだ。つまりお前は”火薬・肘鉄”の研究にまるで興味がない。研究する気がそもそもないからだ。これは一体ぜんたいどういうことだろうか?」
「ぐうぜん、たまたまが続いただけやって、」
「それとも”肘鉄”のデータはすでに研究済みなのか? それならば最初から交渉のおりにこちらから肘鉄の情報を提供できた、そうすればわざわざ最下層まで来る必要はなかったはず、それをしなかったということは」
「も、もうやめよ? こんな話、いつでも……」
「お前は、なんのためにここへ来たんだ?」
「もちろん、ゆっちゃんの”呪い”を解くために……」
「信じられると思うか? たかが数日前にあったヤツが! 無償で! 俺の”呪い”を解いてくれる!?
笑わせんな、笑わせんなよ! 無料が一番高いってことぐらい知ってるんだよこっちは!」
ついに声を荒げてしまう。
甘い言葉でヒトを騙すやつなんて嫌というほど見てきたんだ。悪性新生物なんかじゃなくてもヒトは誰かを騙して生きている。目の前のマジカルスターだって例外ではない。
「……気持ち悪いんだよ」
「……え? え?」
「お前の優しさがたまらなく気持ち悪いし怖い。まるで悪性新生物と話してたあの天国の扉にいる気分だ」
「…………」
「もういちどだけ言う。答えられないなら、もうお前とはいられない」
何考えてるか判らないからな、と呟く。
しずるは答えない。表情を隠すように両手で顔を覆った。
「おまえはーーーなにを狙っているんだ?」
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