35 腹八分目の決闘。
★★★
富山しずるはその場を後にする。
右脚の腱を切られた彼女はまともに歩くことができないので当然俺が肩を貸してやる形になった。いきなり背後を晒された火薬の長・エゴはなんとも煮え切らない表情を浮かべている。
「どういう意味だよ、ちゃんと説明してくれ」
”エゴは戦いたくない”と富山しずるは言う。
けれど、それはすこし強引なこじつけにみえた。
最初の足元からの不意打ち。
つづいて殺意を以て潰そうとした握撃。
しまいに首に放たれた二発の刺突。
そのどれもが必殺の威力を秘めている以上、明確な敵意はあきらかである。
にもかかわらず、それらを喰らった張本人は”エゴは戦いたくない”と断じて見せたのだ。
「火薬の長は俺たちを奇襲した。それは紛れもない事実だろう? 明確な殺意はあったはずだ」
「あれはあたしらが”火薬・肘鉄”が欲しいって言ったからしかたなく攻撃したんだよ。そうしなきゃ勝てないと過大評価をいただいたんだろうね。つまり殺意はあっても戦意はないってこと。」
「邪魔者は殺すってことだろう……だったらどうすりゃいいんだよ。交渉も無理ならもう戦争しか手段はないじゃないか」
「交渉のテーブルをひっくり返してでも”肘鉄”を守る。そこがあたしもひっかかったとこなんだよ。条件次第では無傷で穏便に事を運ぶこともできたはず。けれどそれを出来ないだけの理由は自然と予想することができるよ」
しずるはクイッと親指で背後のエゴを指しながら、言い放った。
「”火薬・肘鉄”はーーーもうエゴが使っちゃったみたいだから」
それゆえに肘鉄は渡せない、というわけらしい。
しずるの後ろにいるエゴは答えず、しかし背後から強襲することもせずに彼女の話を聞いていた。
さっきまでの不敵な態度や眼差しはすでに見る影もなく、あるのはしずるに図星を突かれた衝撃に眉をひそめる顔のみであった。
「天国の間を占める無数の武器たち、”肘鉄”はこのなかにあると言われれば当然目線は足元へと釘付けとなるのはあきらか。しかし事実は逆ーーおそらく肘鉄はエゴの頭上、あの銀白の皿こそが肘鉄の正体なのだ」
「な、なぜそこまで判る!?」
「おろろ、当たっちゃったか。勘で言っただけなのに」
「ぐ、てめえ……カマかけやがったな」
なんというか、エゴが可愛くみえてくる。
「そしてなぜ渡せないのか、悪性新生物だから? 火薬の長としての誇りから? 気にくわないから? どれもちがう、おそらくエゴ本人の問題。あたしの見解から察するに火薬の長・エゴ。あなたは重大な欠陥を抱えている」
火薬の長から徐々に敵意は薄れていくのを感じた。
「エゴはーー肘鉄なしでは生きられない。ここに辿り着いた最初のスターだったんだよ」
最初のスター?
悪性新生物であるエゴが元スターであるなんてあり得るのだろうか。
「エゴは”自らの欲望に呑まれた人間”が肘鉄に触れることで発生する悪性新生物なんだよ。そしてこのエゴはここまで辿り着いたスターの内、いままで負けなかった個体。つまりあたしらがエゴに勝ったら、次はあたしらのどっちかが”火薬の長になる」
「そんなことあり得るのか、死ぬまで戦い続けなければならないなんて、一生この部屋で肘鉄を守り続けないといけないなんて。そんな残酷なことが……」
「これはあたしの客観的視点から見た推察でしかないんだけど、どうかな? 間違っていたら否定してくれていいけど」
エゴは気まずそうにアゴ髭を触る。
無理矢理に否定することもなく、かといって胸を張って肯定することもない無言はすでにイエスと返事しているようなものであった。もう軽薄な素振りもすることなくただ一言、だれにでも判るように小さく頷いた。
「ご名答ーーぜんぶお前さんの言うとおりだ」
「な、なんで最初に言わなかったんだ? それを知っていればいくらでも」
「……はじめてだったのよ、戦いの最中にこの”火薬・肘鉄”の秘密を見切った人間なんて。そして知ったところで攻撃をやめるヤツもひとりとしていなかった。宝のありかを知るや待ったなしに攻撃してくる連中ばかりだったからな、いつしか自然と門前払いをすることに躍起になってたよ」
「もう普通の人間に戻れないの?」
「戻れないっていうか、戻りたくねえよ。人間だったころの俺は手の付けられない人間だったからな。この”火薬・肘鉄”は俺様に天下無双の力を授けてくれたんだ。そういう意味では”呪い”と呼べるほどの魅力は秘めているぜ」
呪いに匹敵する魅力。
もう人間に戻らなくてもいい、とまで言わしめるほどの薬。
普通の人間が使えば、ああも外見を変貌させてしまう魔薬を求めていたのか。
つまりそれは、『”呪い”を解くにはそれほどの変貌するエネルギーが必要である』ということじゃないだろうか。
「それで、これからどうするんだ? 肘鉄の秘密を知って、俺の本心を垣間見たところでお前らが”肘鉄”を求めることには変わらねーんだろう? ならやっぱり」
「ううん、もういいよ。それは必要ないから」
しずるはそう言ってのけた。
俺に肩を預けながら、いま襲われたらひとたまりもない状況なので気を抜けない。
「うそつけ、肘鉄の効能はお前らの求める効能だったはず……」
「『あたしらの上陸した”火薬ヶ島”には”火薬・肘鉄”はなかった。これからもう調査団を派遣することもスターを送りこむ必要もない』って報告しておくよ。それでいいよね、ゆっちゃん」
「ああ、まちがいない。俺たちはここに来られなかった」
富山しずるがそう言うならばそうなのだろう。
それでいい。それがいい。
こいつに付いていくことが、俺の仕事なのだから。
「……帰り道は、気を付けなよ」
火薬の長はそれっきり何も言わない。
彼にとって俺たちは絶好の的にもかかわらず攻撃してくる気配もないのは、きっと”火薬・肘鉄”を守りきる使命を果たしただけが原因ではないだろう。
こうして、もうお互いに振り返ることはしなかった。
富山しずると火薬の長・エゴとの死合いは犠牲者なし。
”火薬・肘鉄”は手に入れられなかった。
しかし、彼女が望んだ決着ならば、受け入れるのみ。
★★★★★
「あ、それとひとつだけ言いたいことがある」
「お礼はいらないよ。そんなお礼だなんて! 全然求めてないからさ!」
「…………お前じゃあ話にならん。俺様はトリックスターに話している」
「どうかしたか?」
「実は、ここのエレベータが壊れて上に行けないんだ」
……簡単に帰れそうになかった。




