33 桃色サツリク前線。
★★★
この世に”鉄砲”を最初に生み出したのは誰だったか。
起源は諸説あるだろうけれど、アイディアとしては前世紀においてもっとも世界に影響を与えたモノの内のひとつだと断言できる。なにしろこれまでの白兵戦のカラーを一新してしまうような破壊力と圧倒的な利便性を兼ね備えていたのだから。
古来から”突き”は人をあやめる事に特化した動きだ。そのために人は剣よりも槍を、そして弓と矢を手にした。より効率的に相手を殺傷するには相手の身体をいかに素早く、効率的に貫くのかを無意識に探求していたのだ。
そうして、現代社会。人間は”銃”をものにした。
圧倒的な機動力、そして無駄な破壊をそぎ落として最高の結果だけを残した。それ以降、人間にとって戦いとは個人の武力ではなく、兵器の強力さで決することを意味する。
人は兵器に屈したのだ。
人差し指で殺せるほどまで進化したのだ。
ここに、”銃”の集大成がある。
裏社会では”スプラッシュ”と呼ぶもの。
説明が遅れてしまったが、”スプラッシュ”とは水を超高速で打ち出す片手拳銃のことだ。
銃身には鉛を溶かした水を超圧縮する装置が埋め込まれており、圧倒的な水圧をもって銃口から発射する。もはや初速マッハを超える水弾は厚さ50ミリのドラム缶を貫通する。
水を弾丸へと昇華する銃。
片手で扱える戦場兵器。
しかし真に恐るべきは、スプラッシュの銃身と富山しずるの肉体を直結させることでリロードなし、隙なしの連続射撃を可能にしたことだろう。圧倒的な制圧力と回転力を兼ね備えた、まさに実戦兵器であると言える。
血のように赤いスプラッシュを”血飛沫”
雪のごとく白いスプラッシュを”紙吹雪”と彼女が名付けた。
音の壁を壊す破壊力。固体の限界を超えた弾丸の利便性。
まさにウォ-ターカッターから着想を得た最新鋭の戦闘兵器である。
しかし人ならざるものへ通じるかは、定かではない。
★★★
はじまりは一発の銃声が引き金になった。
普通の弾丸とは違うーー水が空気の壁を突き破る渇いた音が天国の部屋全体へと響き渡る。火薬の長・エゴの怪腕に着弾したそれは真っ赤な血しぶきをあげた。彼女の血弾がエゴの皮膚にヒットした時の炸裂音とほぼ同時であった。
その音を合図に俺は、無様に避難する。
しずると火薬の長との決闘を邪魔しないように部屋の隅へ撤退していた。さっきの不意打ちの負い目もあるから本当は退室したほうがいいのだろうけれど、純粋にこの生物同士の戦いを見届けたいという言い知れない気持ちが湧いてきたのだ。
「今度は飛び道具……、か」
間違いなくエゴの眉間に命中した。
衝撃でエゴの顔を仰け反らせることはできたが、被弾箇所である額を抉るには至らないーー超圧縮から解放された血弾は役目を終え、もとの血へと姿を変えると足元へと流れ落ちていく。
もう一度だけエゴの顔を見るが、ダメージがないのは明らかだった。
「初めてお目にかかるぜ、面白い芸風だ。鉛玉ではなく自分の血液を撃ち出す鉄砲だとは、恐れ入ったよ。だが弱いーーその玩具の射程距離はそう長くはないと推測できる」
「………」
「5歩…いや3歩かな。あるいは相手に接触することでしか致命傷を与えられないとみえるぜ。なんとも情けない武器だ。そこらへんに落ちている散弾銃のほうがまだマシだったんじゃないか?」
「ごちゃごちゃと……」
やかましいよ、と罵倒する声と同時だった。
今度は彼女の”白スプラッシュ=紙吹雪”が火を噴いたのだ。
さっきの”血飛沫”とは違い、半透明の弾丸であるーー豪快で力強い爆音が鼓膜を揺らす。離れている俺でさえ耳を塞いでしまうほどの炸裂音はまっすぐに火薬の長の下へと飛来した。
そしてーーエゴの右肩に的中する。
勢いを殺しきれず、身体が大きく後ろへと後退したところを見ると相応の推進力を持った弾丸であったと理解できる。エゴがほんのちょっぴりだけ顔をしかめるけれど、被弾した肩に風穴を開けられたわけではなかった。
「……こいつは驚きだぜ、ここまで俺様の皮膚に食い込んできた攻撃はそうない。主に”硬さ”に重きを置いたこの体躯、そして身体能力が押されるなど百年はなかった」
「ああ、なるほどつまり喧嘩してくれる友達がいなかったってこと? 可哀想な子、でも大丈夫。あたしが友達になってあげるから。その代わり肘鉄をちょうだい」
「なにさりげなく肘鉄を持っていくんじゃねーよ」
「えー、友達いらないの?」
「少なくともおめーみたいにむしり取ってくるヤツを”ともだち”とは呼びたくねぇ」
まったくだ、と思う。
火薬の長・エゴは見た目こそ人外であるけれど、中身は人間と近いのかもしれない。
「いいか、マジカルスター。まずーーーお前の右足をもらう」
「……」
「機動力を奪ってちょこまかと動けなくする。次に左足、順に右腕左腕そして最後に頭蓋を砕いてやる。イヤなら尻尾を巻いて逃げ出すといいぜ、そして二度とその顔をみせるんじゃねえよ」
「……人の心配するより自分の心配したほうがいいんじゃない? 人間見た目じゃないから、きっと振り向いてくれる女子のひとりやふたりはいるはず。あ、ごめんひとじゃないっか」
軽口と一緒に二丁拳銃を振り回す。。
くるくるくるくる、十本の指で自在にコントロールする。指にくっついて離れない風にまで見える卓越された指使いは洗練されたプロサッカー選手のリフティングを思わせるパフォーマンスであった。
富山しずるに精神的な動揺はない。
これだけの性能の差を見せつけられながら、絶望も気遅れもまるでないのひとえに自信があるからだろう。この局面で打つ手を、勝利する自分の姿を思い描いているからであろう。
しかし、俺の考えはまったくの斜め上を行かれてしまったのである。
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