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30 百薬の長を守る使者

 ★



 傾斜の厳しい滑り台。

 もちろん馬鹿正直に滑るわけにはいかない。途中にワイヤーなんかがくくりつけてあれば、その瞬間に身体と首がさようならしてしまうのだから気は抜けない。両手両足を巧みに使い、滑り台の両側にある壁を利用して下へと降っていった。

 しかし、考えすぎだったのかトラップの類いは仕掛けてなかった。

 やはりここが火薬の長・エゴへと続く道なのだろう。

 休みを入れて一時間ほど降った先には行き止まりになっていた。

 薄暗い、地下室のような雰囲気の部屋。

 湿っぽくてカビが生えそうな重たい空気である。壁も石造りで西洋の地下牢に近い印象を受けた。

 そして、やはり二つの扉。

 今回も天国と地獄、二対の扉が姿を現した。 


「あーもう、また二択なの! ひとを小馬鹿にしたここの造りにはそろそろ我慢の限界かも!」


「そう殺気立つなよ、まだ最初にあった『天国と地獄の扉』と一緒とは限らないだろう?」


「だいたいネーミングからしてむかついてるんだよ。なにが天国、地獄だ。禅問答みたいに人をおちょくりやがりやがって。許せん」


「そういえば、俺の選んだ地獄の部屋は実に快適なスウィートルームだったけれど、お前はどうだったんだ? なかはどうなってたんだ?」


「んーとね、あたしが選んだ天国の部屋は、ただひたすらあたしの姿をしたのっぺらぼうたちに襲われる部屋でさ。もうガンシューティングよろしく脳天に球を打ち込みまくったよ。偽物でも部屋を埋め尽くした自分に囲まれるのはいい気はしなかったね」


「それは……災難だったな」


「ゆっちゃんは? まさかあたしに似たのっぺらぼうに騙されんだよね?」


「もちろん、二秒で見破ったよ」


 本当は違うけれど。

 とにかく、これで天国と地獄の部屋の『属性』について再確認できた。

 天国は『目に見える敵』へのアプローチ。

 地獄は『見えざる敵』へのアプローチ、だ。

 さて、この天国と地獄の扉はどうなのだろうか?



「この部屋は、ちょっと厄介かもしれんよ」


「なんだそれ? どっちかに火薬の長がいるんじゃないのか?」


「たぶん、天国と地獄の扉は『帰り道』なんだと思うよ」


「火薬の長を手に入れる前に帰り道の用意なんてずいぶんと気前のいい話じゃないか」


「うーん、まあ口で言うより中を見た方が早いかな」



★★★★


 しずるは『地獄の扉』のドアノブを捻った。

 強烈な光。目もくらむ照明にふたりとも身構えたけれど、なにかのトラップではないことがすぐに判る。目が明順応するなか、どこか人間界で見た光景が飛び込んできた。

 それは、ダンスホールだった。

 煌びやかな照明にピカピカに磨かれたフローリング。ドーム状の会場を覆う真っ赤なカーテン。

 そして、今にも踊り出しそうな人影たちーーゆうに二十はあろう群衆。

 しかし、生物の気配はしない。


「これは、石像か」


「うん、ここにはざっと二十五体はあるよ」


「いまにも動き出しそうな迫力、まさかこれも元人間だとか言うのか?」


「たぶん、そうかもね」


 随分と歯切れの悪い返事である。

 ざっと二十五人もこの最終関門に辿り着いたのか。一体何人のうちの二十五人なのだろうか。


「そして、ここにはエレベータがあるよ。しかも中が透けてみえるタイプ」


 半透明の素材で造られたエレベータ。

 その扉は決して壊れず、一応は動くものなのだと確認した。もっとも、この類いの移動手段はルートにおいて命懸けであるので俺は極力避けたいのではあるが、とりあえず脱出の可能性として受け止めておこう。

 そして、たぶん最後通告。

 このまま帰ったほうが楽だ、という地獄からのメッセージだったのかもしれない。




★★★★★



 しずるは『天国』の扉にあるドアノブを捻る。

 真っ暗闇。明かりがまったくない状態なので無意識に目を凝らす。

 すると、ぼんやりと山吹色に輝く照明が辺りを照らし、次々と周りを不気味に照らし始めた。

 徐々に目が慣れてくるなかで、俺はなにかを踏みつけた。

 それは、巨大な斧の柄だった。

 おれの体重の倍はありそうな戦斧は、無造作に床にうち捨てられている。いくら暗いとはいえ武器を踏んでしまったことに罪悪感を感じたけれど、すぐに撤回する羽目になった。

 いや、むしろ足場がない。

 床全体にありとあらゆる武器で埋め尽くされているのだから。

 剣、槍、矛、斧、長刀、鎖鎌、棍棒、刺突剣……数えだしたらキリがない。もはや地面が武器と化した部屋こそが天国の部屋の正体である。


「凄まじい光景だ、なんでこんな所に凶器が散乱しているんだ?」


「おそらく、この火薬ヶ島に持ち込まれた武器じゃないかな。たぶんトラップに呑まれた人間が持ってたものやろうね。血の臭いがこびり付いているもん」



 とんでもない話だ。

 ここはさしずめ遺品回収の天国と言ったところだろうか。

 骨董的価値から見れば宝の山なのかもしれないけれど、そんなもののためにこのルートまで来ようとは到底思えない。


「そして、こっちにもエレベータ。背景に溶け込んで非常に判別しづらいですが、ちゃんとありますねー。帰りは楽になるよこりゃ」


 出口の隣にエレベータが備え付けてある。もちろん信用は……。

 そもそも本当に動くのだろうか?

 形だけは立派なエレベータだけれど、扉を開ければ中から悪性新生物が飛び出してくるのではないか。


「そいつは最短でルートの外へと出られる超優れものだ。さしずめ『蜘蛛の糸』ってわけよ。ああ、でもこっちは天国の部屋だろうって? 違うね、地獄か大地獄しかないんだよこのルートにはな」



 どこかで聞いた、軽い調子の言葉が聞こえた。

 振り向くと、スクラップの山であぐらを組む怪しい影が目に入る。明らかに人から逸脱した造形は俺としずるの脳裏にある共通のワードを連想させたのは確認するまでもない。



 火薬ヶ島の主。

 悪性新生物の親玉。

 火薬の長・エゴの登場である。

 

 


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