第壱幕 『本物』か、『偽物』か 其の弐
トリガー・ハッピーエンド
第壱幕 『本物』か、『偽物』か 其の弐
お互いが沈黙する妙な間。
話のつなぎ目に良くある光景。それは相手への話の用件を整理している間の一時的なものである。
ーー沈黙を破って、シブキさんはおかしな事を言い出した。
「ところで、キミは他人を信用したことはあるか?」
意味深な質問だった。
まるでさっきまでの話をひっくり返すほどの危うさを秘めたような言葉。
こちらの心の中を見透かせているみたいで、すこしだけ気味が悪い。
「信用、ですか」
「例えば、今私の言葉や忠告したことをキミは心の底から信用しているのか? 私が全て本当の事を言っていると信頼できるのか?」
「信じてますよ。当然です」
ノータイムでの返事だった。シブキさんは返答をまるで知っていたかのようにうすら笑みをこぼすので、セリフを喋らされている錯覚に陥る。
「ふふふ、しかしどうだろう。もしも私がキミを惑わすために雇われた『富山シブキの声をした偽物』だとしたら、キミはどうする?」
今度は少しだけ間を置く。しかし数秒と待たずに答えを見つける。
「それでも信じます」
「それはなぜ?」
「『シブキさんの偽物』がそんなことを俺に話すわけがありませんから」
「ふふふ、そうきたか。ではキミの考えを見越した上でさらに罠として、この話をしているとしたら、どうするね?」
二重の罠。賢い者が嵌まるどツボ。
ゆうのすけはしばらく考える。眉間に手を当てて知恵を絞る。
これにはさすがに迷う。けれども答えは決まっていた。
「やっぱり、信じると思います」
「それはどうして?」 優しい口調でシブキは促す。
「万が一でも相手が本物のシブキさんだったら、シブキさんが悲しむじゃないですか」
「……、……ッ」
シブキは押し黙る。この返事が気に入らなかったのか、全くのノーリアクションは思ったよりゆうのすけの精神面を削る。けっこう良いことを言ったつもりだったが、実はどうしようもない地雷を踏んだのかもしれなかった。
「……シブキさん? もしもーし」
「ふぇ? ああ、すまない。あやうく攻略されるところだった」
「攻略? なんですかそれ」
「ふふふ、なんでもない」
シブキは上品に笑みを浮かべる。ゆうのすけはシブキの性格は未だによくわからないが、とにかく怒っていないみたいなのでホッと胸をなで下ろした。
「キミは善い奴だな」
「気のせいですよ」
「それにいい加減なやつだ」
「それは褒めてないような……」
「なあ、雄之介くん。ーーキミは『本当に』私の妹と一緒にいられるのか?」
「……え? それってどういう意味ですか」
「少しは自分で考えたらどうだ? 私はこれで失礼するぞ」
健闘を祈る、とシブキさんは通話を一方的に切断した。しかも駄目出し。
またしても意味深なメッセージ。
『キミは本当に私の妹と一緒にいるのか?』と言った。
それは最初に確認したはずだ。つまり念押しの為に言ったのだろうか。
……なんだか違う気がする。最初の奇妙な問いの時にも感じた不安感が胸を占める。
ーー結局、何をしたかったんだ?
最初の質問も曖昧にされた上に、去り際に変な言葉を言う。
「『キミは本当に富山静流と一緒にいられるのか』……ん?」
そのとき、一つだけ気が付いたことがあった。
本当に些細なことではあるが、どこか見過ごせない小さな違和感である。
シブキさんは妹の、『富山静流の名前』をついに呼ばなかったのだ。