29 優秀すぎた愚者
★★★★
どこまでも続く螺旋階段。先の見えない漆黒の闇。
違和感を憶えるのに時間はかからなかった。
ルートである以上、多種多様なトラップの連続であることは間違いないはずなのに、先ほどからトラップが単調になっているのである。たったの一種類しかない罠はだれもが知っているものだ。
それは、落とし穴。
階段のひとつが踏み出すと同時に抜け落ち、そのまま遥か下まで落ちていく仕掛けになっている。
落とし穴とは足元から注意を奪った上でこそ真価を発揮する、いわば他のトラップとコンビネーションで使う代物だと知っているので、実戦経験の少ない俺はもちろん、しずるもとっくに気付いている様子だった。
「ゆっちゃんも気付いた? この違和感」
「まあ、もう飽きるほど落とし穴しか仕掛けてないから嫌でも判るよ。一体なんなんだろうな、さっきからずっとじゃないか」
「問題はあたしたちが同じ場所をぐるぐる回っていることかな。ほら、ここなんてもう六回以上通ったよ」
「つまり、迷子ってわけか。お前の嗅覚でも外れるときがあるんだ」
「うーん、おかしいなぁ。なんで着かないのかな?」
本当に困っているようで、首をかしげている。
ここまで富山しずるを困らせるなんて珍しいーーそれだけ最後の扉の入り口を発見することは難しいのだろう。なんといっても、スターが四人も集まって発見出来なかったのだからしずるに見つけられなかったからと言って責められる話ではない。
落とし穴といえば、最初の部屋を思い出す。
先にルートへ突入した調査団が衣服だけ残して、肉だけを溶かされていたあの光景ーーもういくらか遺体を見てきたけれど、あんな奇っ怪な死に方は印象的だ。
ああなるまで、被害者はどんな気持ちだったのだろう。
痛かったのだろうか、苦しかったのだろうか、いずれにせよ楽には死ねなかっただろう。
そんな死に方はゴメン、だ。
「そういえばこの落とし穴、どうなってるんだろうな」
「へ? どうなってるって、どういう意味?」
「受付ロビーにあった落とし穴って、『落ちたモノ』が上の通排気口から落ちてくる仕組みだったんだよ。衣服だけが山積みになっていたのはそのせい、とにかく中身以外のものは上から降ってきて、山積みになる仕掛けになってたんだ」
「ふーん、それで?」
「けれど今回、天井らしいものがない螺旋階段だから降ってくるべき天井がない。つまり食べかすをどこへ放置するんだろうなって考えちまうんだよ。単純に下へ落ちるだけなのか」
「ぴろぴろりーん!」
突然、しずるがおかしな効果音を呟いた。
「ん? なんの音だよ」
「なにかを閃いた音。はい、整いました!」
そう言うと、勢いよく階段を下り始める。
もはや普通の階段となんら変わらないスピードで降りていくしずる。しかし、それはみすみすトラップである落とし穴に引っかかる行為であった。
「お、おい。なにやってんだ危な……」
一瞬でしずるの姿を見失った。
さっきまで続いた軽快な足音もパッタリ途絶えてしまい、階段の中央にオレひとりだけ取り残されてしまったのである。
そして、ポッカリと階段が一つだけ踏み抜かれていた。
「し、しずる!」
急いで口を開く床へと駆け寄る。
そして、ある種この床以上に口をぽかんと開けた。たまげた。
なんと、富山しずるは空中に浮いていたのである。
「いやー、びっくりびっくり。まさかこんな職人殺しの技を最後のトラップに使うなんて」
「……どうして浮いてるのか説明をくれませんか」
「これは透明な板ーーアクリル板に近いものなんやけど、そこへ着地したからでーす」
「なんでそんな代物がこんな所にあるの?」
「だから、職人泣かせのトラップなんだって。ピカイチたちが判らないわけだよ、まさか最後の入り口が『トラップに引っかからないといけない』なんてさ」
「……つまり、この落とし穴はトラップじゃなかったのか」
「そう、火薬ヶ島最後のトラップーー『罠とみせかけて実は入り口』でした」
なるほど、そういうことか。
達人であれば、トラップに関しては細心の注意を払う。ましてや単調で初歩的な落とし穴が続けば、『他にどんなトラップが待ち受けているのだろうか』と身構えてしまう。
その考えこそが罠。
目利き殺しの術。
トラップに長けたものにこそ仕組まれたトラップなのだ。
「だからピカイチさんたちも気付かなかったのか。いや、優秀すぎるがゆえに見つけられなかったのか」
「そういうこと。種が割れればどうってことない手品ってね」
近くの壁には滑り台の侵入口が見えた。
螺旋階段からの角度では決して見えない位置に造られた滑り台は、壁の模様に反して殺風景極まりないものであったけれど、逆にその質素な造りが本当の入り口であると確信が持てる。
とにかく。
このトラップを見つけたしずるは流石であると言える。
これでようやく、最後の関門への扉が開かれたのだから。
「さあ、最後の戦いに行こう」
しずるの声に無言で応える。
ついに火薬の長と対面する時がきた。
そして、この左手の未知の病から解放されることを意味している。
しかし、なんでだろう。
このままでは終わらないような、そんな気がした。
★★




