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24 バッドエンドは突然に。


 高見さんを部屋に招いてから、強制的に目覚めた。

 『トリックドクター』としての命名を受けたおれはそのあと、高見さんと一晩中語り明かしたことを思い出す。もっとも高見さんが今まで出会った悪性新生物に関しての経験談に相槌を打っていただけではあるのだけれど、どうやらそのまま眠ってしまったようだ。


「……あれ、高見さんは?」


 高見さんは、すでにいなかった。

 もう自分の部屋に戻ったのであろうか、車いすで現れた好青年のいた場所にはなにもない。代わりに乱暴に開け放たれた扉があるだけである。電気もつけっぱなしだし、本当に無用心極まりなかった。


「もぬけの殻、か」


 こんなところを悪性新生物に襲われたらひとたまりもないけれど、どうやらセーフティではそんな襲撃の心配をする必要はないみたいだ。約束された安息は極東の島国で過ごした時以来であった。

 ーーとにかく、喉が渇いた。

 俺は今度こそ確かに鍵をかけて部屋を後にする。

 この部屋のすぐ隣には食堂があったので、そこに行けば何かあるはずである。


「けど、炊事はキリングが担当なんだよね」


 キリングドクター。名前からして殺しのプロ。

 昨日のイザコザで彼女の凶暴性が測れた以上、なるべく一対一では出会いたくない人物である。できればピカイチさんを、最低でもしずるを連れていきたいものだ。

 --と食堂に入って、異変に気付く。

 あまりに凄惨な光景に、その場で凍りついた。


「……なんだよ、これは一体ーーー、」


 ーーーー荒らされた厨房。粉砕した食器棚。食器。お茶碗。包丁。etc.

 悪意に満ちた破壊が目の前にある。偶然ではなくたしかに力を誇示するためだけに砕かれた残骸たちが、床一面にばらまかれていた。

 ところどころに血痕があるのは気のせいだと信じたい。

 そして、破壊の痕跡は一直線に厨房最奥のある場所へと続いていた。


 --厨房の休憩室。

 不自然に半開きになった扉に近づくと、次に目には見えない更なる脅威が襲ってきた。


「なにこれ。変なにおいがする」


 どうしようもなく異臭。

 果実が熟して、腐った匂い。

 目に見えない脅威が、今すぐにでもしずるを呼んで来いと急かす。

 ……だめだ、引き返したほうがいい。でも確認しなければいけない。

 しずる、しずるはどこだ。だれでもいい、早く。

「あ、--あああ」

 様々な葛藤のなか、いつの間にか、待合室の扉を覗き込む。

 予感が、現実感に変わった瞬間だった。


「あ、あああ、あああああああああああああああーーーーーッ!」


 開けた待合室の中。

 そこには、あるべき首がない。血だまり。

 足の潰されたーー高水義正の死体が転がっていた。




 ★★★



 どこをどうやって走ったのか覚えていない。

 とにかく厨房から一秒でも早く逃げ出したくて、早くこの事実を伝えなければならない使命感に駆られて、とにかく走っていた。あの場にいれば、自分もああなってしまいそうだったから。


「しずる、しずるしずるしずるしずる。どこだ、返事してくれ!」


 個室を軒並み開けていくけれど、どこにもいない。

 そういえば、あいつがどこで寝ているのか聞いてなかったような気がする。いつも必要ない時にひょっこり顔を出すくせにこういう非常事態には見当たらない。

 だれでもいいから、一緒にいてほしい。

 ひとりは怖くて、死んでしまいそうになる。

 しかし、期待とは裏腹にだれもいない。富山しずるも、ピカイチさんも、キャンディさんも、セーフティのみんなもいない。まるで世界から隔離されたかのような絶対的な孤独が身を焦がした。


「なに朝っぱらからギャーギャー喚き散らしてるのさ、やかましい。おのれは朝を告げる鶏さんか馬鹿野郎このやろう」


 クマ柄のパジャマ姿のキャンディさんが現れた。

 ちゃっかり寝巻に帽子をつける様は、当人の名前の通りスイートはあった。こんな状況でなければ、いくらでもほめようはあったのだけれどーーーおもわずキャンディさんに抱きついてしまった。


「おっとっと、わたしとしたことが、あふれ出る母性を隠し切れなかったようだぜ。つい昨日知り合った男に無理やりハグされちまうなんて。でも母乳はでないから勘弁しておく……」


「殺された、厨房で殺された」


「……、誰が殺されたって?」


「高見さん、あれは間違いなく、高見さんだった」


 足が潰された死体。

 首から上が吹き飛んだ遺体。


 体の震えが止まらない。

 言霊という概念は『口にすることで現実になる』というが、まさに正論だ。言葉にするだけで、脳内に厨房の映像がフラッシュバックされて、吐き気を催すのだから。あの果実を熟成させた匂いが、この瞬間に香ってくるような気さえする。


「……あーあ、こいつぁただ事じゃないね。シリアスパートはめんどくさいな」


 しばらくハグをしてくれた。

 そして、落ち着いたのを見計らってキャンディさんはやんわりと次にするべき行動を示唆してきたのだった。やはりこういう時に年上のキャンディさんを初めて尊敬する心地になる。


「とにかく、仏さんを確認すっからわたしに付いてこい。話はそれからだ。判ったら急げ」


「キャンディさん、一生ついてきます」


「いや、そこまで来なくていいよ!?」


 頼もしい味方ができた。

 キリングスターなんておっかない名前であるけれど、いざと言うときに頼りになる姉御肌を持っている女性である。しずるとは違う、経験から物を言うタイプの人間だ。

 しかし、事件はこれだけじゃなかった。

 むしろこれから、更に複雑化するのである。


「おいこら、死体なんてどこにもないじゃねえか」


「……え?」


 厨房から死体が消えていた。

 まるで最初からなにも無かったかのように、さっぱりと消えていた。

 幻覚を見ていたのだろうか、床に散らばった頭部、血だまりまで綺麗になくなっている。こんなことを俺がいない間、誰かが出来たとは到底思えない。セーフティの人間がやったのか? しかしなんのために。


「そんな、馬鹿な! 確かにここにあったんです! 首が飛んで、血だまりに沈んだ高水さんの遺体が」


「けど、ないじゃねえか。どこにも」


 結果がすべてである。

 確かに見たのだけれど、無くなっていてはしかたない。


「とにかく、この件はダーリンに報告だ。あの人ならなんとかしてくれる。っていうかもう解決してるかも判らん。お前は責任を感じる必要はどこにもない」


「……キャンディさん」


「はやくダーリン来ないかなー」


 最後の一言さえなければ、良かったのに。

 でもキャンディさんは元気付けようとしてくれたのは素直に嬉しかった。

 とにかくピカイチさんに会わなければ。

 あの人ならどうにかしてくれる。

 あれ、そういえばーーピカイチさんはどこにいるんだろう?


 待てど暮らせど、ピカイチさんが現れることはなかった。



 ★★★


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