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第七章 その② 決着、そして勝利の宴へ

トリガーハッピーエンド


  試合の経過はあまり憶えていない。

 どうやら俺は怒りのせいで記憶を放棄したらしい。

 いずれにせよはっきりしていることは、俺がパンサーさんを見下ろし、パンサーが床に這いつくばっていること。

 俺は勝ったのか? 負けたのか? それはわからない。

 これが試合ならば、文句なしで俺の勝利だろう。

 けれど、これはそういう意味合いじゃない。

 だって、見られたから。俺の中身を見られたから。

 『あまのじゃくの呪い』たる由縁を、パンサーに見せてしまったから。

 正体がばれた時点で、俺の敗北なのだろうか?

 わからない。

 わからない。

 なにもわからない。

 けれど、おれは忘れない。

 富山しずるの「適当にがんばれ」を決して忘れない。

 

 



  ☆☆☆


 「せっかくだから、ゆうのすけ君の入団祝いをしようじゃないか」


  ゆうのすけがシックス入りを終えた後、歓迎会が開かれた。

 ピカピカのフローリングや壁には机や椅子が積み上げられた騙し絵になっており、本当にそこにあるかのような錯覚に陥る。


  六角形のテーブルにはすでに三人が席に着いている。

 一時の方角に富山しずる、三時の方向にゆうのすけ、そして間を開けて七時の方角にピカイチが座っていた。どうにも残りの席には椅子はあれど誰も座る気配はなかった。

 テーブルにはまだ食事は並んでいない。

 ただ、中央には据え置きのチョコがおいてあるが、だれも手を伸ばすことはしなかった。


「もうすこしだけ待ってくれないか? もうすぐ料理が届くから」

 ピカイチさんはそういって席に着いた。

 俺としてはさっき動いたばかりであまりお腹が減っていない。アドレナリンによる食欲抑制効果が出ているので、収まるまで時間があるのは幸運であった。


「けど、良いんですか?僕たちみたいな新参者がごちそうになってしまって……。なんだか気を遣わせてしまって恐縮しちゃいます」


「キミはもう私たちの仲間だから気を遣わないでいい。私たちも気を遣わないからお互い様だ」


「そうですか」


「それに、まともに動けるのは私たちだけになってしまったからな」


「……え?」


「パンサーが、このセーフティから出て行ってしまったんだよ」


  思い詰めた声色でピカイチさんが呟く。

 なんとなく予想は付いていたが、やはりパンサーさんもシックスの一員だったのだ。

 ーーーパンサー。

 もうすこしで殺してしまいそうだった相手。


「フフ、実に凄まじい。パンサーがあれだけ痛がる姿は私も初めてみた。キミはぼーっとしているくせに油断ならないヤツだな。注目に値するよ」


「買いかぶりですよ」


「パンサーを倒したアノ技、えっと、すまない、あんな技は初めて見るんだ。アレにはなにか名称はあるのかい?」


「………、とりわけ何も」


「では、『スタンプ』と呼んでいいかい? 和名は慣れないんだよ」


「じゃあそれで」


「スタンプは最大何発まで撃てるんだ?」


 いきなり核心を突く質問だった。

 富山妹に目を配ると夢中で据え置きのチョコを貪っている真っ最中である。どうやらこの問いには俺が自由に答えて構わないという意思表示であるらしい。


「あんまり考えたこと無いんですけど、あれって撃ってるこっちも反動が痛いんですよ。だから精々十発が限界ですね。やってみたことありませんが……」


「その限界を超えたら、どうなるんだい?」


「おそらくショートしますね。だからこそ奥の手なんです」


 なるほど、と小さく頷く。

 この時、ピカイチさんの表情はマスクに隠れて物理的に見えることはない。

 しかし、俺は確実にピカイチさんの顔がおそろしく容易に想像できた。

 当人の雰囲気か、はたまた天性の勘なのか。

 それともそれらの全部が作用したのかわからない。


 この瞬間のピカイチさんは、ーーー確実に、笑っていた。


「なぁゆうのすけ君、私と手合わせしないか?」


 返事よりも前に、視界の端に何かが写った。

 前触れもなく、飛来物が宙を舞う。

 それが据え置きのチョコを入れてあった籠であることに気付いたのはすべてが終わった後の出来事だった。

 なぜなら綺麗に放物線を描く籠は空中で無残にも穴だらけにされたからえである。



  少し遅れて銃声が部屋中に響く。

 炸裂音、耳を突く快音。

 そして、肉に触れる衝撃音が遅れて聞こえた。

 籠を目隠しにした銃弾はブラインドを巻き込んで、そのすべてを標的に直撃させた。両眼に二発と頸部へ一発、正確無比のコントロールで合計三回の引き金がひかれる。


  撃たれた三カ所から零れる出血を待たずにピカイチさんは椅子ごと倒れ込んだ。

 食事の席での、あっという間の銃撃戦である。


「な……、なんてことを」


  喉から言葉が出なかった。

 遠くで倒れているだろうピカイチさん。

 隣でテーブルに乗り上げる富山しずる。

 そして、その細い指に握られた真っ赤な凶器。

 そのどれもが怖すぎて、何かの間違いで俺に向けられてしまいそうな気がして、一歩もその場から動くことができなかった。


 そして、俺は『スター』という怪物達の異常性を垣間見ることになった。


「フー、いきなり撃ってくるなんて、人としてどうかしているんじゃないか」


  聞き覚えのある声がする。

 テーブルの下から垂直に伸びる両足、それが倒立によってそり上がったピカイチさんのものだと気付いてしまう。微塵もブレない倒立の姿勢は器械体操のアスリートを連想させた。


 そして、一瞬だけ浮いたかと思うと足で器用に椅子を立て直しつつも行儀良く着席した。

 そして何事もなかったかのように富山しずるへ話を続ける。


  正直、意味が分からなかった。

 さっきの銃撃は?、零れた血液は? 放たれた弾丸は?

 はっきりと判るのは、どれもピカイチさんにとって些細な出来事だった現実である。


「ふざけるのも大概にしろよ、アンタの興味で人様に迷惑をかけやがって。そんなに死にたきゃアタシが相手をしてやるよ、さっさと構えろインスタントヒーロー」


「フフフ、随分と饒舌じゃないか。私にはお前の心が手に取るように判るよ、富山しずる。ゆうのすけ君を取られまいと嫉妬しているのかい? 底が知れる」


「……もう行くとこまで行くしかねーじゃん。アンタのこと、むかしから大嫌いだったけど、今回のは我慢できねー。そんなに死にたきゃ、あたしが遊んでやる」


「いいだろう、挑まれたからには仕方がない。むしろ願ったり叶ったりの展開だよ、歌でも歌いたい気分だ」


  このふたりは止まらない。

 ある種確信に近い気持ちが俺の胸を占める。

 同格以上の者にしか心の服従がありえないのと同じで、この二人の喧嘩、殺し合いを止めるには大きな力が必要だ。

 そう、例えるなら……彼らに拮抗できるような強い人間じゃないと。



「あららららーん。なにこの血まみれ展開、わたしってば食堂に来たと思ったのに、部屋を間違えちゃったのかしらーッ。ねえどういうこと? 誰か説明ぷりーず!」


  一同がそれぞれ声の方向へと振り返る。

 そこにはエプロンと三角巾を身につけた少女がこちらを眺めていた。

 かすか頬を赤く染め、、面白そうに傍観する女子の姿である。


「三度の飯より殺しが好き、キリングスターのキャンディちゃんでーす」


  彼女がシックスの四番目、殺し専門のスターであった。




 続く


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