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第壱幕 『本物』か、『偽物』か

トリガー・ハッピーエンド




 第壱幕 『本物』か、『偽物』か



 今はもう春分の日なのに北風が冷たい。一時期は大学教授たちが地球温暖化で人類が滅ぶとはしゃいでいた頃が今は懐かしく思える。人類が滅びるとすればもっと別の、ごくごく身近に息を潜めているものが脅威となるのに。


 オレは荒れ狂う海上でもみくちゃにされていた。

 仲間が手配した小型漁船、その甲板から海面の荒れ模様を眺めている。激しく左右に揺れる漁船は胃の中身をぶちまけたい衝動を煽るが、なんとかそれを飲み下す。

 これから向かうべき戦場でライフラインとも言える強化装備ーー『紺色パーカー』を汚すわけにはいかなかったからである。市販のそれと外観をまったく違えることなく、拳銃で狙撃されても平気なくらいに頑強であり、しなやかさを兼ね備えた一品だ。

 見た目以上に重量があるのが欠点ではあるけれど……。


 ーーー船が大きく傾くことで、船上を転がる。

 地元では河童さえ溺れると有名な高潮だとは事前に聞いていたので覚悟はしていたが、実際に体感すると圧巻であった。まるで巨大なミキサーに放り込まれたかのような感覚。不規則な揺れは油断していると身体を海に投げ出しそうで恐ろしい。


 まるでこれから入島する『火薬ヶ島』に拒絶されているかのようだった。

 日本海にポッカリと浮かぶ孤島。

 草木が生い茂る大地に荒波に削られた海岸。島の上空に立ちこめる積乱雲はまさに暗雲と呼ぶに相応しい。この光景を見ればあの島へ向かうモチベーションを損なうこと間違いなしだろう。ゆうのすけも例外ではない。


 荒波にほうり投げられる前に、船内へと避難しようとする。

 まるでそれを妨害するかのように、携帯の場違いに愉快な着信が鳴った。

 黒光りするスマートフォン。鈴を転がしたような着信音がゆうのすけを急かす。


富山とみやまシブキ』と表示されていた。


 その名前に一瞬だけ、応答しようか迷ったけれどすぐに出ることにした。

 すると、眉をキリっとひそめた女性のアバターがスマートフォンの画面から3D映像となって飛び出してきた。外観からして二十代後半であるだろうけれど、女性の年齢を推測するのはすこし不躾であろう。


「こちらは富山シブキだ」 


 声に反応して、アバターの口がぱくぱくと動く。

 デジタル電話というものもある中で、デフォルメされたアバターを使うようだ。


「こちらは氷見ひみ雄之介ゆうのすけです」


「航海の調子はどうだ? 雄之介くん」


「最悪です。特に高潮に船酔いがひどくって……。もうすでに帰りたいです」


「異世界へ行くと決めたのだろう? だったら弱音を吐くんじゃない」


 シブキさんの言葉にハハ、と乾いた笑みを返す。

 オレをこの荒波の日本海へと放り込んだのは他でもなくこの富山シブキなのだ。

 まだ人間界のはずなのに、こうも荒れ狂った気候を目の当たりにすれば、弱音のひとつでも吐きたくなるし、異世界への恐怖からホームシックに陥っても仕方ないと思う。


「そんなことより、もう私の妹には出会ったのかい?」


「いえ、まだ顔を合わせていません。さっきからこの小さな船内を片っ端から探しているんですけれど、やっぱりいません。ひょっとして港に置いてきた、なんてことはありませんよね?」


「それはない。あの子は今回の異世界攻略における要なのだから、ちゃんと探してくれ」


 オレが探しているシブキさんの妹さんの話になる。

 こんな荒波を突き進む船上の甲板へと足を運んだのは、今回ルート行きを共にする仲間である彼女を探すためであった。

 しかし、出港の時に船内を隅から隅まで探したけれど、操縦員を除いてだれもいないのである。

 それでも、シブキさんは彼女がこの船内にいることを確信しているようであった。


「本当に信用できるんですか? その”富山とやま静流しずる”って人はいくらシブキさんの親族だといえど、異世界への仲間に女性は危ないと思いますよ」


「あまり舐めるな。あの子は私なんかより数段強い」


「えらく評価するんですね」


「ふふふ、なにせ私の妹だからな」


 シブキはまるで自分のことのように喜んでいる。

 富山シブキにとって最愛の妹なのだから無理もない。目に入れても痛くない妹。この人ほど妹思いの姉はゆうのすけの知る限り存在しない。


「本当に心配だよ。キミとあの子だけで『異世界ルート』を攻略できるだろうか」


「オレなんかより、もっと他の”提供者ドナー”を探したほうが良かったんじゃないですか?」


「そういうわけにはいかない。こちらにも事情がある。それにキミも”呪い”を身に宿した人間なのだから、異世界には遅かれ早かれ向かわなければならないだろう」


「そうですけれど……」


「なんでも、あの子とは知り合いらしいな。積もる話もあるんじゃないか」


「オレは知りません、向こうが一方的に知っているだけですよ。そしてそういうのは知り合いに入るかは微妙なところです。


 富山静流なんて有名人とコネなんてない。

 もしこれで知り合いと呼べるのならば、これほど不気味な知り合いもないだろう。

 こちらは相手の姿形も分からないのに、あちらはオレのことを知っているのだから。


「先が思いやられるな、ルートの中では常にふたりきりだ。異世界でともに過ごし、同じ釜の飯を食い、小さな毛布を共有して床につく伴侶なのだ。嫌でも仲良くなるだろう」


 知らない人間と、しかも女性と一緒だなんて。

 仲良くなれるか心配だった。

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