第七章 ゆうのすけの本気
トリガーハッピーエンド
☆☆☆
氷見ゆうのすけは託児所エリアの入口に立っていた。
こどものために作られたであろうピエロのアーチをくぐると、その先に待っていたものは小さな土俵であった。レスリングのマットを何重にも敷き詰めて、その上に半径五メートルほどの円が描かれている。
まるで決闘場という雰囲気である。
「ピカイチぃ、待ちくたびれちまったぜ」
飄々とした男は円の中心で腰を下ろいていた。
まず最初にいやでも目につくのは上半身が真っ裸の点である。つなぎの上着を腰のあたりで巻いており、頭にはタオルをくくっている様子は工事現場のおにいちゃんである。
「遅れてすまない、パンサー。この子が噂のゆうのすけ君だ」
パンサーはずかずかと無遠慮に近づいてくる
軽く会釈をするも、パンサーはお構いなしに俺の体を舐めるように観察し始めた。そして、不満そうにため息を吐くと目の前の俺を無視してピカイチさんに向かって愚痴を垂れ始めた。
「おいおい、ピカイチよぉ。こんなこども相手に一体どうしろっていうんだぃ?」
「パンサーが試験監督をしてくれ。試験内容は任せる」
俺の頭を超えて二人で何やら揉めている。
どうもパンサーは入団試験の試験監督であるらしく、俺の試験内容を決めようという腹らしい。俺としてはできるだけわかりやすくて、簡単な試験がいいのだけど。
「おい、お前さん。いくつだ?」
「えっと、今年で十六歳です」
「そんじゃあもう立派な男だ。なら勝負方法は『大乱闘』で決まりだな」
…………どうやら一番シンプルな戦いに決まったようだった。
★☆★★
両雄は円の中で向かい合っていた。
片方は無精ひげを生やしたワイルドな風貌の男性、片や青色のジャージに身を包んだ小柄な少年である。お互いが今にもなぐり合いそうな雰囲気にも関わらず、誰も止める雰囲気ではなかった。
そう、たった一人を除いては。
「ゆっちゃん! 負けんなよー。負けたら寝る場所に困るからね。そこのおっさんをさっさと倒しちまえ、っていうか頑張れ!」
「富山しずる、少し耳障りだから静かにしなよ」
それぞれがそれぞれの対応でこの勝負を眺めている。
もちろん実際に檀上へと上がっている俺の緊張は極限にまで達していた。
もともとあがり症で学級当番の日には号令をするのが嫌で学校をさぼっていたほどの人間なので、こういった人に注目されるという行為そのものが苦手なのである。
「ルールは簡単だ。俺たちを囲んだ大きな円、その外側に相手を放り出せばいい。武器の使用も認めるし、参ったと言えばその時点で相手の勝ちだ。それでいいな」
「はい。構いませんよ」
「…………ガッチガチじゃねえか、お前さん」
「パンサーさんも、意外と筋肉ありますね。細マッチョってやつかな」
「……、……」
パンサーさんはしばらく頭を垂れた。
俺の様子を見かねてうつむいているのだろう、しばらく考え事をした後におれの方ではなく観客であるピカイチさんたちの方へと言葉を投げた。
「おい、お嬢ちゃん。お前さん歳はいくつだ?」
こともあろうか、富山しずるへと声をかけたのである。
「ふぇ? あたしに聞いてんの? 十六歳だけど」
「……、そいつぁ充分だ」
そういうと、パンサーは何やら誓約書のようなものを頭のタオルから取り出し、すらすらと何か書きしたためると、俺に向かって投げてきた。
そこには、汚い文字で『この勝負の賭け』と書かれていた。
パンサーの名前の下には『ピカイチ継承権の永久剥奪』
そして、俺の名前の下には『富山しずるの人権の譲渡』と書き加えられていたのだ。
開いた口が、ふさがらなかった。
「お前さんが勝てば合格、このセーフティを好きなだけ使ってくれてかまわねえ。だけどもしもお前さんが負けた場合、あのお嬢ちゃんは俺の女だ」
「どうして、そんなことをするんです」
「そのほうが燃えるからに決まってんだろう? ついでにピカイチが一目置くお嬢ちゃんを抱え込むってのも面白れぇと思っただけだよ。俺もピカイチ継承権の永久剥奪っていう同等以上のものを賭けてるんだから文句はねえよな?」
「あります。そもそも富山しずるは俺の所有物ではありません。勝手に賭けることなんか許されるわけがない」
「ならこの決闘はお終いだ。お前さんはシックスには入れず、セーフティから出て行かなきゃいけねえ」
なんて、汚い手段を使うんだ。
これなら頷かなければおれは路頭に迷う。けれど、頷けば富山しずるの人権を差し出すリスクを背負わなければならない。それは同時に、『富山しずる』という存在を賭けているに等しかった。
けれど、答えは決まっている。
……頷けるわけ、ないじゃないか。どんなにリスクを負ったとしても、人権を差し出すなんて許されることじゃない。ルートという無法の地であっても、代わりに安心が保障されていようとも、決して許してはいけない。
「ーーー、いいよ。あたしを賭けても」
その声は俺の遥か後方、観客席から飛び込んできた。
もちろんそこには、渦中の人物、富山しずるの姿があった。
「いいって、お前。どういうことかわかってんのか?」
「ゆっちゃんは、ここに来る時に命を懸けてくれたじゃん。ここまでついてきてくれたじゃん。ならあたしも懸けないとダメ。そうしないとフェアじゃないよ」
「……、……お前」
「あたしもさぁ、混ぜてほしいなぁ。ゆっちゃんの命懸けに。ゆっちゃんのために体を張らせてよ、それがあたしの望みでもあるからさ。だからーーー」
「ーーー適当にがんばれ」
静寂、無音という音が空間を支配する。
「返答は、いかに?」
「ああ、決まりました。こういう主人公っぽいのは柄じゃないんですけど、っていうか大っ嫌いなんですけど、女の子にこうまで言われた日にはやらなきゃ人間失格ですよ」
ジャージの袖を二の腕までぐいっと引き上げる。
いつもならしわになるので絶対にやらないのであるが、これは覚悟をもっともわかりやすく表現するために行う。いわば覚悟のルーティーンである。
「富山静流、あなたの勇気をーーー、」
両手を高らかに上へ挙げる。
もっとも自分が自分でいられる構えで。
出し惜しみすることなく。マックスをぶつける。
「ーーー少しだけお借りします」
続く




