第六話 その弐 『ヒーローの心得』
トリガーハッピーエンド
「『ヒーロー』って何です?」
それは退屈を紛らわせる一言のつもりだった。
まして、深い意味も腹づもりもなく、ただ純粋に興味本位の問いであったが、この話題は後にゆうのすけが後悔する原因を作るきっかけになる。
「え ちょっと、なにそれ。 新手のシュールジョークのつもりかな? ひょっとして、ヒーローを知らないのかい? テレビとかネットで有名でしょ?」
「生憎、テレビは見ないんです。金がないのでネットも見てません」
「ヒーローはね、ヒーローだよ」
「……答えになってません」
「だから、そのままの意味だよ。アメコミとかでいちジャンルを確立しているだろう? 弱きを助け、強きを挫く正義の集団、それがヒーロー、だからヒーロー。言うなれば現行犯逮捕のプロだ」
高水は胸を張ってヒーローの収録雑誌を手渡した。
そういえば、ゆうのすけに心当たりがあった。
武力主義を掲げる武装集団。
高性能特殊装甲と仮面を被った怪人たちの噂である。ゆうのすけが俗世離れする少し前に話題になっていたが、よもやヒーローなどと持てはやされていようとは。
メディア受けもいい、見映えもいい、正義のヒーロー。
「僕のプロデュースしてるのは『ピカイチ』というヒーローだ」
ピカイチ。なんとも弱そうな名前だろう。
言葉の意味とは裏腹に馬鹿にしたかのような語感である。
「まあ、世間一般ではヒーローはなかなか好評でね。僕的にはうまくやらせてもらってるよ」
「……なんだか一癖ある言い方ですね」
「もちろん。ひとには言えないこともたくさんしてるからね。でもそれがヒーローならそこらで暴れようとも、物を壊そうとも、大衆は大目に見てくれる。『ああ、今日もヒーローが仕事してる』とか『生のヒーローだぁ』とか、精々その程度の役得さ。やりやすいったらないね」
「そんなこと、言っても良いんですか? リークしちゃいますよ」
「ご自由に。けどマスコミは押さえてあるから無駄だよ。警察に行ったら逆にキミが捕まるんじゃないかな? あとは判るよね」
汚い、やり方が汚すぎる。
おそらくヒーロー率いる組織はこの国の中枢に深く食い込んでいるのだろう。しかし高水の発言の真偽を確かめる価値はないのでとりあえず聞き流すことにした。
「で? ヒーローの目的は何です?」
「呪い殺し」
高水はそう断言した。
語尾に『冗談だ』と続ければ信じてしまうほどに軽い声色は、訂正しないことで邪悪さがにじみ出ている気さえする。ゆうのすけは動揺を押し殺して高水の後を黙々と付いていくだけだ。高水はジッとゆうのすけから目を離そうとはしない。
「連れの富山しずるちゃんも『提供者』なんだっけ?」
「……、……!」
「なぜ知ってるかって? とある筋からの情報だったんだけどね。キミの反応と照らし合わせて確証が取れたよ。そっか、呪われてるんだあの子も」
「……だったら、どうするんですか? あいつを、富山静流を殺しますか?」
ゆうのすけは左手を鳴らす。
返答次第では即座に腰に差した『失恋』を引き抜き、高水の喉元へと突き刺す覚悟での問いだった。リュカの時とは違って、衝動ではなく自分の意志での殺しを。
「いや、止めとくよ。今回のターゲットは富山静流じゃないからね」
「……、含みのある言い方ですね?」
「僕らの駆逐対象はね、『イカサマ』と呼ばれる悪性新生物さ」
聞いたことのない名前だった。
「イカサマ? これまた変わった名前ですね」
「奇術師:イカサマ。人を騙して、周囲に呪いをばらまく最悪最低の悪性新生物。間違いなくゲス野郎だ」
高水義正は声を震わせる。
それは呪いを謳うように、まるで目の敵にするかのように。
「だから、今は心配しなくてもいい。僕も、ピカイチさんも、君たちに襲いかかるつもりはないから、多分だけど」
高水はいつものようにはにかんだ。
どうやら、『イカサマ』とやらは高水にも何か確執のある呪い憑きであるらしい。
「そんな言葉は、信じませんからね」
「あはは、僕の回りはツンデレばっかりだな」
「それって、ただ嫌われてるだけなんじゃ……」
「慣れるとクセになるよ」
「……」
終わりの見えない階段にようやく終着地点がみえる。
漆塗りの扉に耳を当てて中の様子を伺う。それをなんとなく眺めながらゆうのすけはさっきからずっと喉の奥につっかえた質問を問い投げた。
「あの、高水さん。ひとつ聞きたいんですけど」
「なんだい?」
「この扉、さっきも開けませんでしたか?」
高水は改めて眼前の扉を眺める。
すると、最初に開けた扉と同じ材質と形状、そしてルームナンバーはゆうのすけがリュカを刺し殺した時の返り血でどす黒く変色していた。
「……まずいぞ、雄之介くん。僕たちは敵の掌で踊らされていたようだ」
「それって、どういう意味」
「もう悪性新生物の攻撃は始まっている」
続く




