第五章 その参 絶対に開けてはいけない。
トリガーハッピーエンド
「その扉は開けちゃいけない。開ければ取りかえしの付かないことになる。なぜって、ボクたちじゃあ万に一つとして勝ち目がないからさ。とにかく、この扉は絶対に開けちゃいけない」
好青年は迷うことなく断言した。
のど元にゆうのすけの『ブロークンハート』の切っ先を向けられた状態にも関わらず、その声色からは冷静さがうかがえた。ちょっとでも不審な動きをすれば弾みで刺してしまいそうなほどの剣幕にも関わらずである。
「あんた、どちらさんです? 正義のヒーロー? まさかそれが本名じゃあないんでしょう」
「ボクは高水義正。今年で二十歳だ。ほら、ボクの名前って反対から読むと『正義味方』って読めるだろ? だから正義のヒーロー。もっとも、ボクの職業ははヒーロー補佐だけどね」
「そのヒーロー補佐様がどうやってここに入ってこられたんですか? この部屋には誰も居なかったはずなのに……」
「それは簡単。最初からボクはこの部屋にいたんだ。それでね、この部屋の前で口論するふたりの痴話げんかを盗み聞きしようと、回転扉の内部屋から聞き耳を立てていたんだよ。すると、キミが入って来そうな雰囲気だったから急いで内部屋を回転させて、ボクは『スウィートルーム側の内部屋』へと避難した。そしてキミが入室時に内部屋をまた回転させてボクは再び『地獄の扉側』の内部屋へと移動した。つまりキミの様子を回転扉越しに観察していたんだ。…………まあ、キミが不用意に出口の扉を開けようとしたから仕方なく出てきたんだけどね」
なるほど、一見筋は通っている。
それでもゆうのすけは言葉の追求を辞めない。この男は肝心なことを口にしていないのだから。
「あなたはなんでこの部屋にいたんですか? ひとりですか?」
「敵に追われて来た。仲間はもうひとりいたけれど、はぐれてしまったんだよ」
「なるほど。では、なんで出口の扉を開けたらだめなんです? 盗み聞きしていたなら、あの声が俺の連れなのは判るでしょう?」
「はたして、本当にそうだろうか?」
『ねぇ何話してるのぉ? 早く開けてよ、ゆっちゃん』
ドアをドンドンと乱暴にノックする音。
すっかり忘れ去られていたが、富山しずるはいつものおっとりとした口調でこちらの様子を尋ねてきた。しかし取り込みなのでその言葉を無視する。
「もったいつけるとあなたの首が飛びますよ」
「結論から言おう。ーーーーいま扉を叩いている彼女は、おそらく偽物だ」
好青年は力強く断言する。
この追い詰められた状況で嘘を吐くとは考えづらい。判ることはこの状況にも関わらずこの男は嫌に冷静さを保っている点である。
「詳しく話したいのは山々なんだけど、こうやって脅迫された状態じゃあ話したくても話しづらい。お願いだから、その物騒なものを下げてくれないかな?」
「……、……」
ゆうのすけは無言でブロークンハートを鞘へと収める。
代わりに三メートルほど間合いを開けた状態で話を聞くことにした。しずるがドアを叩く音がもはや伴奏であるかのようにふたりの沈黙を遮っている。
埃の付いたパーカーの裾を手で軽く払うと青年はゆっくりと話し始めた。
「ありがとう、では話を続けよう。このルートには『リュカ』と呼ばれる怪物が居ることを知っているかい? そいつは白いジェル状の怪物なんだけどね、人に化ける習性がある。本人とそっくりの身なりで近づき、本人と寸分違わない声を発して、言葉巧みに侵入者を誘惑するんだ」
「なんのために、化けるんですか?」
「ーーーー人を喰らう為さ。騙された人間をね」
『騙されたら駄目、ゆっちゃん!』
悲痛な叫びがこだまする。
それが富山しずるかは判らないけれども。
「万が一、外の彼女が『リュカ』だった場合、僕たちは喰われるだろう。キミと僕が束になったとしても太刀打ちできない。結論を言おう、この状況で僕たちは何もしない方がいい」
「……もしも外のしずるが本物だったらどうするんですか?」
「その時は、そとで待ってもらうしかない。何を吹き込まれるか判らないから会話も禁止だよ。万が一でもリュカに騙されるのを防ぐためだ。キミだけじゃない、プロである僕でさえ騙されかねない。密室ではそれだけ恐ろしい悪性新生物なんだ」
「……なにか手段はないんですか。俺たちにできることはないんですか?」
「ボクが補佐するヒーローがここへ来るのを待つ。きっとこの事態を察知して助けに来てくれるさ。扉の周りに居る悪性新生物を一掃してくれる。なんたってヒーローなんだから」
ゆうのすけは納得がいかなかった。
ヒーローにはできて、俺たちにはできない。こうして目の前に富山しずるかもしれない存在が居るのに手も足も出ないことが歯がゆかった。
何より、それを聞いて足を止めてしまう自分自身が悔しくてならなかったのだ。
『ゆっちゃん、そいつは嘘を吐いてるよ!』
富山しずるは叫びを上げる。
声はやはり何度聞いてもいつもの富山しずるのものだ。
『リュカは人を騙すけど一般人のゆっちゃんでも充分に倒せるレベルやよ。けどそいつは嘘を吐いた。太刀打ちできないってゆっちゃんを騙した! そいつは嘘つき。そいつがリュカやよ。ゆっちゃん逃げて!』
「言葉尻を捉えるんじゃない。リュカ単体の危険度はそう高くはないが、群れを成した場合の話だ。決して嘘じゃない。本当だ、僕を信じてくれ」
『そういって時間を稼いで仲間のリュカを呼ぶ算段なんやろ。あたしを孤立させて、拒絶してリュカに襲わせるつもりやろ? ゆっちゃんひとりならどうにかなると思ってるんやろ? 忘れんといてよゆっちゃん。そいつはリュカ! 騙されちゃ駄目!』
「いい加減なことを言うな! それがお前らリュカの常套手段なんだな! そういって扉を開けさせようとするのがお前らの狙いなんだろう!?」
『ゆっちゃん、お願い。あたしを信じて』
「お願いだ、僕を信じてくれ」
一方は尊敬する先輩の妹さん。
もう一方は、自称ヒーロー補佐。
この場合どちらを信用すればいいのだろうか?
どっちが本当のことを言ってるのだろうか。
人間とは臆病な生き物だ。
一度疑い始めると自分さえも信用できなくなる。
しかし、運命の歯車は無情にもゆうのすけに最終決断を迫ることになった。
『ゆっちゃん、助けて! リュカに、リュカに襲われるよ!』
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