第五幕 略奪愛
トリガーハッピーエンド
嘘を吐くことは生きていく為に必要な事だ。
自分のため、他人のため、家族のため、社会のため、様々な要素が絡み合い、嘘は必要悪となって黙認されている。何かを守るために、何かを楽にするために、何かを貫き通すために、周囲を巻き込んで、ついには自分自身にさえ嘘を吐き続ける。
『嘘』に悪意が加わると『騙し』となる。
暮らしを豊かにする『やさしい嘘』は心持ちひとつで、他人を陥れる『下劣な騙し』へと変貌する。使い方を誤れば言葉は何よりも切れるナイフへとなって牙を剥くのだ。
いつか人間は、選択を迫られる局面が必ず来る。
その時には周りから『情報』が飛び交うだろう。良心から助言してくるものがいるだろう。
しかし、決して鵜呑みにしてはいけない。
それは、あなたを招き寄せる『騙し』かもしれないから。
☆
「あたしはその筋ではスーパーレディ・しずるちゃんという異名を持ってるんやけれども、流石にこれはお手上げやよ。ギブ・アーップ」
「お前の異名は確か『魔法少女』じゃなかったっけ? まあどっちでもいいや。しかしこれは流石にどうしようもないけど……どうする?」
しずるたちはふたつの扉の前に立ち往生していた。
右には『天国』が、左には『地獄』と文字が描かれた扉がある。どうやらここにしか入り口がないらしく、壁や天井には抜け道らしいものは見当たらない。
「天国と地獄。どちらか選べってことか?」
「そうやね。あるいはハッタリか、さっきの落とし穴みたいにトラップかもね。まあ十中八九、後者やろうけど」
富山しずるの言うとおりである。
さっきは落とし穴があった。つまりこの扉にも何らかのトラップが施されているとみるのが妥当だ。だから最初の時と同様にしずるに調べさせた。
しかし、しずるの専門家としての嗅覚を以てしてもふたつの扉の罠を看破できなかった。
つまり、どうしようもないと言うことだ。
純粋に二択なのだから確率は1/2。50%の確率である。
当たれば天国、外せば地獄である。
正解は10、失敗は0なのだ。
「本当に何もないのか? なかから危険な香りがするとか」
「残念やけど……ね。イヤらしくも中だけをちょっと覗き込んでみたけれど、相変わらず回転扉の個室空間が広がっているだけやったし、一度入ったら引き返せない造りやもんね」
「一方通行。つまり、当たりを引くのは完全に神頼みだということか」
「なんてこったい」
冗談っぽく笑うしずるを思いっきり無視して思考する。
さっきの落とし穴は『恐れる者を殲滅する』トラップだったから、つまり今回は『苦しみから逃げる者を殲滅する』トラップかもしれない。それなら答えはおそらく『地獄』だ。
しかし、引っかけのパターンだった場合はどうだろう。
もしも答えが『天国』だったとしたら。その時はなんてっこったい、では許されない洗礼が待っている。けれど、他に方法はあるのか?
完全な二択に『天国』と『地獄』の扉。
これを攻略する術は残されているのだろうか。
「あるよ。あたしにこの扉を100%の確率で越えられるとんでもない秘策が」
手を上げたのは富山しずるであった。
……本当にそんな方法があるのだろうか。
ゆうのすけは固唾を呑んでしずるが発言に耳を傾けた。
「片方を選べないなら、ーー両方選べばいいじゃない」
「…………」
それなんてマリーアントワネットだよ。
確かに、いろんな意味でとんでもない解答ではあった。
ゆうのすけは諭すようにしずるに目線を合わせる。
「それじゃあ誰かが外れる確率も100%だろうが」
「けど誰かが当たる確率も100%でしょうが」
「……」
「……」
確かに、それならば確実に越えられる。
けれど、それには絶対にひとりが犠牲になる、
それはあまりにも、残酷すぎる決断ではないだろうか。
「そんなことしたら、俺かお前のどちらかがトラップ行きだぞ」
「そうやね。でもあたしはこれっきゃないと思う。ううん、これ一択やよ」
「却下だ。そんなの認められる訳が……」
「じゃあ、50%の確率で二人一緒に死ぬ?」
ーーあたしはそれでも構わんよ? としずるは冷たく言い放つ。
背筋を氷が伝うかのような悪寒ーー物事の核心を突くしずるの言葉はゆうのすけからの反論を押さえつけてしまった。暖かいようで冷たい、富山しずるの笑み。
「……判ったよ、それで行こう」
「よーし、んじゃあジャンケンしようぜ。どっちが外れでも恨みっこはNGの方向で! ジャンケンポンの『ン』を発音し終えてからが手を出すタイミングやから。そこんとこよろしく。じゃあ、いくよ」
「それじゃあ、俺は『地獄』の方へ行こうかな」
「あてんしょんぷりーず」
結局しずるが『天国』へ、ゆうのすけが『地獄』へ行くこと向かう事になった。
この組み合わせはふたりで話し合った選択である。確実に攻略するための苦肉の策であった。
「それじゃあ、ここでお別れだ。またな」
「あ、ゆっちゃん。気を付けてね。やばそうになったらすぐに逃げてね。何か危険な香りがしたらあたしの携帯に電話してよ。すぐに解決してあげるから。わかった?」
「あーやかましいな。そんなに俺の事が心配か?」
「だって、ゆっちゃんって弱いもん」
「……お前はさらっと酷いことを言うなぁ。ちょっと凹むわぁ」
しずるの言うことは真実だ。
しずるの方がゆうのすけより強い。いや、正確には生物である時点で富山しずるを攻略できる存在はおそらく居ないだろう。それゆえにしずるが危険であるはずの『天国』を選択したのだ。
「でもな、しずる。その心配は同時に俺を信用していないことを意味するんだぞ」
「そんなことないよ。ちゃんと信用してるよ」
「なら、心配するな。その心配は俺にとっては負担にしかならない」
「じゃあ、このあたしはどうすりゃいいの? いまから無事を祈ってミサンガを作って光の速さで引き千切ればいいんけ?」
「その想像以上にシュールな図は今度見せてもらうとして、今は信じろ。俺はその信頼に応えてやる」
富山しずるの頭をわっしと撫でた。
「うん、わかった。信じるよ」
こうして、ふたりは同時に扉の中へと踏み入れた。
なれ合うことなく、相手を信じて進む姿はまさに『信頼』の賜物だろう。
しかし、その先に待っていたのは信頼するがゆえに嵌まる略奪愛のトラップであった。
技へ




