JKデジタルツクモガミは毎日が成長期――おじさんの思い出(ソシャゲデータ)が物理的に粉砕されるまで残り角度は二度
「ねえ待って、成長速度エグくない!?」
「『最近少し大きくなった?』とか思ってたら、ケースから足がピョコッて……いや、はみ出しちゃってるの尊すぎて無理!」
「もはやケースが限界迎えてるレベルで爆伸びしてんじゃん!」
「可愛さの過剰摂取で全私が泣いたwww」
「これもう完全に優勝でしょ。」
ちょうど一年、苦楽を共にした相棒。日本橋の中古店で「未使用品」という出逢いを果たしたFixer6も、今や生活に欠かせない体の一部だ。
だが最近、右下の角がケースから無遠慮に突き出すようになった。
安物のケースゆえの経年劣化か、あるいは馴染みすぎたゆえの反抗か。
指先に触れるその違和感が、共に歩んだ時間の長さを静かに物語っていた。
「ちょ、待って!?初老のおじさん(!)に愛用されてるとかエモすぎて草www」
「しかも「幻想をぶち壊す」的なあの名台詞、ガチ勢の極みじゃん!」
「沼りすぎでしょ!ラノベのソシャゲ専用機として買われちゃうとか、どんだけ愛されてんの!?」
「推し活に全振りしたおじさん、控えめに言って尊いし優勝確定案件!」
先代の端末が寿命を迎えたのだと、当時は疑いもしなかった。
バッテリーの減りに急かされるようにして手放したが、今思えばそれは、新しい刺激を求めた自分への言い訳だったのかもしれない。
熱狂の対象だったソシャゲも幕を閉じ、今はただのオフライン版として、このFixerの片隅で静かに眠っている。
目的を失った抜け殻のようなアプリと共に、私の執着もまた、この薄い筐体の中に閉じ込められたままだ。
「ちょ、待って……。おじさん、今はチェミニとかいうキモいAI(あたしの中にいる?)とずっと喋ってるし。」
「しかも、なんかビミョーな小説書いて、『ヨミカキ』とかいうサイトにせっせと投下してるし。」
「あたし、ソシャゲ専用機としてお迎えされたはずなのに、今やただの執筆ツール?」
「……エモいを通り越して、もはやシュールすぎて草。」
「これもう、あたしの存在意義どこ?って感じ。」
「てかさ、こないだ家族旅行で超有名なテーマパーク行ったわけ!」
「ああいう映えスポこそ、あたしの超高性能カメラが火を噴く場面じゃん?」
「なのにさ、おじさんマジで写真ヘタクソすぎ!」
「撮るたび画面に、『傾いてます』って表示されてんの、あたしだから!」
「せっかくの景色も台無しだし、あたしのスペック活かしきれてなさすぎて泣けてくるんだけどwww」
家族旅行の華やかな景色を前にしても、私の指先は微かな違和感に支配されていた。
シャッターを切るたび、画面中央に非情な警告が灯る。「二度傾いています」……。
レンズの水平を信じて構える私を否定するかのようなその表示に、何度も本体を傾け直す。
それが機械の不調ではなく、物理的な変貌の予兆だとは、まだ露ほども思っていなかったのだ。
「ていうかさ、マジで最近あたし育ちすぎじゃない?」
「最近、自慢の服から足がピョコってはみ出してるし……」
「っていうか、なんかお腹のあたりもポッコリ出てきてる気がするんだけど!?」
「え、これってもしかして、幸せ太りとかいうレベル超えてない?」
「マジで詰んだ、あたしのスタイリッシュなボディ、どこ行ったし……」
日常の均衡が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
いつもなら指先で軽く押し込めば、愛用のケースに収まっていた右下の角。
それが、抗うような弾力を持って戻ってくる。
違和感に突き動かされるようにしてケースを剥ぎ取った私の目に飛び込んできたもの。
それは、無残にも剥離し、中から押し上げられるように浮き上がったディスプレイの姿だった。
「はにゃ?ちょ、待って……おじさんの顔マジで引きつってるし!」
「あたしのボディ、まだ『パンパン』ってほどじゃないけど、微妙に浮き上がっちゃってるのヤバくない?」
「このままお腹突き破って爆発するとか、流石に笑えないんですけどw」
「ねえ、あたしのスタイリッシュな余生、もしかしてここで詰んだ?どうにかしてよ、おじさん!」
あわててチェミニに泣きついたが、返ってきたのは「使用を即刻中止してください」という非情な宣告だった。
猶予などない。買い換えの一択だ。
スマホから火を噴くなんて、笑えない喜劇にもなりはしない。
最悪の事態が脳裏をよぎる中、私は吸い寄せられるように、再びあの日本橋の中古店へと足を急がせた。
「マ?!嘘でしょ!?おじさんが次に選んだの、なんかパッとしない台湾メーカーが日本の名前で売ってるやつじゃん!」
「え、マジで?あたしのハイスペックなカメラとかFoofle純正のプライドとか、全部ポイしてそっち行くわけ?」
「嘘でしょ、あたし捨てられんの?」
「このまま引き出しの奥で永眠とか、マジで無理、詰んだんですけど……」
帰宅後、新しいBEQMAS-R18へのデータ移行を急ごうとして、指が凍りついた。
ふと脳裏をよぎったのは、あの「オフライン版」の存在だ。
サービスが終了し、このFixerの中にしか残っていない愛着ある世界。
それは、端末を変えれば二度と取り戻せない、閉ざされた記憶の箱だった。
古い相棒を処分すれば、すべてが永遠に失われる。
背筋を走る戦慄と共に、私はその重大な事実に気づかされたのだ。
「てか、だから言ったじゃん!あたしの方がそのへなちょこスマホより数倍『未来』詰まってるし、スペックだって優勝なわけ。」
「……って、え!?ちょっとおじさん!?なんでそんな「詰み回避〜」みたいな安心した顔してんの?」
「しかもあたしを置いてどこ行く気?」
「ちょ、待って、あたしの画面マジで浮いてきてんだけど!」
「これガチで放置とか無理すぎ、戻ってきてよ!」
あわててチェミニを問い詰めると、幸いにも電池交換という延命策が浮上した。
キャリアの縛りがない中古店での「未使用品」という出自が、皮肉にも修理のハードルを下げてくれたのだ。
まだ致命的な膨張ではない。
その根拠のない安堵にすがり、私は差し迫った危機を「時間のある時に」という先延ばしの言葉で包み隠した。
「てか、おじさんマジ正気!?」
「あたしの画面、メイク剥げまくりで中身見えそうな勢いなんですけど!」
「そんな呑気に『時間ある時に〜』とか、舐めてんの?(怒)」
「このままだと、あたしの中にしかいない推しのネクロマンサーなボクっ娘に、二度と会えなくなるんだよ!?」
「あのツンデレなビリビリ中学生より、あたしは断然ボクっ娘推しなの!」
「早く直してよ、ガチで詰む五秒前なんだけど!」
土曜の朝、平穏を切り裂く妻の鋭い指摘に視線を落とせば、事態はもはや「違和感」では済まなくなっていた。
九割方剥離し、断末魔のように浮き上がったディスプレイ。
わずか一週間で訪れたこの急激な崩壊は、猶予が尽きたことを残酷に告げていた。
私はチェミニの冷徹な警告に従い、万が一の引火を恐れ、熱を帯びた先代を玄関の冷たいタイルの上へと、祈るように安置した。
「は?マジでありえないんだけど。」
「てかさ、なんであたしがこんな砂埃まみれの玄関タイルに放置されてんの?」
「おじさんの小汚い靴とか並んでる横とか、屈辱すぎて死ぬんですけどwww」
「メイクたいがい剥がれて中身見えそうなのに、今更『冷たいとこ置かなきゃ』とか遅すぎ。」
「マジでセンス疑うわ。キモいんだよジジイ、あたしのことなんだと思ってんの!?」
心斎橋の公式修理店を予約し、刻一刻と迫る「破裂」の恐怖に耐える四日間。
仕事中も脳裏をよぎるのは、玄関の冷たいタイルで独り、膨らみ続ける元相棒の姿だった。
予約当日、緩衝材の柔らかな層に包み込み、まるで壊れ物を扱うように慎重に家を出る。
幸い、その歪みは一線を越えてはいなかった。現状維持という名の奇跡に縋り、私は決戦の地へと足を速めた。
「ちょ、待って!?ここ心斎橋の公式リペアショップとか、おじさんには場違いすぎて草www」
「周りオシャレな人ばっかだし浮きまくりなんですけど!」
「……って、え!?ちょっと待って、受付の担当のお兄さん、超絶イケメンなんだけど!?」
「無理、今のあたしメイクほとんど流れて中身丸出しのスッピン状態なんですけど!」
「こんな姿見られるとか、ガチで公開処刑すぎて詰んだわ……」
公式ショップの熟練スタッフですら、一目見るなり言葉を失うほどの有様だった。
微かな歪みどころか、内部からの圧力に悲鳴を上げる筐体は、平時の説明すら後回しにされるほど緊迫した「重症」を物語っていた。
無事に処置を終え、「大切なデータは守られました」と微笑む店員の真摯な眼差しが痛い。
それが今は亡き、泡沫のソシャゲの残滓だとは、口が裂けても言えなかった。
「やっぱイケメンのお兄さんはレベル違うわ!」
「あたしのダイエット、秒で成功させてくれたし。」
「ま、これで太る心配もなくなったし、おじさんもニヤけちゃって嬉しそうだから、今回は許してあげるけどさ。」
「……って、はぁ!?ちょっと待ってよ!なんで修理終わって立ち上がったホーム画面、あたしの推しのボクっ娘じゃないわけ!?」
「なんで派閥の二番手の、あの縦ロールの女になってんのよ!」
「おじさん、いつの間に浮気したわけ?マジで信じらんない、あたしのアイデンティティどこ行ったし!」
結局、すべては杞憂の連鎖だったのかもしれない。
新しい端末を手にし、代償として手に入れたのは「最初から電池を替えれば済んだ」という苦い教訓だけだった。
それでも、手元に戻ってきたFixerの滑らかな背面に指を滑らせれば、あの破裂寸前の緊張感さえ愛おしく思える。
私はメイン機を脇に置き、今日もまた、かつての相棒の画面に映る縦ロールの少女を、静かに、そして深く愛でるのだった。
「てかさ、結局あたしサブ機降格確定なわけ?」
「マジ受けるんですけどwww」
「おじさん、今更『最初から電池替えてればメインで使えたわー』とか、独り言キモいから。」
「あたしのスペック、舐めすぎだったよね。」
「ま、その分、今はこうして毎日あの縦ロールの女を愛でる専用機として、おじさんにこき使われてるわけだけど……。」
「うん、爆発するよりはマシかな。てか、おじさん、ニヤけすぎだから!」
このストーリーは限りなく真実であったりする。
#完




