霞の世界
この物語はイジメを助長する目的ではありません。この話はイジメを含む一部作者の体験を織り交ぜたフィクションです。精神的に不安定な方や気分を害す方、感情的になりやすい方などは閲覧を控えてください。
登場人物
早川イサム(勇)
一卵性双生児の兄。弟より小柄で気弱な面もあるが努力家。父のサッカーに憧れる。
早川マサル(勝)
一卵性双生児の弟。明るくて素直な活発な少年。気弱な兄を支える優しい子。いつも兄と勘違いされている。
早川ソウスケ(宗佑)
双子の父親。サッカーJ2リーグのプロ選手。
早川ヨウコ(陽子)
双子の母親。フリーのカメラマン。取材の時に宗佑と出会い結婚。双子を出産している。
4月も後半地区主催の大会が始まる。イサム達の地区のチームは辰橋多目的スポーツ公園に集められ勝ち残りのリーグ戦形式で行われる。スポ少団体だけで無くプロ直属のジュニアユースチームも参加してくる。
全部で二十四チームが各フィールドに抽選で決められた4チームずつが集められ高学年からの試合が行われる。五、六年生に混じって一際小さなイサムの姿は逆に目立っていた。お互いアップを始めると美月の甲高い応援の声が響く、
「僕は出れないと思うけどなぁ」
イサムは決して弱きでそう言ってるのでは無く、自分より上級生の方が上手いのは明らかなのでそう思っていた。この時イサムはとても落ち着いていた。
アップも済みフィールド中央に選手が整列し礼を終えるとコイントスが始まる。相手はプロ直属ジュニアユースの一つファルジャーノン勝山ジュニア(以下ファルジャ)、数々の実績を残して来ているチームなので油断は出来ないが古備スポーツ少年団(以下古備少)も優勝実績のあるチーム簡単には負け無いだろう。
ファルジャからのキックオフ、パスの組み立ても良く中盤を抜かれディフェンスラインまで攻められるが古備少キャプテンでディフェンダーの井上耕生がラインを割らせない。
ボールをキープしつつ前線へ指示して味方にパスを繋ぐ。互いにせめぎ合うが決定打の出ないままハーフタイムになった。控えの選手がスタメン選手に水筒を渡し水分補給を促した。イサムも両腕いっぱいに水筒を抱え上級生達に渡している姿がとても愛らしくSNSに「小さな補給係」と言うタイトルで一時的に拡散されされていた事は後に知る事になる。
その事よりもこの後、イサムは伝説を残す。
後半戦も始まり古備少のキックオフ僅か一分、流れる様なパスで崩せなかったファルジャの壁を突破した。正確には崩せなかったのでは無く、前半から崩していたのだじわじわと。
中盤の守備を激しく動かす事で相手の体力を削っていた。一点、二点と古備少がリードする中、選手の交代が告げられた。五年生の田咲を下ろしイサムの名が呼ばれた。突然の事に理解が追いつかず戸惑っていると、
「行ってこい早川。何事も経験だ」
監督の一言で身体が反応してピッチに入る所までは記憶している。ピッチラインを超えた瞬間真っ白な霞かすみがかった世界へと迷い込んだかの様な錯覚を起こした。
上級生達の声も反響音の様にハッキリ聴こえず自分の心臓の鼓動が身体中に響く、荒く息をする音すら耳に届くのに周囲の音は反響する。そんな時、聴き覚えのある声がイサムを導く、
「右。そのまま前に右脚を出して」
声の通りに身体を動かすと足下にはサッカーボールが見えた。
無我夢中でドリブルして声に従う、
「一度止まってバックステップそのまま反転。踵でボール蹴ったらまた反転。左に周り込んで」
声に従うと一度離れたボールが再び足下にある。
不思議な感覚のまま、
「左脚、キックフェイント。その左脚で踏ん張って右脚でループ!」
ボールを蹴ったその視界に光が戻る。
盛大な歓声に霞が晴れ、蒼い空がイサムの視界に広がった。自分がどれ程凄い偉業を果たしたかを知らぬまま試合終了の笛が鳴った。




