雲行き
この物語はイジメを助長する目的ではありません。この話はイジメを含む一部作者の体験を織り交ぜたフィクションです。精神的に不安定な方や気分を害す方、感情的になりやすい方などは閲覧を控えてください。
登場人物
早川イサム(勇)
一卵性双生児の兄。弟より小柄で気弱な面もあるが努力家。父のサッカーに憧れる。
早川マサル(勝)
一卵性双生児の弟。明るくて素直な活発な少年。気弱な兄を支える優しい子。いつも兄と勘違いされている。
早川ソウスケ(宗佑)
双子の父親。サッカーJ2リーグのプロ選手。
早川ヨウコ(陽子)
双子の母親。フリーのカメラマン。取材の時に宗佑と出会い結婚。双子を出産している。今は専業主婦になっている
「306号室の少年の心肺停止、除細動器準備。気道確保。1、2、3始動。イサムくん聞こえる!イサムくん!もう一度…」
容体の急変したイサムはICUに移される。肺に溜まった血液を抜き呼吸を確保する。
酸素マスクとバイタルサインモニターを身体に付けられた状態でイサムの名を呼び続けながら心肺蘇生を行っていた。
「もう一回、1、2、3」
除細動器で電気を送るがバイタルサインは戻らない。
「もう一回!」
医師達は小さな命を救おうとしていた。
小学校に祖父達が到着して車に乗り込む
「おじいちゃん、おばあちゃんいっくん大丈夫だよね?」
半べそのマサルを小春が抱きしめ、
「お兄ちゃんがマサルの事置いて行く訳ないじゃ無いの」
と優しくなだめていた。
練習を中断された宗佑は顔を真っ青にしてマネージャーの車に乗り込む。
今の宗佑を自分の車で病院に向かわせたら事故でも起こしかねないと判断したからだ。
「遠藤くん。まだ着かないの?」
宗佑の焦りと苛立ちがマネージャーの遠藤に向けられる。
「焦らないでくださいよ宗佑さん。今の時間は自然渋滞が起きやすいんですから」
マネージャーの遠藤が宗佑をなだめる。
遠藤そのものも宗佑程では無いもののこの状態での苛立ちは感じていた。
彼は双子達の出産時、イサムの心臓の手術、そして転落事故全ての出来事の際、宗佑を病院に送迎して居る。
何より宗佑が息子達をスタジアムや練習場に連れて来るなど双子に接触し懐かれていた。
特に宗佑にさえ懐きの遅かったイサムが遠藤には直ぐ懐いていた。
知り合いの子供以上のイサムに感情が湧かないはずも無く握るハンドルに力が入っていた。
待合室で待たされていた宗佑達は個室に通される。そこにはベッドに寝かされている我が子がいた。
その姿を見るだけで宗佑の目には熱い物が溜まっていた。
ゆっくりと弱々しい力で瞼が開かれるとそこには両親と祖父、祖母そしてマサルの姿が瞳に映し出される。
「…っとうさん…っかあさん…じぃじ、ばぁば……マサル…」
酸素マスク越しにイサムが反応すると陽子の気が抜けて膝から泣き崩れた。
その声を聴き宗佑達も涙を流し喜んだ。
一人マサルだけ泣きもせずこうなる事を予期していたかの様に兄に話しかけた。
「兄ちゃん、ごめんね。ボクは兄ちゃんの事を認めれなかった。兄ちゃんの事を嫌いって言ったの本心じゃ無いから…」
「わかってるよマサル。兄ちゃんを守ろうとしてたんだよね。ありがとうマサル」
「お礼を言うのはボクの方。ありがとうボクの兄ちゃんでいてくれて」
そう話し終えると大粒の涙がマサルの頬をつたって落ちた。
空はなんで蒼いのか海はなんで碧いのか科学で説明するのならほぼ同じ、青い光は吸収されにくく散乱しやすい。
空には空気の層に、海はプランクトン等の微細な物に反射し広がる。
同じ様で違う、違う様で同じ。兄弟もまた、混じり合う事はないが互いを認めただ寄り添っていく。
意識が回復して数日後、警察がイサムを訪ねて病院に来ていた。
転落事故の状況確認で来ていたのだがイサムのいじめられていた時期辺りから転落までの記憶がすっかり抜け落ちていた。
医者は転による一時的な記憶喪失かいじめを受けたショックで心に鍵をかけ思い出さない様にしているかのどちらかだと診断しどちらにしろ無理矢理思いださ無くても良いと判断した。
月日はたち、マサルは夏休みを迎えていた。
イサムは骨折の完治に思いの外時間がかかりまだ歩行のリハビリが出来る状態では無かったが上半身だけのリハビリは一ヶ月前から行っていた。
両腕、両手の細かな骨が多数折れていて砕けた骨片が筋肉に入り込んでいて開放手術で数回に分けて取り除いていた。
ギブスの外れたその腕の傷痕を見ると大人でも卒倒しそうなくらい凄惨で実際、母陽子は失神した。
当の本人は勲章の様に弟に見せていた。
陽子は美月の母にイサムの無事を報告したが美月は合わせる顔が無いとして代わりに姉の舞を連れて見舞いに来たこともあった。
イサムは美月が来ていない事を尋ねるが体調がすぐれないのだと聴かされ淋しそうにしていた。
尾てい骨骨折もようやく骨同士がくっついた。だが即歩行訓練とは行かなかった。
数ヶ月動かせなかった全身の筋肉の衰えに加え上半身のリハビリ途中が重なり、一人で身体を支える事が出来ない。
上半身のリハビリと歩行訓練とは分けて行い、歩行訓練は看護師がイサムの身体を支えるながら歩かされていた。
脚へのダメージが少なかった事も有り歩行に関しては数週間で支え無しで歩ける様になっていた。
問題は上半身の特に腕と手の方だった。始めは手を握ることすら困難で肩も上げれない状態だった。
今は固着した関節を痛みと闘いながらリハビリに臨んでいる。
そんなイサムが自分の手に鉛筆を持って字を書ける様になるまで一年と半年かかった。
脚を動かし歩ける様になったのは、入院から6ヶ月ほどで退院もその数日後となった。
腕のダメージは思っていたより深刻で両腕を軽く前後に振る、肘関節の可動はほんの少し、
手に至っては物を掴む事が出来なかった。
リハビリをサボっている訳じゃ無いのだがどうしても脚の回復と比べてしまう。
担当医曰く焦らずゆっくり確実にとの事。イサムはこの状況を逆に楽しんでいた。
「赤ん坊ってこういう一つ一つが上手く行かないし、伝える手段も少ないから泣いたり癇癪起こしたりするんだろうね」
と自分語りをしていた。
半年、一年と時は流れ双子は六年生になっていた。
小学生最後の春。
イサムは初めて新しい学生服に袖を通した。
桜舞う季節、蒼天が双子達を祝うように広がっていた。




