第4話|固定
彼は、
参照されなくなった。
*
朝、
スマートフォンは鳴らなかった。
目覚ましの音はない。
通知もない。
だが、
彼は決まった時間に目を覚ました。
カーテンはすでに開いている。
室温は一定だ。
照明は点いていない。
起床という行為は、
記録されていない。
*
画面を確認する。
一日の予定が表示されている。
時刻。
移動。
処理。
「本人」という項目はない。
操作主体も表示されない。
実行条件は、
すでに満たされている。
*
外に出る。
玄関の鍵を閉めたかどうかを、
彼は確認しない。
画面には表示が出ない。
施錠確認もない。
だが、
問題は起きない。
*
移動中、
誰かから声をかけられる。
「もう対応済みですよね」
疑問形だが、
確認ではない。
彼は頷く。
頷きは入力ではない。
ただの動作だ。
*
窓口で名前を呼ばれる。
呼ばれたのは、
彼の名前ではない。
番号でもない。
「次の方」
彼は進む。
画面が一瞬、光る。
〈対象:該当〉
それ以上の説明はない。
*
処理は進む。
書類は提示されない。
説明もない。
担当者は、
画面を一度だけ確認して、
頷く。
「完了しています」
彼は、
何が完了したのかを
聞かなかった。
*
昼。
食事を取る。
注文は不要だ。
選択肢も出ない。
運ばれてくる。
食べる。
画面には、
短い表示だけが出る。
〈摂取:基準内〉
満腹かどうかは、
評価されていない。
*
午後。
連絡が入る。
〈今後もこのままで進めます〉
了承を求める文ではない。
通知だ。
スマートフォンは、
応答を受け付けない。
*
彼は立ち止まる。
修正を試みる。
設定画面を開く。
項目を探す。
権限がない。
権限がないという表示も、
出ない。
ただ、
該当項目が存在しない。
*
周囲を見る。
人は動いている。
流れは滞っていない。
誰も、
彼に判断を求めない。
求めないという判断が、
どこかで行われている。
*
夕方。
帰宅。
玄関で立ち止まると、
画面が一度だけ点いた。
〈在宅:確認済み〉
誰が確認したのかは、
表示されない。
*
部屋に入る。
照明が点く。
空調が動く。
彼は、
その場に立っている。
だが、
空間は彼を基準に
調整されていない。
条件は、
すでに満たされている。
*
夜。
彼は椅子に座る。
スマートフォンは机の上にある。
画面は暗い。
触れなくても、
状態は変わらない。
*
彼は考える。
今日、
自分は何をしたか。
思い出そうとして、
やめる。
記録がある以上、
思い出す必要はない。
*
画面が最後に一度だけ点く。
〈状態:安定〉
〈修正:不要〉
彼はそれを見る。
安定という言葉に、
評価を感じなかった。
ただ、
そうなっている。
*
画面が消える。
音はしない。
部屋は静かだ。
*
翌朝。
目覚ましは鳴らない。
だが、
朝は来る。
カーテンが開く。
光が入る。
スマートフォンは反応しない。
すでに、
確認は終わっている。
*
彼は立っている。
存在している。
だが、
どの処理にも
彼は含まれていない。
例外ではない。
排除でもない。
最初から、
参照対象ではなかっただけだ。
世界は正しく回っている。
問題は、
発生していない。




