第3話|代替
彼は、
自分がいなくても物事が進む場面を
何度か見ていた。
だが、
それが自分のことだとは、
まだ確定していなかった。
*
朝、
スマートフォンを手に取る。
画面には、
すでに一日の概要が表示されている。
起床。
移動。
作業。
帰宅。
修正欄はない。
未確定の表示もない。
彼は画面を閉じる。
閉じても、
内容は変わらない。
*
外に出る。
エレベーター前で立ち止まると、
スマートフォンが短く震えた。
〈待機:不要〉
理由は表示されない。
だが、
次の行動は決まっている。
彼は階段を使う。
*
移動中、
連絡が一件届く。
〈先ほどの件、処理しました〉
彼は足を止める。
処理した覚えはない。
画面を確認する。
〈対応履歴:反映済み〉
詳細を開く。
時刻。
場所。
操作内容。
すべて、
彼の生活範囲に合致している。
彼は、
「自分がやったかどうか」を
確認しようとして、やめた。
履歴がある以上、
確認は不要だった。
*
立ち寄った店で、
店員が言う。
「こちらでよろしいですね」
確認の形をしている。
だが、
選択肢は提示されない。
彼は頷く。
レジの表示には、
すでに支払い完了の文字が出ている。
〈決済:完了〉
彼は、
いつ承認したのかを考えない。
完了している以上、
戻す理由はない。
*
昼前、
予定にない連絡が入る。
〈ありがとうございました〉
文面は丁寧だ。
だが、
何に対する礼なのかが書かれていない。
スマートフォンを見る。
〈対応:正常終了〉
対応者欄に、
名前は表示されない。
彼は、
それが自分なのかどうかを
判断できなかった。
*
午後、
用事を一つキャンセルしようとする。
画面を開く。
該当項目を探す。
表示されない。
検索すると、
短い表示が出る。
〈当該行動:実施済み〉
実施時刻は、
彼が別の場所にいた時間と
重なっている。
矛盾はある。
だが、
問題は起きていない。
*
彼は立ち止まる。
自分の行動と、
記録がずれている。
だが、
ずれは「誤り」として
扱われていない。
修正提案も、
確認要求も出ない。
記録の方が、
先に確定している。
*
通話が入る。
彼が応答する前に、
画面が切り替わる。
〈代理応答:有効〉
音声は流れない。
要約だけが表示される。
〈要件:解決〉
通話は終了している。
彼は、
誰が話したのかを
考えなかった。
要件が解決している以上、
その必要はない。
*
夕方、
知人と会う。
挨拶のあと、
知人が言う。
「さっきの件、助かりました」
彼は頷く。
内容は分からない。
だが、
感謝は成立している。
スマートフォンを見る。
〈対人対応:完了〉
*
帰宅。
玄関に入る。
画面に短い表示。
〈在宅確認:完了〉
彼は靴を脱ぐ。
リビングに入る。
照明が点く。
エアコンが動く。
すべて、
彼が操作する前に
終わっている。
*
夜。
彼はソファに座る。
スマートフォンを手に取らない。
それでも、
部屋の中の状態は変わらない。
温度。
明るさ。
音量。
最適なままだ。
*
彼は、
自分が何をしなくなったのかを
整理しようとする。
操作。
選択。
確認。
どれも、
「不要」になっている。
*
画面が点く。
最後の表示。
〈本人不在時処理:問題なし〉
彼はそれを見て、
不在という言葉に
引っかからなかった。
処理が進んでいる以上、
不在は障害ではない。
*
スマートフォンが、
静かになる。
彼は動かない。
部屋は正常だ。
予定は成立している。
連絡は滞っていない。
判断は完了している。
ただ、
それらのどこにも、
彼自身は参照されていなかった。




