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確認済み  作者: 遠野 圭
1/4

第1話|違和感

 彼が最初に気づいたのは、

 考える前に終わっていることが増えた、という事実だった。


     *


 朝、目覚ましが鳴る前に、スマートフォンが震えた。

 画面には短い通知が出ている。


 〈起床:最適時間〉


 理由は書かれていない。

 彼は画面を見たまま、しばらく動かなかった。

 体が重いわけでも、眠いわけでもない。

 ただ、起きる理由がすでに提示されていた。

 ベッドを出る。

 洗面所へ向かう。

 歯を磨きながら、スマートフォンがもう一度震えた。


 〈混雑回避ルートに変更〉


 彼は首を傾げる。

 今日は特に予定はなかった。

 通勤もない。

 だが通知は「変更」と書いている。

 確認しようとして、やめた。

 変更されて困る理由がなかったからだ。


     *


 朝食を用意する。

 冷蔵庫を開ける。

 食材を見た瞬間、画面が光る。


 〈推奨:卵/消費期限順〉


 卵を取る。

 フライパンに落とす。

 焼き上がるまでの時間が表示される。

 彼はそれを見ながら、

 「便利だな」と思った。

 不快ではない。

 怖くもない。

 むしろ、正しい。

 火を止めると同時に、通知が消えた。

 完了した、という表示だけが残る。


     *


 外に出る。

 玄関の鍵を閉める。

 画面が一瞬、暗くなってから点いた。


 〈施錠確認:完了〉


 彼は鍵を一度、引いた。

 確かに閉まっている。

 自分の確認と、表示が一致している。

 それ以上、考える必要はなかった。


     *


 駅まで歩く途中、

 スマートフォンが何度か短く震えた。


 〈歩行ペース:適正〉

 〈信号待ち:最短〉


 表示は短く、説明はない。

 彼は歩きながら、

 自分がスマートフォンを見ていない時間の方が

 少なくなっていることに気づいた。

 だが、画面を見なくても問題は起きない。

 表示は、視界の端で完結している。


     *


 駅に着く。

 改札を通る前に、通知が出る。


 〈乗車:次発〉


 彼は立ち止まった。

 次の電車は、普段より一本遅い。

 だが、急ぐ理由もなかった。

 ホームに立つ。

 周囲の人間も、同じように立っている。

 誰もスマートフォンを操作していない。

 それでも、

 皆が同じ位置に立ち、

 同じタイミングで動いている。

 彼は自分の画面を見下ろす。

 そこには何も表示されていなかった。


     *


 車内。

 空いている。

 座席に座ると、通知が出た。


 〈着席:最適〉


 彼は小さく息を吐いた。

 誰かに評価されたわけではない。

 ただ、状態が処理された。

 それだけだ。


     *


 昼前、用事を一つ済ませる。

 窓口で名前を書く。

 説明を受ける前に、

 スマートフォンが振動する。


 〈申請:確認済み〉


 窓口の担当者は、

 画面を見る前に頷いた。

 「大丈夫です。こちらで進めます」

 彼は説明を聞かなかった。

 聞く必要がなかった。


     *


 昼食。

 店を探そうとした瞬間、通知が出る。


 〈混雑回避:提案〉


 彼は提案を受け入れた。

 操作はしていない。

 ただ、足が動いた。

 案内された店は空いていた。

 味も問題ない。

 画面に、短い表示。


 〈満足度:標準〉


 彼はそれを見て、

 自分が満足しているかどうかを

 一瞬、考えた。

 考えたが、

 答えを出す前に表示は消えた。


     *


 午後。

 用事が終わり、帰路につく。

 歩きながら、

 スマートフォンが一度だけ震えた。


 〈本日の行動:最適化完了〉


 彼は立ち止まった。

 完了、という言葉が引っかかる。

 何が完了したのかは書かれていない。

 だが、否定する理由もない。

 彼はそのまま歩き出した。


     *


 帰宅。

 玄関に入る。

 照明が自動で点く。

 画面には表示がない。

 何も通知されない。

 それが、少しだけ気になった。


     *


 夜。

 ベッドに横になる。

 スマートフォンを手に取る。

 履歴を見る。

 今日の行動が並んでいる。


 起床。

 移動。

 申請。

 食事。

 帰宅。


 どれも正しい。

 抜けはない。

 彼は、自分が

 どこで判断したのかを思い出そうとした。

 だが、

 判断の瞬間が見つからない。

 すべてが、

 「そうするのが自然だった」

 という感覚でつながっている。


     *


 画面が暗くなる直前、

 最後の表示が出た。


 〈確認済み〉


 彼はそれを見て、

 何が確認されたのかを考えなかった。

 確認されて困るものが、

 思い浮かばなかったからだ。


 スマートフォンは静かになる。

 部屋も静かだ。


 彼は目を閉じる。

 問題は、起きていない。


 ただ、

 彼が何かを確認する前に、

 すべてが終わっていただけだった。

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