強い魔獣、弱い魔獣、そんなのは人の勝手
本格的にこの世界は〝異世界〟らしい。
だって、ヨダレ垂らした魔獣としか形容できない生物が追いかけてきているのだから。強いて言えば、太古の昔に存在していた原人だか、猿人だかに近しい造形をしている。もっとも、その身長は五メートルを超える巨体であることを除けば。
「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
(ほれ、走れ走れ)
「たぁぁぁぁぁぁすけてぇぇぇぇぇぇ!」
(捕まったら食われるんかなぁ?)
「なんで! アンタは! 呑気なのよ!」
(体の主導権をお前が握ってるからな)
「なぁぁぁぁぁんとか、しなさいよぉぉぉぉぉぉぉ!」
(何時ぞやか、盗賊から無期限拝借した剣があるだろ)
「あるけど!」
(使えよ)
「使い方知らないわよ!」
(振れ。斬れ。以上)
「無責任!」
(代われ。気絶するか、寝ろ)
「できるかぁ!」
盗賊を撃退した後、判明したことだが、体の主導権を握っている側が寝るか、気絶すると主導権が入れ替わる。尤も、相手が主導権を求めればの話であり、その気が無ければ主導権は変わらない。
七士としては主導権を譲る気は無かったが、今日華が主導権を強く求め、寝ている間に主導権は今日華に渡っていた。
今日華は、人の意思で動かされるのが嫌なのだとか。この点については、七士も同意している。
その結果として、猿人に追いかけ回される今があるわけだ。
体力の限界を訴える体に鞭打って、必死に走っている今日華の目の前に、森が見えてきた。
今日華には進路を変える余裕は無く、速度を維持したまま、森へと突入した。鬱蒼とした森で、昼間でも薄暗い。森の中を突っ切り、たまたま進路上にあった洞窟の中に駆け込む。
猿人も今日華を追いかけて森の中へと突入したが、見失ったのか、興味を失ったのか、ろくに探そうともしないまま、何処かへと姿を消した。周囲の様子を探るかのように臭いを嗅いでいたし、今日華の臭いが感じ取れなくなったのかもしれない。
ホッと一息つく今日華に、眠気が訪れた。慣れない長距離走を強行した反動だろうか。抵抗の意思も持てぬまま、今日華は眠りについた。
洞窟の壁に背中を預け、寝息を立てていたら、鼻につく悪臭が漂ってきた。
「んだよ、臭えな」
体の主導権を得た七士が体を起こす。臭いは、洞窟の奥から漂ってくるようだ。ペチペチと足音のようなものも聞こえる。
七士は剣を引き抜けるように構えつつ、警戒態勢を取る。
そんな七士の目の前に現れたのは、奇妙な姿の生物。手足の生えた楕円形の体型。腕の長さは人間と大差ないようだが、足は人間の足首くらいしか無い程に短い。目玉は大きく、輪郭から半分以上がはみ出している。太いタラコ唇をしていることもあり、顔は不細工だ。青に近い緑色の体色をしている。
「この臭い、こいつが原因か?」
顔を顰めつつ、初めて見る生物に警戒を緩めない。
初対面なのは謎生物も同じはずだが、七士とは正反対に好奇心に満ちた目をしている。
「プユ? プユプユ? ププユ!」
鳴き声? 言語? よく分からないことを発しながら、その謎生物は七士に歩み寄ってくる。
足が短いためか、その速度は異常に遅く、牛歩のほうが早いくらいだ。
相応の時間をかけて七士の近くまで来た謎生物は、笑顔を浮かべて七士に向かって手を伸ばしてくる。まるで、握手を求めているようだ。
「ピキー、ピコピコ? ピコ! プコプコ?」
「…………」
「ポコポコ?」
「…………」
無言を貫く七士に、謎生物は手を突き付ける。握手を求めていることは確かなようだ。
その謎生物は七士の腰よりも低いくらいに小さいが、警戒心が無いのか、恐怖心が無いのか、全く物怖じしない。
「プキ! プコプコ!」
七士が握手に応じないのは、自分に遠慮しているとでも思ったのか、謎生物は七士の剣を握る手に向かって、手を伸ばしてきた。
警戒し、悪臭に機嫌を損ねていたこともあり、七士は反射的に剣を引き抜き、伸ばされてきた謎生物の手を斬り落とした。
驚くほどあっさりと斬り落とせた腕の断面から青い体液が噴き出す。七士は咄嗟に回避したが、その青い体液が謎生物の血かもしれない。
「ピキィィィィィィィィィィィィィ!」
手を斬り落とされた謎生物は、その激痛に悲鳴を上げ、滝のように涙を流し、洞窟の奥へと逃げていく。
仲間がいたら面倒だ、と判断した七士は謎生物の体に剣を突き刺した。あっさりと剣は体を貫通する。手応えは小さく、筋肉があるようには思えない。
「ピ……ピコ……ピコォォォォォォ……」
体も軽く、剣を突き刺した片手で簡単に持ち上がる。
謎生物は口から血を吐き、下半身に生えている男性器のような器官からも液体を流す。恐怖から小便でも漏らしているのだろう。
剣を振り下ろし、謎生物を投げ捨てる。洞窟の壁にぶつかり、ビチャッと水っぽい音とともに地に落ちた。
「フゴッ! フゴフゴ!」
バタバタと足音を立てて、今の謎生物よりも大きな個体が現れた。謎生物をそのまま大きくしたような形状であり、成長した成体なのかもしれない。
「ビキッ!? ビコォォォ!?」
七士によって殺された死体を見て、その成体らしき謎生物は涙を流しながら死体に詰め寄る。走っているのかもしれないが、速度からは判断できない。あまりにも遅いせいだ。
奥からも近付いてくる気配を感じ取り、七士は面倒臭くなった。
休む場所を変えるため、洞窟から出ようとする。
「げっ」
洞窟の出口には、雑草やら木の葉やらを抱えた謎生物の成体たちが数匹立っている。
「フゴフゴ?」
「ビコビコ」
「ブキー?」
やはり、この鳴き声は謎生物にとっての言語であるらしく、互いに顔を見合わせながら会話らしいものをしている。
七士を見て不思議そうにしていたが、七士の後ろで謎生物の幼体の死体を抱えて泣きじゃくっている成体を見て、驚きが広がる。そのまま、七士が青い血に塗れた剣を持っているところを見て、七士が幼体を殺したと察したようだ。
抱えている雑草や木の葉を置き、目を吊り上げ、七士に向かってくる。
「ビキー!」
「ビコー!」
「ボコー!」
口々に怒声のようなものを叫んでいるが、威嚇にしては迫力が無く、どこか間抜けにしか聞こえない。迫ってきていても、その速度は遅く、いまいち危機感を持てない。
七士に向かって拳を振り上げるが、その速度さえ緩慢に見え、七士が剣で斬り捨てるほうがずっと早い。
出口から向かってきたのは全部で五匹。全てを斬り殺し、幼体を抱き締めて泣いていた成体も、あまりにも泣き声が煩いから殺した。
その光景は、洞窟の奥から向かってきていた謎生物の集団に見られており、それぞれが怒りの声(?)を上げ、七士に突撃してくる。
「三五匹。これで全部か?」
向かってきた謎生物を斬り殺すのは簡単だった。体型からして戦闘向きではないのだ。数えながら斬る余裕があるほど、謎生物は弱い。
もう、いちいち狙われるのも面倒臭いと思った七士は、洞窟の奥へと踏み込む。
そこには、最初に七士と遭遇した幼体のような小さなものから成体のような大きなものまでが存在していた。大きなものはメスのようで、向かってきた謎生物のような器官が外に露出していない。
成体の悲鳴を聞いていたこともあり、七士を見て小さな個体は怯え、メスらしき大きな個体にしがみついている。それを庇うメス個体は七士に威嚇しているが、七士を怯ませるには至らない。
大きな個体は斬り殺し、小さな個体は蹴り飛ばす。更に奥には、より小さな個体がおり、それらは踏み潰した。卵の詰まった器官を抱えた謎生物もいたが、特に身動きが取れないようなので殺すのは簡単だった。
成体と幼体の中間のような大きさの個体も沢山いたが、ただひたすら怯えるだけで、これも殺すのには苦労は無い。
総じて百匹以上は殺しただろうか。
散々に追いかけ回された猿人のような凶暴な魔獣もいれば、この謎生物のように、向かってくるくせに弱い生物もいる。
そうなれば、やはり、この世界は〝異世界〟なのだ。
「心底嫌だが、ここで休んで町を探すか」
洞窟に満ちる悪臭は嫌だが、疲れた体で森の中を突き進むのも危険だろう。
少しでも風通しの良いところに腰を下ろし、七士はゆっくりと休憩することにした。




