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プロローグ

 

 全く、余計なことをしてくれたもんだ。


 逃げる獲物を追いかけながら、その青年は嘆息する。


 環境の変化で濃硫酸の雨が降りしきり、辛うじて「コーポ」主導で「ドーム」の建築が間に合った日本だけが残された世界。


 とてもじゃないが、正常とは言い難く、ドームで温々と暮らす人々は気付いていないが、この世は世紀末だ。


 日本中に全百基建造されたドームは、その全てがコーポの管理下にあり、最早、国家としての体裁は保てていない。そもそも、日本以外の国は滅びたのだから、この状態を指摘できる組織は無い。政府は形だけ、法律よりもコーポの社則が優先され、警察はコーポの警備課の傘下。


 だからこそ、水面下とは言えど、「暗殺ギルド」なんてものが存在を許されている。


 そんな、世紀末の様相を呈しながらも一定の平穏を保てていたのだが、ある人物がそれを崩してしまった。


 藤野光一、という一人の暗殺者。


 同じ暗殺者からも恐れられ、出会う事そのものを避けられる一種の怪物。


 彼は、何を思ったのかは知らないが、裏社会の最大勢力であり、コーポにも顔が利く「裏七家」を壊滅させてしまったのだ。一説には、彼自身も裏七家に属しているにも関わらずだ。


 その結果がコレだ。今の状況だ。


 裏七家という重石の無くなった裏社会は秩序を失い、理性の利かない馬鹿どもが好き勝手に殺人を楽しむ環境が出来上がってしまった。


 今日も、青年『野根夢のねむ 七士ななし』が所属するギルドには引っ切り無しに復讐の依頼が殺到している。


 この状況に、ギルドマスターは「金儲けができる」と喜んでいるが、実際に動く現場の人間はたまったものじゃない。


「たまには休みが欲しいもんだ」


 そう愚痴りながら、七士は銃を撃つ。


 弾は前を逃げる男の左側をすり抜ける。それをいいことに、男は短い笑い声を零し、角を曲がろうとした時、男は前のめりに倒れた。急に足が動かなくなったのだ。


「はあ?」


 混乱しながら足元を見ると、虎挟みが食い込んでいる。


「な、なんだよコレ!?」

「スマンね。依頼主からの要望でね。アンタ、一昨日に一人の少年の足を斬り落として、嬲り殺しにしただろ?」

「て、テメェ! 復讐屋か!」

「同じような目に遭わせてから殺してほしいって依頼でね」


 そう言って、七士は嬲るように男の手首を、肘を、肩を撃ち抜き、弾倉を入れ替え、足首、膝、股間を撃ち抜く。


 断末魔の悲鳴を上げる男の頭を撃ち抜いたのは慈悲ではなく、この不様な悲鳴が耳障りだったからだ。


 男の死を確認し、七士はギルドマスターに連絡を入れる。


「終わった。首はいつものロッカーに入れとく。はあ? もう次の仕事? 休ませろよ、他にも実行役は……あーもー、分かった分かった! 死ねクソジジイ」


 休む間もなく舞い込んだ仕事を片付けるために、七士は男の首を斬り落とし、ドームの端にある古びたロッカーに叩き込む。ここはドームの関係者以外は訪れない、整備用の区域だ。もっとも、ドームの管理・運営をしているコーポは内部分裂状態で、整備まで手が行き届いていない。


「ちっ、藤野光一め、余計なことを……」


 いつもの愚痴を零し、整備員用の洗い場で返り血を洗い流し、七士は次の現場に向かう。


 コーポは表面上は正常を装っていることもあり、ドーム内の秩序が崩壊寸前であることを知る一般人は多くない。誰もが当たり前の日常が続き、当然のように明日が来ると信じている。


 誰も、それを保証していないのに。


 AIで管理されているはずの自動運転の車に撥ね飛ばされ、薄れゆく意識の中で七士はそう思った。


(ま、復讐するからには、復讐もされるわな……。次は、もうちっとマシな人生が良いなぁ……)


 そう思い、あっさりなほどに七士は死んだ。




「あー、どうしよう……」


 彼女『雪野ゆきの 今日華きょうか』は頭を抱えて、蹲る。


 社会人の端くれとしてコーポで働きながら、家族との生活を支えてきた。


 世間体的に恥ずかしくないためにも、一生懸命に働き続けて十年が経過した今日、リストラを言い渡された。


 日本最大級の巨大企業だし、リストラなんて関係ないと思っていたし、そんな目に遭うような不手際は犯していない。


 しかし、会社は大した説明もせず、今日華の荷物をまとめて放り出し、今日華は納得できないまま、無職になった。労基に駆け込みもしたが、表面的な対応だけで、結果は何も変わらなかった。


 仕方なく、ハローワークに通う日々が続いているが、細々としたアルバイトやパートがあるだけで、正社員としての求人は無いに等しい。あっても、国家資格を複数所持していることが条件となっていて、今日華には高嶺の花だ。


 こんなことなら、さっさと結婚しておくんだった。自力で生計を立ててやると、反骨心に身を任せて、気付けば三十路だ。無職を嫁にできるような高給取りは狙えず、かと言って似た者同士と寄り添ったって沈むだけだ。


『皆さんにお知らせします。第二十三区はあと三十分でシステム整備のための停電になります。補助AIも停止しますので、お車等の電源はお切り下さい』


 ビルの外壁に設置された大画面から、コーポからの定期告知が流される。


 ほんの少し前までは、この告知をする側にいた。


 そう思うと悲しくなり、余計に落ち込む。


 いや。そうじゃない。そうじゃないだろ。


 今日華は俯いていた顔を上げる。


 兎に角、仕事を見つける。この際、バイトでもパートでも構わない。家族の負担にならないようにだけはしないと。


 姉である自分がナヨナヨしていると、今は亡き妹の皐月が悲しむ。昔から慕ってくれた可愛い妹。登校中の事故で死んだけれど、その妹が天国で安心できるように、私が家族を支えるんだ。


 そう決心し、横断歩道を渡ろうとした時、周囲が騒然となる。


「お、おい! 何でトラックが走ってるんだ!?」

「今は電源切らないとダメだろ!?」

「また、違法業者か!」

「アンタ! 危ない!」


 その声に気付くのが遅れ、今日華はトラックに轢き逃げされ、敢え無く即死となった。


 配送を急いでいた運送業者がコーポの警告を無視し、トラックを走らせた結果、自動運転AIが停止し、トラックが暴走して今日華を轢くことになった。


「仕事……探さ……ないと……。……お父さん、お母……さん…………皐月……」


 今日華の意識は遠のいていった。




「うわあ!?」


 ガバっと身を起こすと、そこは見知らぬ森の中。粗末な布に包まって寝ていたようだ。


 どこだ、ここは。


 当然の疑問を抱き、辺りを見渡すが、やはり見覚えは無い。少なくとも、ドームの自然公園ではないようだ。


 布を剥ぎ取り、ゆっくりと立ち上がる。


 買った覚えの無い衣類を纏っている。しかも、控え目に言っても品質は良くない。肌触りが最悪だ。重ね着していることもあって通気性は悪く、吸水性も最低で、夢見が悪くてかいた汗で服が肌にくっつく。


 足元にはボロボロの布袋。中身は手拭いや、粗末なナイフ、保存だけを目的に作られたような不味そうなパンや焼き菓子、傷だらけで中身が半分くらいしか入っていない水筒。

その他女性用品らしきものが少々。


 見知らぬ場所で目覚め、見知らぬ格好をし、見知らぬ荷物を持つ自分は誰か。記憶の中を探し回る。


「私は……私は雪野今日華……だよね……?」

(いや、俺は野根夢七士だ)


 突如として頭の中に響く別の声。しかも、男だ。


「だ、誰!? どこにいるの!?」

(俺も分からん。ここはどこだ。森の中ってことは分かるんだが)

「え、近くにいるの!?」

(お前こそどこにいる。声だけして不気味な奴だな)

「私はここに!」

(いや、俺だって)

「…………?」

(…………?)


 二人(?)揃って、頭に浮かぶのは疑問符だけ。

 そこで、声の男は一つの提案をしてきた。


(おい、俺は右を向こうとしている。でも、何故か、右を向けないんだ)

「だから、何よ。私は向けるわよ。ほら」


 今日華は、そう言いながら、右を向いてみせる。


(俺も、今、右を見れた。次は左だ。左側を向いてみろ)

「何よ急に。はい」

(文句言いながらも素直な奴だな。そして、俺も左を見れたぞ)

「それが何なのよ。それより、アンタは何処よ!」


 頭の中の声に苛つき、今日華は周囲を見渡す。


 しかし、森が広がるだけで、誰もいない。


 さすがに、今日華も薄々と気付き始めた。


 右側の頬を抓ってみる。


(いって! 何すんだよ!)

「え……? 嘘でしょ……」

(あー、まあ、もしかしたらって痛っ! 左も抓るな!)

「もしかして、アンタ」

(あぁ、俺は)

「(頭の中にいる!)!?」


 二人の息(?)はピッタリだ。

 こうして、不慮の事故で死んだはずの今日華は見知らぬ場所で、野根夢七士を頭の中に宿した状態で目を覚ました。

 状況はさっぱり分からないまま、新しい物語が始まる。


 

 筆休め的な感じで、のんびりと、不定期に書いていきます。もしも、時間が許すのであれば一読ください。宜しくお願いします。

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