虚像
この作品は、弥生 祐様主催の企画『5分大祭』参加作品です。
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虚像を身に纏ったワタシは、今日も学校という箱庭の中で生きる。
そしてその箱庭を、外から私は見下ろしている。
外から見た虚像のワタシは、無価値ではかない存在のように思える。
教室の中に入ると、派手な格好をしたアツコとチサトに出迎えられる。
「アイー! 遅かったじゃーん」
「二時限目もう終わったよ。また寝坊?」
ワタシの左右から取り囲んで話してくる二人に、寝坊、寝坊、と軽く流しながら教室の奥の席を目指す。最後列の廊下側の席。そこにナオがいた。
おはよう、ナオ。ワタシはそう話しかける。
「おはよ、アイ。最近遅刻多くない? あんま男と遊び過ぎんなよー」
男じゃないって。ワタシは笑いながらそう返した。そこにアツコとチサトが入り込んで、四人で他愛無い談笑が始まる。
ワタシ達四人の層は、クラスの中では云わば異分子的存在だ。校則が厳しい女子高の中で、むしろその校則を踏みにじるが如く、ワタシ達は日々過激な格好で登校する。
中でもナオの格好は頭一つ抜けていて、華やかな金髪やメイクはもちろんの事、ピアスの穴を耳に鼻に、果ては口や目蓋にまで作っている。
そんなナオを含むワタシ達の層をクラスの他全員が怖れていて、近付こうとする人はいない。その理由は、教室の最前列に座る黒髪ストレートの女生徒、楠木美保にある。
楠木美保は現在、ワタシ達の層のイジメのターゲットである。
ナオが好きだった他校の先輩の男子が楠木美保の事を知っていて告白したが、彼女がにべもなくそれを断ったのである。それがナオの逆鱗に触れて、イジメが始まった。
ナオは相手の事など微塵も考えずに冷酷で非情なイジメを繰り返す。その内容をクラス全員が知っているから、自分だけはターゲットにならないようにと、ワタシ達の層の行いをクラスの他全員が黙認しているのだ。
例えば、ノート破損。
例えば、階段からの突き飛ばし。
例えば、上靴を捨てる。
ここまではまだ温い方で、他にもトイレに連れ込んで跡が見えにくい腹などを中心にサンドバッグにしたり、果ては体育の時間の更衣室で、いくら女生徒といえど、クラス全員の前で裸にさせて自慰を強制させようとした事まである。
*
なぜナオは、ここまで性格が歪んでしまったのか。
私とナオは、昔からの付き合いだった。
中学校も同じ学校に入学していて、その頃のナオは非行に走る事にちょっとした興味を覚えていて、淡く髪を染める事があった。
もちろんそれは中学校では校則違反だけど、やりたい事をして、学校内でも生き生きとしているナオの姿を見て、私もナオの様になりたい、ナオと一緒になりたいと、日が経つにつれて徐々に強く思うようになっていった。ナオは私の憧れであった。
高校生になって、私はナオと同じように髪を染めた。少し目立たない色だったけれど、髪を染めるという行為を犯した事で、ナオに少しでも近付くことが出来たと、そう思い込んでいた。
新たな学校でナオと会って、それが大きな勘違いであることに気付く。
金髪の髪。華やかな化粧。耳や口に付けたピアス。
ナオは、その頃仲良くなったアツコやチサトと共に、もはや私には知りえない世界にまで足を踏み入れた、非行少女と化していた。
ナオは私に手招きする。コッチヘオイデ、コッチヘオイデ、と。
そしてワタシは、ナオと同じ非行に走った。
ナオのように髪を染め、ナオのように化粧をする。
ナオと一緒に夜に外を出歩き、アルコール、煙草、男遊び、何にでも手を出した。
それは、正に虚像だった。ナオに気に入られるためだけに飾りだらけの虚像を身に纏った、ワタシ。
飾りが多過ぎて、身に纏った虚像は重く体に圧し掛かってくる。
それでも、耐えていた。ナオになりたいから。ナオに見捨てられたくないから。
そうして、楠木美保へのイジメにも加担した。楠木美保を攻撃する度に、虚像の飾りがどんどん増えてゆくのを知っていても。
虚像の重さが身に沁みてきた頃、私の中の二面性に気が付いた。
虚像を身に纏い、ナオの操り人形となるワタシ。
そして、それを後ろから無感動に見つめる、虚像に身を奪われた私。
*
「ねーアイ」
ふと、ナオが視線を楠木美保に向けたままワタシに話しかける。
何? とワタシはナオに返す。
ナオは、気だるそうな声色で、こう言った。
「今日さー、神社に楠木呼び出して、他校の男子に犯してもらうから」
*
性格が、繰り返す非行によって完全に歪み切ってしまったナオ。
それでもワタシは、ナオに合わせて飾りを幾度も付け加えた虚像を身に纏い、ナオの背中を追いかける。
ナオになりたいから。ナオに見捨てられたくないから。
――それで、あなたは幸せ?
私がワタシに訪ねてくる。二面性の側らである私は、ワタシの事を別人のように扱う。
……しょうがないじゃん。ナオに見捨てられたら、ワタシ生きていけないよ。
――じゃあ、あなたは今生きているの?
どういう事?
――飾りが延々と増え続けて、その重さに耐えられなくなって押し潰された時、あなたは生きてる?
……。
――なぜ耐えるの? なぜ追いかけ続けるの? 私はここにいるのに、あなたはなぜナオに固執するの?
――あなたは? あなた自身は、誰なの?
*
気付いたら私は、ナオが楠木美保を呼び出した神社に来ていて。
気付いたら私は、男子生徒に襲われかけていた楠木美保を連れ出して、神社から逃げていた。
ナオの顔は見なかった。ナオが私の名を呼んだような気がしたが、私はそれを聞かなかった。
楠木美保は、神社から離れた場所で、私を偽善者と罵って去っていった。
どんな罵倒も当然の報いだった。ナオのどんなイジメにも屈せず耐えてきた彼女には、私の事がどれだけ弱く見えたのだろう。
私は、強くなりたい。彼女のように誰かに依存せず、自己をすべて信じられるように。
ナオになるために作られた虚像を、自分の中から消し去る事が出来たとき。改めて楠木美保に謝ろう。何者にも飾らない、『愛』としての姿で。
まずは髪型を黒髪ストレートに。虚像の飾りを下ろして、『愛』という自己を築き上げる第一歩だ。
そうして虚像を身から剥がした私は、今日も学校という箱庭の中に生きる。
その箱庭を、外から見下ろす私は、もう無い。
5分って……むずかしい……
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