エピローグ
朝日が降り注ぐ広場は、活気に満ちあふれている。破壊された屋台の修復が終わったらしく、さっきまで瓦礫だらけだった場所に、いつの間にか色とりどりの布で飾られた露店がずらりと並んでいる。
町の人たちが「いらっしゃい!」と笑顔で呼び込みをしている声を聞くだけで、なんだか胸があったかくなる。
俺は露店を冷やかしながら、リナとシエルが手伝いに行っているブースを探している。
今日は“ギルド主催・復興祭”の当日で、町の広場には何百人もの人が集まり、笑い声や賑わいが絶えない。暴走魔法の脅威が嘘みたいに穏やかだ。
もちろん、あれだけの惨状を経験したばかりだから、ところどころ焼け跡や修復痕が残っているし、痛手を負った家族もいる。だけど、それでも人々の表情には前を向こうとする意志が感じられて、見ているだけで勇気をもらえる。
「創也くん、おーい! こっちだよ」
聞き慣れた声が通りの向こうから響いて、そちらを振り返ると、リナが手を振っている。彼女の足もとには大きな木箱が積まれていて、その中に“ここで出店する人たちの魔法アシスト用ツール”がぎっしり詰まっているのが見える。
暴走鎮圧後にギルドの管理法が変わったおかげで、みんな気軽に「安全な火球術」「簡易的な照明魔法」みたいな小さな術式を使えるようになったらしく、いま町はあちこちで簡易魔法が活躍しているらしい。
「お疲れ。ずいぶん手広く手伝ってるんだな。大丈夫か? 重そうだけど」
俺が苦笑いで声をかけると、リナは「うん、あと少しで配り終わるよ」と明るく笑う。
確かに苦労はしてそうだが、表情は生き生きしている。魔法の安全化が進んだことで、彼女が得意とするpullやstashの能力を町おこしにも使えているわけだ。市場のあちこちで、リナが改良した術式がちょっとしたショーや調理に使われ、訪れた客が「おお、これが噂の安全魔法か!」と感心しているのを見かける。
「シエルはどこ行った?」
「シエルはこっちー」
リナが指した先では、シエルがbranch魔法を応用して、複数の屋台の材料を仕分けしている。――branchを切り替える要領で空間を分割し、野菜や果物をあれこれ瞬時に移動させていて、見ているおじちゃんおばちゃんたちが「おお、すげえ」と拍手をしている。
それだけで屋台がプチアトラクションになっているのだから面白い。
こういう活用法もあるんだなと、少し感心してしまう。
俺はリナから木箱をひとつ受け取り、「あといくつ?」と数えてみる。周囲には力仕事を手伝っているギルドの若手もいる。以前は“異端者”と呼ばれていた俺に対して「Gitの先生!」「次の勉強会はいつですか!」なんてフレンドリーに声をかけてくるのだから、世の中わからないものだ。
みんな“force push”の怖さを思い知ってからは、本当に正しい運用を学びたいらしい。
「先生扱いはやめてくれって言ってるんだけどな。まあ、コードレビューするのは嫌いじゃないが」 「創也くんが丁寧に教えてくれるから、みんなが頼りにしてるんだよ。私もいつか“git stash”の応用とかもっと学びたいし!」 「いや、リナはもう十分使いこなしてるでしょ」
そんな会話をしているうちに、木箱の配達が終わる。通りを行き交う人たちが楽しそうに屋台を見て回る姿が視界に広がって、なんだか幸せな気持ちになる。
この広場だって、つい最近までは火球や雷が落ちて逃げ惑う人たちばかりだったのに。あれを思い返すと、まるで別の世界みたいだ。
すると、盛装したギルドの面々が壇上に上がって、小さなセレモニーを始めるらしい。
リナと一緒に足を止めて見ていると、司会役がマイクのような拡声術を使って「皆様、本日はこの町の復興祭にご参加いただき、誠にありがとうございます!」と声を張る。拍手がわき起こり、これまでの災害や混乱を思うと胸に迫るものがある。
隣のリナも目をうるませているのがわかる。
「この世界に平穏が戻りつつあるのは、皆様の協力と、そして“魔法デバッグ”を実践してくださった方々のおかげです。私たちギルドも、今後は“正しいGit運用”を推奨し、再び暴走が起こらないよう尽力して参ります!」
司会の人がそう言うと、また大きな拍手。いつの間にかシエルも合流して、俺の横で拍手している。
なんだか照れるが、悪くない気分だ。たぶん、俺たちの大規模デバッグを知っている人はそれほど多くないだろうが、それでも「魔法の世界が落ち着いて安心できる」と喜んでいる人がたくさんいる。
そんな空気だけで十分報われる。
セレモニーが終わると、屋台の食べ物を求めて人だかりができ、あちこちで楽器や軽い演奏も始まる。子どもたちが「火球シューティングゲーム」なんていう、小規模な術式を使った催しを楽しんでいるのを見かけて、思わず笑ってしまう。
かつては恐怖の対象だった火球が、ちゃんと安全管理されればこんな遊びに使えるなんて。まさにギルドと俺たちが目指す新しい魔法運用の象徴だろう。
「ほんと、平和になったね。もちろん、完全に魔王の影が消えたわけじゃないかもしれないけど……少なくとも、今はみんなが笑ってる」
リナがくるりとこちらを向き、静かに微笑む。その瞳は一時期の不安に満ちたものとは違い、真っ直ぐな光を宿している。
「ああ、魔王が再起動する可能性はゼロじゃないし、コードの全体を完全刷新しきるには時間が必要だと思う。でも、いつか本当の意味で“誰がクソコードを書いたのか”なんて笑い話にできるようになるさ」 「うん。もし魔王がまた出てきたら、今度はギルドのみんなと一緒に叩き直す。それが私たちの役目だよね」
リナがワクワクした調子で応じてくるのが、なんだかうれしい。シエルも「branch運用を習得した仲間が増えてるし、怖いものはないですよ」と笑う。
もし魔王カオス・マクスウェルが本当に復活しても、もう俺たちは一人じゃない。ギルドと力を合わせ、正しいGit管理を駆使すれば、どんなスパゲティコードだって修正できる気がしてくるから不思議だ。
ふと周囲を見回すと、以前は敵視していた粛清部隊の下級兵と思しき青年が、「先生、あとでrebaseについて教えてください!」なんて手を振ってくる。
ちょっと前までは武器を突きつけられていたのに、今は仲間みたいに屈託なく声をかけてくるわけだ。人間関係なんて、状況一つでこうも変わるもんだなと苦笑してしまう。
「しょうがない。落ち着いたらまた勉強会かね。……さて、じゃあ俺も何か食ってこようかな。さすがに腹が空いた」
「私もお腹減った。リナもシエルも仕事しっぱなしだったもんね」
「うん、一緒に行こうよ! あそこの屋台、魔法グリルで焼いてるお肉が美味しいって評判なんだ!」
リナが示す方向を見やると、新しく導入された“エコ火球術式”で炙られている肉の香ばしい香りが漂ってくる。これまた暴走が起きないようにしっかり設定した術式らしく、屋台の店主と客が「ほんとに火力が安定してる!」と感嘆しているのが聞こえる。
こんな和やかな光景が広がるのは、もしかしたら魔王のスパゲティコードのおかげ……というわけじゃないが、あの混乱を経たからこそ得られた平和なのかもしれない。
「よーし、じゃあひと休みして、食べ歩きでもしよう。どうせならギルドの若手も連れてさ」
俺が声をかけると、リナとシエルが「賛成!」と笑い合う。町のあちこちから笑い声が上がり、楽しい音楽が耳に届く。空はすっかり晴れ渡り、雲一つない青さを見せている。
ここに来るまでの道のりは長かった。強引なmerge、恐ろしい暴走魔法、魔王の影……いくつも危機があったし、体力も精神もぎりぎりまで削られた。
でも、そのぶん味わえる達成感と今の穏やかな空気は格別だ。世界を支配していた魔王コードはまだ完全に消え去ってはいない。けれど、ギルドと協力して正しい管理を続ければ、きっともう暴走なんか起きないはずだ。もし起きても、俺たちが直せる自信がある。
「結局『このクソコード、誰が書いた?』は解明できたんだっけ?」
俺が何気なく口にすると、リナがクスクス笑いをこらえながら首を振る。
「ううん。記録では“Chaos Maxwell”だけど、裏で誰かがコードを書き足してたかもしれないし、すごい数のコピペがあってもう追いきれないんだって。たぶん本人も把握してなかったと思う」
「だろうなあ。まあ、謎が残る方がちょっとロマンがあっていいか。いずれ魔王が顕現しても、そのときはもう一度デバッグすればいいしね」
そう言いながら、大きく伸びをして歩き出す。太陽の光が眩しく、汗ばむくらいに暖かい。疲れた身体に鞭打つ必要も今はない。ギルドの人々が声をかけてくるし、道を歩くたびに「やあ、修理手伝ってくれてありがとう!」なんて感謝の言葉が飛んでくる。俺は「どういたしまして」と返し、リナやシエルと顔を見合わせて笑う。
まだ先は長いけれど、仲間がいればどうとでもなる気がする。
こうして俺たちは、元の世界では考えられなかった規模の“コード修正”を一段落させ、新しい一歩を踏み出す。過労死してこの世界に転生したときは想像もしなかったけれど、意外と悪くない人生だ。
魔王がまたバグを放り込んでくるかもしれないが、そのときはしっかりコミットしてやればいい。
――青空の下、町の再生と祭りの喧騒が織りなす音が心地よい。
俺は仲間とともに復興を喜ぶ人々の群れに紛れ込み、にぎやかな屋台を覗きに行く。空腹を満たしつつ、ギルドの若者と“git stash”応用の話なんかをしながら、この世界の日常をしみじみ楽しむ。
バグ修正に追われるのも、みんなでやれば意外と面白い。
そんなことを考えながら、この穏やかな日々がしばらく続くことを、心の奥でそっと祈っている。
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