表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/9

第6章 バグの嵐!Git Conflictが世界を覆う


 木々の枝が焼け焦げたような匂いが鼻を刺す。

 さっきまで晴れていたはずの空は、今はどんよりと灰色の雲に覆われている。風がびゅうびゅう吹き荒れ、森の中の葉っぱがざわつく音が耳ににぎやかだ。なんというか、まるで世界そのものが落ち着きを失っているみたいに見える。

 俺は軽く息をつきながら、吹きつける風に耐えるように肩をすくめる。今朝方まであんなに静かだったというのに、いったい何が起きているんだろう。


「創也くん、見て! あっちがなんだかすごいことになってる!」


 リナが指さす先を目で追う。森の先に広がる丘の向こう側から、巨大な雷雲のような黒いもやが吹き上がっている。ポツポツ降りだした雨が地面を濡らし始めるとともに、遠くからバチバチという放電音が聞こえてきた。よく見ると、あちこちで火花みたいな光が瞬いている。雷撃なのか、それとも魔力の暴走か。どちらにしてもロクな光景じゃなさそうだ。


「これは……どうやら世界規模で“Conflict”が起きてるみたいだな」


 俺は苦い表情でそうつぶやく。思い当たるのは、魔王コードの封印が揺らぎ始め、各地の魔法術式が競合コンフリクトを起こしているということ。ギルドの強引な“merge --force”や魔王自身の影響が混ざり合った結果、秩序のタガが外れてしまったのかもしれない。


 先日、洞窟の奥で魔王カオス・マクスウェルの姿を見て以来、世界全体に嫌な兆候が広がっているのを感じる。



「これじゃ町とか村とか、みんな大変だよね……。魔法が勝手に暴走してるんだよね?」


 リナが唇を噛みしめてこちらを見る。よく見ると、その瞳には焦りや不安がにじんでいる。俺も正直なところ胸がざわつく。なにせ、空が暗転して雷雲が渦を巻き、森の至るところで不気味な火柱が上がっているんだから、尋常じゃない。


「世界各地で術式が競合してるなら、俺たちが一個ずつ手を入れても追いつかないかもな。コード全体を一気に仕切り直す必要がある」


 そう頭ではわかっていても、行動に移すにはあまりにもリスクが高い。ギルドの粛清部隊もますます暴走を力づくで抑えようとしているようだし、魔王が再び姿を現すなんてことになれば、こちらの命がいくつあっても足りない。


「でも、放っておけないでしょ? これ以上バグが広がったら、本当に世界が壊れちゃうよ……」


 リナの言葉に、シエルも強く頷く。彼女はbranch操作で魔法を分割し、コンフリクトを解消しやすくしてくれる便利なサポート役だが、見たところ彼女も緊張感でいっぱいな様子だ。あの洞窟で魔王があわや復活しかけたときの恐怖が、まだ体から抜けきっていないんだろう。


「……やるしかない。ここまでバグの嵐が吹き荒れてるなら、何かしら大規模なアクションを起こすしかない。幸い、俺には“Git権限”があるって話だしな」


 俺がそう言うと、リナが少しだけほっとした顔をする。ただし、その表情に安堵は薄い。現状を打開するには時間も手間もかかるし、何より魔王の力との激突は避けられないのかもしれない。

 少なくとも、ここまで世界中にバグが広まっている以上、のんびり小手先の修正を繰り返すだけでは追いつかない。


「まずは、どこでコードを直すか、だな。魔王コードを大規模に再構築しようにも、洞窟の奥で再び魔王が襲ってきたらアウトだし……かといってギルド本部に乗り込むのも危険すぎる」


 俺が腕組みしながらつぶやくと、シエルが小さく手を挙げる。


「実は……ギルドの管理部門には“ワールド・リポジトリ”と呼ばれる空間があるって聞いたことがあります。そこには世界中の魔法術式がバックアップされていて、正しくアクセスできれば大規模なConflictを解消できるかもって……」

「ワールド・リポジトリ……? そんな重要施設、粛清部隊が厳戒態勢で守ってそうだけど」

「それは間違いなくそうだと思います。でも逆に言えば、そこをコントロールできれば、魔王コードの影響を凌駕するくらいの強制リセットができるんじゃないか、って話もあるんです」


 なるほど、まるで中央サーバーとでもいうべき場所か。もしそこにアクセスして大規模なデバッグを行えれば、世界を覆うギョッとするようなバグの嵐もいっきに解消できるかもしれない。

 が、当然ながらそんな要衝をギルドが放置しているはずもない。ヴァイスやその部下たちが立ちはだかる未来しか見えないんだけど……。


「けど、もう時間がない気がするよ。ほら、あの空模様……さっきよりもさらに暗くなってる」


 リナが戸惑い半分、背後の空を指さす。いつの間にか雷鳴が遠くでとどろき、黒い雲が森全体を支配している。まるで“世界のコード”そのものが叫んでいるように見える。

 俺は唇を引き結び、ぐっと拳を握る。


「わかった。ワールド・リポジトリを目指そう。どうせどこに行ったって魔王やギルドとぶつかるなら、やるなら徹底的にやるしかないだろ」


 強めの決意表明をした瞬間、リナとシエルが思わず顔を見合わせる。二人の視線には明らかに不安が混ざっているが、それでも覚悟を固めなきゃどうにもならないのはわかっている。

 そもそもこんなバグだらけの魔法世界、誰かが本気でまとめ直さないと滅びるのは時間の問題だ。


「……よし、行こう。ワールド・リポジトリへの道はわかるのか?」


 俺がそう聞くと、シエルが少し申し訳なさそうに眉を下げる。

「正確な場所はわかりませんが、ギルドの古文書には“封印の管理所のさらに奥”と書かれてました。管理所っていうのはギルド本部の地下にある大きな儀式場らしくて……」

「結局ギルド本部かよ。はあ、厄介だなあ」


 思わずため息が出る。前に潜入した地下保管庫もセキュリティが厳しかったけど、今度はそれ以上に警戒されてるかもしれない。最近のギルドは、俺たちを“魔王の力を奪う危険人物”と断定して、徹底的に捜索を強化しているはずだ。


「でも、管理部門の端末からログインすれば、あるいはワールド・リポジトリにアクセスできるかもしれない。branchの切り替えができれば直通で飛べるかも……」


 シエルがポツポツと説明する。考えてみれば、彼女のbranch魔法は空間や術式を分割・切り替える能力みたいなものだから、上手く使えば長距離のショートカットが可能かもしれない。問題はそれだけ大量の魔力をどこから持ってくるのか……。


「そこは私も協力するよ。git pullで周囲の魔力を集められれば、branchに必要なエネルギーを補えるかも」


 リナが得意げに言う。彼女は吸収系の魔法が使えるらしく、pullして集めた魔力をstashすることも可能だという。確かに、実際俺が何度か見せてもらった限りでは、短時間ならバースト出力を高められるみたいだ。


「いや、もうこれ、大仕事すぎて頭痛いけど……やるしかないな」


 気を奮い立たせながら、俺は視界の片隅でバチッと閃いた雷を横目に見る。どうせ立ち止まってもバグの嵐は勝手に解決しない。むしろ加速度的に世界は乱れていくだろう。だったら俺が“デバッグ”してやる。それが俺の役割なんだろうな、とどこか諦観と決意の入り混じった感情を抱きながら足を踏み出す。


「リナ、シエル。仲間たちが安全に避難する間に、俺たちはギルド本部への侵入経路を確保しよう。branchで飛ぶとか、管理所に忍び込むとか、どんな手段でも使ってかまわない」

「うん、わかったよ!」

「がんばりましょう……私も腹をくくります!」


 こうして俺たちは、世界を覆うバグの嵐がさらに激化するなか、ふたたびギルド本部を目指すことになる。夜には雨風がますます強くなるらしく、移動は一筋縄ではいかないかもしれない。けれど、時間をかけすぎればその分だけ暴走被害が広がる。

 手荒なやり方でも構わないから、一刻も早くワールド・リポジトリにアクセスして大規模デバッグを開始しなければ。


――


 予想通り、ギルド本部周辺は物々しい空気に包まれている。町の入り口には避難する住民の列ができており、頭上には紫色の稲妻が走る不気味な空が広がっている。建物の奥からは、粛清部隊らしき集団が慌ただしく動き回っている姿が見える。

 どうやら外部の暴走を止めに走っている一団もあれば、内部を警戒している部隊もいるようだ。


「これなら案外、本部の中は手薄になってるかもしれないね」


 リナが小声で提案する。確かに外で起きている魔法災害に対応しなくちゃいけないだろうから、常時厳戒態勢を維持できるわけじゃない。

 俺たちは夜陰にまぎれ、細い路地を選んでギルド本部の裏手へ回る。かつて通った隠し扉の場所をリナが覚えていて、そっと扉を押すと、またしても鍵が開いていた。


「こないだ潜入したときもそうだったけど……今回は罠というより、単純に対処しきれなくなってるのかもな。外が大混乱だし、ギルドも手が足りてないんだろう」


 俺たちはできるだけ物音を立てないように、石造りの通路へと滑り込む。先日までの強烈な緊張感に比べると、やけに薄気味悪いほど静かなのが逆に怖い。気配を探りつつ奥へ進むと、かすかに魔力のうねりを感じる。


「ここをまっすぐ行った先に“管理所”があるはずだよ。儀式とかを行う部屋があるって聞いたことがある」


 シエルが地図を思い出すように言う。branchを駆使してショートカットするには、それなりに広い空間と魔力が必要だ。となれば、儀式場みたいに大掛かりな仕組みが整っている場所が最適なのかもしれない。

 通路を曲がるたびに、壁にかかった灯火がバチンと弾けるように揺れる。まるで建物そのものが不安定になっているようだ。それもそのはず、世界各地で暴走する魔法が発する膨大なエネルギーが、ここの施設にも影響を及ぼしているのだろう。


「……待って、あれ誰かいる!」


 リナが小さく叫ぶので、俺たちは慌てて物陰に身を隠す。見ると、奥の広いホールのような場所で、黒マントを着たギルド職員たちが何か議論を交わしている。半分以上が焦燥感に駆られているのが見て取れるが、その中心にはヴァイス・マージの姿はない。

 どうやら別の隊員たちが、今まさに“どう対処するか”を揉めているようだ。


「たぶん外での魔法被害が拡大しているんだろう。で、内外の応援が足りてないってわけか……」


 俺は息を潜めながら状況を伺う。ホールには中央に大きな魔法陣が描かれており、その上に魔力の光がちらちら浮かんでは消えている。いかにも“管理所”らしい設備だ。シエルが言うには、この魔法陣を使えば術式を空間ごと切り替える大掛かりなbranchが可能らしい。

 つまりワールド・リポジトリへ飛ぶためのゲートのようなもの、ということだ。


「よし、あそこを使う。幸い、ここにいるギルド職員たちは外の対処で頭がいっぱいのはず。うまく隙を突けば管理所に入り込めるかもしれない」


 俺が目でリナとシエルに合図を送る。二人とも緊張しながら頷き、杖を握りしめている。こんな非常事態の真っただ中だし、少々強行手段になっても仕方ない。大事なのは一気にbranch術式を起動し、ワールド・リポジトリに飛ぶことだ。


「タイミングを合わせて、一斉に突っ込もう。シエル、魔法陣のところでbranchを立ち上げてくれ。リナはpullで周囲の魔力を吸収してサポートしてくれ。俺はコンフリクトを解消しながら突進する」

「うん……わかった!」

「負けない……絶対にbranchを成功させるよ!」


 俺たちは小さく意気込みを合わせると、息を止めるようにして物陰から飛び出す。案の定、ギルド職員たちが「誰だ!?」と声を上げるが、混乱しているせいか動きが鈍い。

 数人が杖を振りかざそうとするが、リナがすかさず「git pull」で場の魔力を一気にかき集め、その勢いで相手の詠唱を邪魔する。


「くっ……なんだ今の魔法は!?」

「侵入者!? ここで何を……」


 荒れる声を背に、俺は魔法陣の中央に向かって一直線に走る。足元に競合する術式が絡まっているのがわかるが、脳内で“git rebase”をイメージするように衝突を巻き戻す。

 エラーのログが瞬間的に視界に浮かぶが、一括で整理して弾き飛ばすイメージだ。


「シエル、早くbranchを立ち上げてくれ!」

「はいっ、今やります! git branch ‘world_repo’…… checkout!」


 シエルが杖を魔法陣に突き立てると、床の紋様がぎらりと光を放つ。周囲の空気が震え、ギルド職員たちの制止の叫びが妙に遠く聞こえる。リナがさらにpullで魔力を上乗せし、魔法陣の輝きが増していく。


「やめろ! そこは立ち入り禁止だぞ!」

「ギルド管理外のbranch操作は許されん……!」


 粛清隊に準ずるメンバーなのか、何人かが必死に妨害呪文を放ってくるが、俺は火球と雷撃が混ざったような衝撃をしのぎながら突っ込む。一瞬の痛みが走るが、なんとか“git stash”で一部のエネルギーを封じ込めて踏みとどまる。

 地面が火花を散らし、辺りに煙と焦げた臭いが立ち込める。でも、あともう少し――


「行け、シエル、リナ! branch発動だ!」

「うんっ……! ‘git merge --no-ff’! 術式をまとめて一斉に転送するよ!」


 シエルが高らかに叫び、魔法陣から白い光が噴き上がる。

 視界が真っ白に染まり、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われる。宙に浮いているみたいな不安定さと、強烈な磁力に引っ張られるようなめまいが同時に襲ってくる。これがbranch転送というやつか。



「……大丈夫、創也くん?」


 リナが不安そうな声をかけるが、返事をする前に意識が一瞬飛びそうになる。

 周囲の世界が数秒間、ごうっと鳴りながら歪んで、次の瞬間には周りの景色ががらりと変わっていた。


「ここ、どこ……?」


 足元に目をやると、奇妙な六角形のパネルがずらりと敷き詰められていて、薄い光が規則正しく走っている。まるでサイバースペースをイメージしたような空間――いや、これは術式による“ワールド・リポジトリ”内部なのか。広大な空間が黒い背景の中に続いていて、あちこちにコード断片のような光の帯が浮いている。


「やった……branchが成功したみたい」


 シエルが額の汗をぬぐい、ほっと息をついている。その横でリナがきょろきょろと辺りを見回し、恐る恐る口を開く。


「なんか、不思議な空間だね。これ、本当にGit管理の倉庫……? どこまで広がってるんだろう」


 俺はごくりと生唾を飲みながら、足元のパネルを踏みしめる。

 すると大きなターミナル画面のようなものが宙に展開され、そこにはこう表示されている。


――Welcome to World Repository.

――Total conflict: 999,999+

――Please resolve conflicts before continuing.


「ああ、やっぱり大量のコンフリクトが積み上がってるってわけか。そりゃそうだ、世界中の魔法がバグってるんだから……」


 厄介なことこの上ないが、これを解決できれば一気に世界の術式を正常化できる可能性がある。ちゃんと“コミット”を確定できさえすれば、魔王コードの封印混乱も収束に向かうかもしれない。


「……ってことで、ここでまさに“バグの嵐”と対峙することになるんだろうな。甘くはないだろうけど、やるしかない」


 俺はターミナル画面を見つめながら拳を握る。目の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じる。ブラック企業でのデスマーチを乗り越えたときの記憶がフラッシュバックするが、今度はこのファンタジー世界の大規模デスマーチだ。けれど今の俺にはGit操作で魔法術式を修正できるという“武器”がある。


「やるぞ、リナ、シエル。ここにあるコンフリクトをまとめて解消し、世界の混乱を一気に終わらせるんだ。誰がこんなクソコードを書いたか知らないが、全部直してやらないと気が済まないからな」


 そう言って軽口をたたいたのも束の間、ワールド・リポジトリの奥からゴゴゴゴ……と不吉な音が響いてくる。まるで“バグの集合体”が襲ってくるかのように、濃密な黒い渦がうごめき始めた。


「うわっ……あれ、敵意むき出しって感じがするよ!」


 リナが声を上げる。あの黒い渦はたぶん、本来分散しているはずのバグやエラーが固まり、擬人化か意志を持ったように振る舞っているのかもしれない。まさに“バグの嵐”そのものだ。

 だが、これくらいで怖気づいていられない。ここで逃げたら世界中の人々が火球に焼かれ、雷撃に打たれ、氷漬けになる惨状が続くだろう。

 俺の役目は、そのバグの“Conflict”を解消することにある。Gitコマンドを心に描き、ステップを踏むように足を前へ出す。


「行こう。これが終われば世界はきっと、あのどんよりした空から開放される。俺たちで、このバグだらけの魔法をまとめて修正してやろうぜ」

「うん、やる!」

「私も一緒に……必ず完成させましょう!」


 リナとシエルが同時に頷く。三人で前を向くと、ひどく荒れ狂う黒い渦がじわじわと近づいてきているのが見える。正面突破か、あるいは分岐を使って少しずつ解消するのか。ともかく俺たちのGitデバッグの腕の見せどころだ。


「絶対に終わらせよう。このバグまみれの世界に、正常な魔法を取り戻すんだ!」


面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、

ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!

ブックマークと、いいね・感想なども頂けると、とても嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ