2. 精霊のギフト
精霊信仰の国であるディファイラ王国。
私たちの暮らすこの国の自然には、精霊が宿っている。
彼らは人間と遊ぶのが大好きで、気まぐれで気に入った人間に祝福のギフトを授ける。それがこの国で暮らす人間のステータスでもあった。
王族に定期的に表れる『天啓』は、国の危機を察知し、回避する力。高位貴族に表れる『魔眼』は、人の嘘を見抜く。
『豊穣』は土地を豊かにし、『読心』は人の悪意を察知する。『治水』は大地に潤いをもたらし、『テイマー』は動物を操ることができる。
このように国政を動かすギフトもあれば、生活の役には立たない些末なギフトまで様々あり、いつ誰にどんなギフトが与えられるかは精霊の思し召しによる。
そして祝福のギフトを授けられる者たちに共通しているのが、精霊王の愛し子だと言われている建国王の子孫であること。
私の生家はオルタンシア公爵家で、定期的に王族の伴侶を迎えているため、王家の血が濃い。だから私もギフトを授かってしまった。
でも私は、こんなギフトいらなかった。
今でも捨てられるものなら捨ててしまいたい。
精霊は人間の理の中で生きてはいないため、価値観も倫理観も何もかもが違う。
それゆえに、祝福であるはずの精霊のギフトが、人によっては呪いに変わることもあるのだ。
私の精霊のギフトは、過去見。
しかもある条件でしか発現しない希少型ギフトだ。
それは自分が心を許した人間——使用人、友人、親戚、家族、婚約者などの不貞行為を強制的に脳に刻み付けられること。
先ほどの夫と侍女の情事のように──
私はこのギフトのせいで子供の頃から苦しめられた。過去に婚約破棄を二度することになったのも、このギフトで相手の不貞を知ったからだ。
夫であるシグルドとは、従姉妹である第一王女マルシェの学友として選ばれたのがきっかけとなり、幼馴染のように育った。
ずっと親友として私を支え続けてくれたシグルド。
二度の婚約破棄により、社交界で『寝取られ令嬢』と嘲笑されていた私を、マルシェと共に支えてくれた人だった。
『もうイリスにこれ以上傷ついてほしくない。俺ならイリスを裏切ったりしない。俺が一生守るから、結婚してくれないか? 子供の頃からずっとイリスのことが好きだったんだ』
貴方がそう言ってくれたから、私は立ち直ることができた。出会った頃から、貴方が私に誠実でいてくれたから、信じて結婚した。
本当に心から、貴方を愛していたのに。
(なのに、結局貴方も私を裏切った)
誰よりも残酷な形で──
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左手が温かい。
その柔らかい温もりに意識が浮上して目が覚めた。
視界にベッドの天蓋が映る。
左手に視線を向けると、ウェーブがかったキレイな銀髪が見えた。指を動かすと、彼女が勢いよく顔を上げる。
「イリス!」
「マルシェ……」
起き上がろうとすると、酷い頭痛がして思わず頭を押さえる。
「イリス、ギフトの行使で脳に負担がかかっているのよ。しばらく安静にしてちょうだい」
「もう……夕方なのね……誕生日パーティが台無しだわ。皆にお詫びをしなくちゃ」
力なく笑うと、マルシェが泣きそうな顔をする。
「イリス……誰のを見たの?」
「——人払いは?」
「してあるわ」
ギフトの所有者は、本人とその親、王家以外には秘匿とされている。それは過去の歴史で何度も誘拐や殺害などの事件が横行したからだ。
身の危険を守るため、政治での乱用や国外流出を防ぐために、王家はギフトを機密事項とした。
王族であるマルシェは私のギフトを知っているけれど、シグルドは知らない。
「誰の不貞を見たの? まさか——シグルドじゃないわよね?」
「そのまさかよ」
「嘘でしょう!? ——アイツ、入り婿の分際で何してんのよ! よりによってアイツがイリスを裏切るなんて……許せないわっ、ぶん殴ってやる!!」
サイドテーブルに拳を叩きつけ、立ち上がったマルシェを止める。
マルシェが持っている扇子は護身用の鉄扇だ。そんなもので殴ったら夫は間違いなく骨が砕けて大怪我をするだろう。パーティに参加した王女が暴力沙汰を起こしたら、社交界でマルシェの評判が落ちてしまう。
マルシェは来年の春に隣国に嫁ぐことが決まっている。そんな大事な時期に、あんな浮気夫のせいで醜聞に貶めらるなど、絶対にあってはならない。
「お願い、マルシェ。シグルドにはまだ何も言わないで」
「どうしてよ! まさか許す気なの!?」
「いいえ、許さないわ」
私を裏切った彼を、許すことはない。
「シグルドとは離婚するから」
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