12. 突然のギフト消失
初めての外交の仕事で、運命の出会いが待ってるなんて、誰が思うだろう──
◇◇◇
公爵家を出て、王宮で生活を始めてから三日後、竜王国の使者たちが入国した。
交渉の場に現れたのは、シルクのように艶のある白い髪と、金の瞳を持つ美丈夫——竜王国第二王子リディオ・シルヴァーノ。
そして王子の隣に立つのは、深みのあるコバルトブルーの髪に、白銀の瞳を持つ彼——
「ああ……っ、やっと出会えた! 私の番……っ」
第二王子の側近と思われる彼と目が合った瞬間、体が雷に打たれたように衝撃が走った。そして初対面の彼にそのまま抱きしめられる。
大柄の男に抱きしめられるなど、今までの私なら嫌悪で拒絶してもおかしくないのに、私の手は勝手に彼の背中に回っていた。
(うそ……今、今の……)
体の中に風が起こり、ずっと止まり続けていた霧を晴らしてくれたような、そんな感覚が走った。
(呪いが……呪いが解けた)
ギフトが、消えた。
胸が高鳴り、勝手に涙が零れ、手が震える。
そして──
『ようやく会えたね』
(え……?)
耳元で聞こえたのは、目の前の彼ではなく、複数の子供のような声だった。
「イリス……?」
マルシェの声にハッと我に返り、彼の腕の中から出ようとすると、逃がさないとでもいうように、私を包む腕に力が入る。
「エクトール、気持ちはわかるが離してやれ。でないとお前の番が潰れてしまうぞ」
リディオ殿下の声に、彼が慌てて体を離した。
「は……っ、すまない。君が純血の人族だということを失念していた。痛かったか?」
彼——エクトール様の太い指が私の涙を優しく拭う。
大きな体を丸めて、シュンとする姿は絵本に出てくる熊のようで、愛らしくてクスリと笑ってしまった。
「大丈夫ですわ、エクトール様」
「番がっ……番が笑った! 私の名を呼んだ!! なんて愛らしい女性なんだっ!!」
真っ赤な顔を両手で覆い、天を仰いで震える大柄の男に、私以外の者たちがドン引きしている。そしてため息をついた第二王子が彼の頭をスパンと小気味よく叩いた。
「いい加減にしろ、エクトール! 国益を担う交渉の場で恥を晒すな!」
「はっ、リディオ殿下、大変申し訳ありません。番に会えた喜びで我を忘れてしまいました」
「まったく。話が進まんからお前は後ろに控えていろ。番との語らいは後にしてくれ」
「…………御意」
ものすごく顰めっ面で、ものすごく間をあけて嫌そうに答える彼に、第二王子は呆れた眼差しを向けた。そして気を取り直したかのように私たちに笑いかける。
「レイブン王太子殿下、ユリアンナ妃殿下、ウチの者が無礼を働いて大変申し訳ない。この騒がしい男は私の側近のエクトール・セイブリアンだ。そちらのレディたちを紹介していただけるか?」
「は、はい。妻の隣にいるのは妹のマルシェ、その隣にいるのはイリス・オルタンシア女公爵です。彼女は私たちの従姉妹でもあり、農産業の専門家なのでこの場に同席させました」
「イリス……っ、私の番はイリスという名前なのか! 名前まで愛らしいな」
「エクトール」
怒気を帯びた刺すような声音に、部屋がしんと静まり返る。その覇気は私たちにまで伝わり、緊張感が走った。
「いや、何度も申し訳ないね。どうやらオルタンシア女公爵が彼の番らしくてね。我々は竜人を始祖に持つので、番に出会うと喜びで気が高ぶってしまうんだ。決してディファイラ王家に他意があるわけではないので、どうか無礼を許して欲しい」
「イリスが、セイブリアン卿の番なのですか?」
「はい。彼女は間違いなく私の運命の番です」
マルシェが驚いて私を見る。
彼からも熱烈な視線を送られ、どうしていいかわからない。
レイブン兄様も、どう対処すべきか悩んでいるようだ。
「驚きました……番に関するお話は我々も聞き及んでおります。竜人や獣人にとっての番とは、唯一無二の魂の伴侶だとか」
「そうですね。確かに獣人にも番の習性がありますが、彼らは番以外にも妻を娶れるのに対し、我々竜人は愛する番としか婚姻しません。番が先に亡くなったとしても、生涯番だけを愛し続けます」
第二王子の後ろでエクトール様が、私を見つめながらコクコクと何度も頷いている。
(どうしよう。竜王国の使者にどう反応するのが正解なのか、本当にわからない)
誰が見てもエクトール様は私に好意を向けている。
でも、近々離婚するとはいえ、今の私は既婚者だ。
現状では彼の気持ちに応えられない。
正直、今はそれどころじゃない。
まだ震える手のひらを眺めながら、先程自分の身に起こった現象を思い返す。
さっき、確かに聞こえたのだ。
『ようやく会えたね』と私に語りかけた声。
そして同時に消えたギフトの力。
体の一部が消失したのを確かに感じる。
(もしかして……精霊?)
最初はエクトール様が何かしたのかと思ったが、見る限り違う気がする。でも彼との出会いがきっかけになったのは確かだ。
手のひらを呆然と眺めながら、一つだけ確信したことがある。
ずっと私を縛り続けていた鎖から、解放された。
改めてそれを実感した時、心が歓喜に震えた。




