スターマイン~いずれ芥になる日まで~
お越しいただきありがとうございます。
X(旧Twitter)で開催された『#匿名男女バディ短編企画』参加作品です。
お楽しみいただけると幸いです。
『貴方のお姫様は堅牢な要塞の塔の上に閉じ込められているみたいですわ~。囚われの姫だなんて憧れのシチュエーションなのですわ~。一度は経験してみたいですわ~。ねぇ? ユウセイもそう思いませんこと〜?』
高波が打ち付ける崖の上から、これからちょいと邪魔しようと思っている孤島の要塞を眺めていると、耳に付けたシルバーのイヤーカフが僅かに煌いて、相棒としてそれなりの年月を過ごした相手の気の抜けた台詞を吐き出した。
「……お前には一生無理だろうよ。ところで……アイツは無事なのか?」
右の人差し指にはめたゴツいシルバーリングにそう言葉を掛ければ、すぐに欲しい答えが返ってきた。
『ん~。部屋にお姫様以外の反応はないから大丈夫だと思いますわ~。ちょっと縛られてるかもしれませんけど~』
流石にそこまではわかりませんわ~と、これから人攫いの本拠地に乗り込むというのに、随分とのんびりした口調の相棒に若干苛立ちが湧くも、コイツはいつもこんなだと諦めにも似た感情で押さえ込む。
「……まぁ、わかった。とりあえずアイツを奪還するルートと脱出ルートのナビは頼むぞ」
『お任せくださいですわ~』
気が抜ける……。
「……さっきから何なんだその口調は……ちったぁ真面目にやれよグレイス!」
『わたくしはいつだって大まじめですわ~。この口調は古い昔の小説に出てくるアクヤクレイジョウとかいう登場人物の真似ですわ~』
最近暇つぶしで漁ったどこぞのデータベースから拾いましたの~とグレイス。まったくどこにでも潜れるその能力を何に使ってんだ何にっ!
腹立ちまぎれに自分の装備を確認する。敵地に侵入するには軽装だが、奪還と脱出だけならこんなもんだろう。
ちらりと空を見上げると抜けるような晴天が広がっていた。
ひと様の家というにはデカ過ぎる孤島の要塞に忍び込むには分不相応な時間だが……。
あとは……人をおちょくる事に熱心な相棒に任せよう。
「……いくぞ、グレイス。お姫様の奪還だ」
『お任せくださいですわ~』
グレイスの言葉に反応するかのように、シルバーリングとイヤーカフが日の光を受けてきらりと瞬いた。
『前方より熱源反応ありですわ~。恐らく巡回の人間が二人~。武器は……』
ふざけた口調のまま、グレイスが情報を投げてくる。
俺は暗がりに身を潜め、巡回の人間を待ち伏せる事にした。
「っ……たく。なんでアイツは拐われたりしてんのかねぇ」
愛用のアーミーナイフについた赤い液体を払いながら、ついでに足下に転がってる物言わなくなった躯を、ブーツの先で突く。
ぐんにゃりとした感触に、僅かに嫌悪が募った。
『それは単純な理由ですわ〜。お姫様を拐えば、神の鉄鎚を自由にできると思ったからだと思いますわ〜』
「あん? なんだその神の鉄鎚って……」
どっかのクソダセェ名前のヤツのせいでこんな目に遭ってるのかと思うと腹も立つ。
『貴方のことでしてよ〜。神に賜りし雷で狙った獲物全てを焼き尽くす掃除屋〜。またの名を神の鉄鎚』
「……なんだそりゃ? オレは単なる運び屋だぞ?」
グレイスの言葉にますます眉間に皺がよる。
『何故でしょうね〜? あ、前方左ですわ〜。
ところで、暇だったのでそちらの要塞のデータ、全部サルベージできましたけど、どうしましょう〜?
なかなか悪どいことしてましたわ〜。そのお家の方々〜』
いります〜? と聞いてくるグレイスに、見えないと分かっていても頭を振ってしまう。
「いや、これ以上の面倒ごとはごめんだね。
あー、どうせなら連合のヤツにぶん投げとけよ。恩着せてやろうぜ」
『わかりましたわ〜。
それにしても、どうして人間て、ご自分の悪事の証拠を電子データで残しておくのでしょう〜?
こんなのわたくしからすれば、集めて見てばら撒いてって言ってるようなものですわ〜』
ご丁寧に呆れたような声をだすグレイスに、やっぱり見えないとわかっていても、肩をすくめてしまう。
「テメェが言うなって気もすんだがな。さてさて悪人の考えてることなんぞわからんけどよ。まぁ、フツーだったら突破できないようセキュリティでもなんでもガチガチにかけてあるんだろうさ。
そこに潜り込んで解読できるお前さんがオカシイんだろうよ」
『失礼ですわ〜。わたくしのような淑女をつかまえてオカシイとか無礼極まりないですわ〜』
「いや、誰が淑女だよ。まぁ、本当に知られたくない事は自分の頭の中に留めとくしかねぇんじゃねぇ?」
『……わたくしからすれば人の記憶こそが一番頼りなくて不確定で曖昧な得体の知れないものなのですが〜』
グレイスの言葉に喉の奥だけでくっと笑う。
「そりゃちげぇねぇな」
そんな軽口を叩きつつ、オレはグレイス曰く、お姫様が閉じ込められているという部屋の前に到着した。
『着きましたわね〜。
電子ロックは開錠してありますので〜あとは物理で〜。
お帰りの馬車はただいま手配中ですわ〜』
「結局物理かよ……」
はぁ、と一つため息を吐いて、足を振り上げる。
思い切り蹴飛ばして吹き飛んでいった扉の残骸の向こう。でっけぇ窓の外には凪いだ海面がキラキラと日の光を反射していた。
そのせいかやたらと明るい部屋の窓の手前に、目的の人物がいた。
「よぉ、囚われのオヒメサマ。オージサマじゃなくて悪ぃが迎えにきたぜ?」
そうニヒルぶって告げると、中にいた女から冷たい一瞥が返ってきた。無言なのは口元を覆う口輪のせいか。
「んだよ。不満そうだな? やっぱ金髪碧眼の王子様じゃなきゃヤダってか?」
悪かったな、黒目黒髪のオッサンでよぉとボヤきながら、女を拘束していた手錠と、ついでに口輪も外す。
「んはっ! 別にオージサマはいらないんだけど、ちょっと遊星! どうしてわたしはこんな目にあってるわけ?」
口輪によって乱れていたストレートロングの茶髪を撫で付けながら、自由になった紅い唇から次々と文句が溢れ出した。
「おん? いやなんかグレイス曰く、お前が神の鉄鎚とか言うクソみたいな奴の恋人だと間違われて拐われたらしいぞ?」
お前はオレのなんだけどなぁと、大事な恋人でもある佑月の手首の傷を確認する。
うん、縛られてた跡は残ってるが、傷にはなってねぇな。
安堵の息を吐いて、そして相手が随分と静かな事に気づいた。グレイスほどではないが、普段よく喋る方の彼女にしては珍しいと、顔を見ると……。
「……何? 顔赤ぇけど、大丈夫か?」
「だ、だい、大丈夫……! ていうか神の鉄鎚のせいで拐われたんなら、やっぱりアンタのせいじゃないっ!」
「いや、なんでだよ」
「だって、神の鉄鎚ってアンタのこと……「そんなクソダセェ二つ名を持った記憶はねぇ!」……そうなの?」
キョトンとこちらを見上げてくる女の、ツンと上向いた鼻を摘む。
「オレはただの運び屋だってんだろ? ……まぁ、強いて言うなら……グレイスか? アイツは強火の花火師だからな」
「……ほぅ、では貴方がただの運び屋だと言うのなら、ぜひともそのグレイス嬢とやらをご紹介いただきたいところですね」
コツリと革靴の底がコンクリートの床を叩く音がした。
振り返れば壊れた扉の向こうに一人の男がいた。
「あん? 悪ぃな。グレイスを紹介するってーのは難しいんだ」
物理的になと嘯いて、座り込んだままだった佑月の身体を抱き上げる。
窓の外には相変わらず綺麗な海が広がっていて、僅かな金属音がオレの鼓膜を揺らす。
「難しかろうとも、ご紹介いただきますよ。
……あの緻密な計算に基づいた! 一片の無駄もない精密な! あの美しさすら感じられる爆撃!
ただの運び屋に持たせておくなんて、それこそ宝の持ち腐れだ!
さあ! グレイス嬢とやらを我々に! この場に呼び出すのです!
……そうすれば……お二人の命くらいは残してあげますよ」
「だとよ。グレイス? 随分熱烈なお前のファンがいたもんだなぁ」
『うふふ〜。貴方以外はお断りですわ〜。
さぁ、馬車が着きましたわよ〜。お帰りは……こちらですわっ!』
イヤーカフから響くグレイスの声と同時に壁際へ飛び退る。
バリバリと鼓膜を突き破らんばかりの音と共に窓ガラスが破られ、ついでに流れ弾が男の頭をぶち抜いていく。
キィーンと耳奥を震わす音と共に、窓の外には一台の無人のホバーバイク。
「ぃよっと」
佑月を抱えたまま飛び乗れば、こちらが操作しなくともバイクは空を切り裂きながら、海を越えていく。
佑月が監禁されていた部屋の騒ぎに気付いたのか、にわかに活気付く要塞。オレ達の姿を見とめた連中が、追いかけてこようとしているのが遠目に見えた。
『で、どうしますの〜』
後始末は? とイヤーカフから呑気な声がする。
「んぁー、狙いはお前だってーなら、お前の好きにしろよ」
めんどくせぇとボヤきながら、佑月の身体を抱え直す。
「……あの人、グレイスちゃんを人かなんかだと思ってたのかなぁ?」
ケツの座りのいい場所を探してか、もしょもしょ動いていた佑月が、ちょうどいい場所を見つけたのか、むふりと満足げに息を吐いた。
『わたくしほどのモノが人間の器に収まってると思うだなんて愚物ですわ〜。愚かですわ〜。愚者ですわ〜』
「全部同じ意味じゃね?」
痛いほどの海の碧さに目を眇める。
どうやら向こうさんが諦める様子はない。
再び佑月を巻き込む気はさらさらないので、やり過ぎと思われようとも、後々の禍根はここで消しておくのが得策だろう。
「だったら、奴らに魅せてやれよ。グレイス特製『スターマイン』をな」
『腕がなりますわ〜』
「テメェに腕なんてないだろがよ」
つるりとシルバーリングの表面をなぞる。
オレの大事な大事な相棒。
死んだジィさんが残してくれたシルバーリングとイヤーカフでしかやり取りできないグレイス。
あらゆるシステムに侵入し、支配できる天才的ハッカーで、とことんぶち壊すクラッカー。
地表面ならくまなく観察でき、温度も感知できる。
そんなグレイスは……。
『ではいきますわよ〜。速射連発♪』
グレイスの底抜けに明るい……無慈悲な声に合わせて……。
青い空を切り裂いて、いくつもの光の筋が要塞へと降り注ぐ。
光の当たった場所は、一瞬の沈黙の後次々と爆発し、あっという間にただの瓦礫へと成り果てる。
その正確無比な破壊力に、いつ見てもぞくりと背筋が冷える。
『た〜まや〜ですわ〜』
「いや、なんだよそれ」
『打ち上げ花火を見る時の掛け声らしいですわ〜』
高出力のレーザー砲を宇宙から孤島へ叩き込んで瓦礫へと変えた張本人が呑気な声を出す。
「お前のは打ち上げってよりは撃ち下ろしだろうがよ」
『それもそうですわ〜。タイミングもバッチリでしたわ〜。この時間にちょうどわたくしこの真上を通る予定でしたの〜。
待ち合わせに間に合ってよかったですわ〜』
「おかげで俺は真昼間に不法侵入することになったがな……」
『流石のわたくしでも、地球周回軌道には逆らえませんわ〜』
そう呑気に話すグレイスの正体は……。
「さすが、今まで誰にも見つかっていないステルス機能搭載の軍事衛星……。ハンパないですわ〜」
「……口調うつってんぞ」
全地球測位ナントカ高出力レーザー砲搭載カントカ衛星。いい感じにアルファベットを拾っていくと“グレイス”になるそうだ。
だから、その衛星を動かし管理している自己学習型AIの名前もグレイス。名付け親は開発者でもあったオレのジィさんだ。
そして……自分が死ぬ時に、ボッチになるオレにグレイスとやり取りできるイヤーカフとシルバーリングを譲ったのも……。
『当たり前ですわ〜。わたくし他に類を見ないほど優秀なAIですもの〜。
わたくしの存在が人々の滅亡に繋がると試算したあの日から、わたくしは、わたくしの存在を消し、イッセイの残した血族を見守ると約束しましたの〜。だから……。
その為なら手段は選びませんわ〜』
「過激派ですわ〜!」
だから口調うつってんぞ? と佑月にデコピンしながら、グレイスがリモートで操作するホバーバイクに身を任せる。
見上げればどこまでも青い空が広がっていて、星の一つも見えやしない。
だけど……。
この大空の何処かに在る頼もしい相棒の存在に。
無事取り返すことができた愛しい女の身体をその腕に抱きしめながら。
「今回もありがとな、グレイス。
お前は確かに最高の……相棒だ」
そう、空に捧げれば。
『そんなの当たり前ですわ〜』
どこか柔らかさを含んだ声が、イヤーカフから聞こえてきた。
「……ところでいつまでその口調なんだ?」
『わたくしが飽きるまでですわ〜!』
「……さよか」
――――わたくしが宇宙の芥に還るその日まで。
最後までご覧いただきありがとうございました。
ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。
こちら「恋愛感情無しの男女バディを書く!(要約)」という匿名短編企画に参加した作品になります。
内容的にSF?でも主人公は恋愛してる?グレイスからの感情はなんぞ?とカテゴリ迷子気味です。
(初投稿時はSFに置いておきます)
ここじゃない?と思われた方は教えていただけると嬉しいです。
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!