【コミカライズ】偽妹が私の婚約者を狙っている【アンソロ収録】
婚約者が私に剣を向けている。
「ローザ・レヴィ。詐欺罪の容疑で拘束させてもらう」
婚約者、ギルベルトの言葉を合図に、彼の率いる騎士数人が私を取り囲んだ。
ギルベルトの傍らには私の偽の妹がぴったりと寄り添っている。
「ついにこの時が来たわ。お姉さま」
偽妹はそう言ってうっとりと笑った。
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手入れの行き届いた美しい庭園、職人が細部までこだわって作り上げたスイーツ、メイドが最適な温度でいれた香り高い紅茶。
そして、テーブルを挟んで向かいに座る婚約者のギルベルトが、私に優しく笑いかける。
なんて穏やかなティータイムだろう。この時間がずっと続けばいいのに。そう願う私の耳に会いたくない人物の声が届く。
「ローザ姉さま!」
全く記憶にない妹だ。
「お姉さま、ここにいらしたのね。あ、ギルベルト様も!」
「あぁ、エレナ。お邪魔しているよ」
「ギルベルト様なら、いつでも大歓迎ですよ。お姉さまもギルベルト様が来た日はとってもご機嫌ですから!」
私の婚約者へ親しげに声をかけ、いつの間にか私の隣に座って話し出すエレナ。彼女は1年前から私の妹、つまりレヴィ家の次女のふりをしてこの屋敷に住んでいた。
何の魔術を使ったのかはわからないが、父と母、そして使用人たちは、エレナ・レヴィを特別気にする様子はない。魔術の名門と呼ばれるレヴィ家がこんなざまでは、他の貴族に笑われてしまう。
とにかく、心休まる瞬間がない。彼女が現れてから私はずっと頭をフル回転させていた。
「エレナ。何か用があったんじゃないの?」
「いいえ、ローザ姉さまがどこにいるか知りたかっただけよ。午後のお茶はご一緒しましょうね!」
エレナは私ににっこりと笑いかけた。私を慕っているのではと勘違いさせるようなかわいらしい笑顔にぞっとする。
「では、ギルベルト様。またお会いしましょうね」
エレナはギルベルトの顔を覗き込むようにして声をかける。ギルベルトは優しげな笑顔で返した。エレナの顔はこちらからは見えないがきっと甘えるような笑顔をしているに違いない。
二人はしばらく見つめあう。数秒経ってエレナは満足そうに屋敷に戻っていった。
「……ぞっとするね」
エレナの後ろ姿が見えなくなったのを見届けてから、ギルベルトは呟いた。
「彼女は、いったいどこの誰なのか」
「えぇ」
ギルベルトは私の言葉を信じて、私の味方でいてくれている。
「調べてみたのだけれどわからないことが多くて。でも、どうやら我が家のものが少しなくなってるみたいなの」
高価な美術品や宝石類、魔術関連の貴重な品々が少しずつ消えている。それに気が付いたときは背筋が凍った。
「それは大変だ。僕もいろいろ調べてみるよ」
「助かるわ。でも、気を付けてね。何か変な魔術を使っているようだから」
「大丈夫さ、任せてくれ。あぁ、でも君にも手伝いを頼むかもしれない。不甲斐ないけど頼むよ」
私が申し訳無さそうな顔をしていたのであろう、ギルベルトは茶目っ気たっぷりに笑ってウインクする。それを見て私は少し肩の力が抜けた。
「えぇ、もちろんよ。ありがとう」
*******
あれから数ヶ月、私とギルベルトは一緒にエレナについて調べていた。
数日前、決定的な情報を手に入れたと言われ、会う時間を作ったが、それでどうしてこんなことになっているのだろう。
困惑している私を見て悲しそうな顔をしたギルベルトが悲痛な声で語り始める。
「これが、記憶操作の魔術を使ったのが君だっていう証拠だ」
調査結果だという紙の束を突きつけられる。私が記憶操作の魔術について調べていたという主観的見解が長々と書かれていた。これでは証拠としては使えない。
そして根拠とされているものの多くがギルベルトの頼みで訪れた場所だった。
「これは、ギル、あなたが行ってくれと……」
私の言葉にギルベルトは首を横に振る。
「なぜそんな嘘をつくんだ。そんなこと僕は頼んでない。それに、僕の調査によれば、君が魔術について調べ始めたのは、エレナが現れたと君が主張するよりももっと前だ」
話を聞く気がなさそうだ。騎士たちはギルベルトの後ろで隙を見せることなくこちらをうかがっている。
「レヴィ家の所有する美術品や宝物を持ち出して売っていたこともわかっている。信用させるためだったのかもしれないけれど、僕に家の物がなくなっていると言ったのは悪手だったね」
彼が見せた紙は私が調べたなくなったもののリスト。その横にはいつ、どこで売られたのか、その値段まで細かく調べ上げられていた。
「君が魔術をかけたのは、レヴィ家に関わる全ての人。つまり僕もそうだ。僕の本当の婚約者はエレナだったんだろう?」
その言葉に騎士たちがざわつく。そんな大規模な記憶操作の魔術など、おとぎ話の世界だ。
「ローザ、君が偽物の令嬢だね」
ギルベルトのギラギラと欲にまみれた目を見てすべてを悟った。
そうか、これが狙いか。
心の底が見え透くような笑顔を浮かべるギルベルトが気味悪い。
それと同時に、あぁ、これが本性だったのかと少しずつ冷静になってくる自分がいる。
ギルベルトの傍らに立つエレナを見る。
してやったり、そう言いたげな目をして笑っていた。
「さぁ、連れて行け」
ギルベルトのその言葉が合図だった。
騎士たちが動き出したと思うと、瞬く間にギルベルトを拘束した。
「何を!?」
ギルベルトは何が何だかわかっていない様子で、床に押し付けられている。
「……思ったとおりになった?」
「えぇ、さすがお姉さま」
私の言葉にエレナは朗らかに笑う。そして呆然としているギルベルトの顔をわざわざかがみこんでのぞき込んだ。
「気持ちいいくらい簡単に嵌まってくれたねぇ」
にやにやと笑うエレナの隣に立ち、私はギルベルトを見下ろした。
「あなたは私の言葉を信じてくれたわね。……そして利用した。そうでしょう?」
「何を言ってるんだ! ……え?」
威勢よく叫んだギルベルトの顔が一瞬で青ざめていく。エレナが魔術を解いたのだ。
「レヴィ家に娘は一人。それは事実。だけど忘れてることがあったわね」
パニックを起こし、うろたえるギルベルト。
その目の前で、黄色のドレスを身にまとう幼さの残る令嬢の姿をしていたエレナは、みるみるうちに、魔術師のローブを着た青年へと姿を変える。
「私には兄がいるの。王宮魔術師のウエルナ・レヴィ。思い出した?」
「え、あ、え? ……ウエルナ?」
私の言葉など届いていないと一目でわかる顔で兄の名前を呟くギルベルト。その前で兄は楽しそうにその場でくるりと回った。ローブと長い金髪がふわりと広がる。
「未来の義兄を忘れるなんてひどいじゃないか! ギルベルト!」
第一声がそれか。芝居がかった兄の言葉に頭を抱えそうになる。
「君がローザの婚約者になってから、家の物がずいぶんなくなっていてねぇ。随分稼いだんじゃないかい?」
そう言うと、兄は肩をすくめる。
「なぜ、そんな姿を……」
「なぜって、君、一丁前に僕のことを警戒していただろう。尻尾をつかませてもらうために君には僕のことを忘れてもらった!」
一人で楽しそうに種明かしをしている兄。こちらとしては突然兄が少女の姿になって、私や婚約者の周りをチョロチョロし始めたのだから困惑を通り越して恐怖を覚えた。
「まぁ、ローザに罪を擦り付けるために自分がやったと言う証拠を使うとは思わなかったけどね!」
そう言ってギルベルトが私を追い詰めるために使っていた紙の束を軽く叩いた。
「さぁ、君には窃盗の容疑がかけられている。君の悪事は時間をかけてしっかり吐いてもらう」
鋭い目つきに変わった兄さまは、騎士たちに目配せをする。騎士たちはギルベルトを立たせると引きずるように部屋を出ていった。
兄さまと二人になった部屋。私は久しぶりの兄さまの姿を見つめる。
「私、よくやったと思うわ」
「あぁ、よく屋敷の人たちに疑問を持たせずに受け入れさせてくれたよね」
「あぁ、それは簡単だったわよ。兄さまの奇行なんて、今に始まったことじゃないでしょう」
「それは傷つくかも」
「私のほうが傷ついてるわ。この時期に婚約者を失ったのよ?」
「まぁ、それは確かに」
乾いた笑い声をあげる兄。私は小さくため息を吐いた。
「なんで、あなたじゃなかったのかしら?」
自分が思っているよりも不貞腐れた声が出た。兄、いや、8年前にレヴィ家に養子に入った幼馴染がぎょっとした顔でこちらを見ている。
「……ウエルナは、バカねぇ」
「宮廷魔術師捕まえてバカとはなんだい」
「バカでしょうよ。なんでうちの家の養子になるのよ。おかげであんなのと婚約させられたわ」
レヴィ家は優秀な魔術師を支援しやすくするために養子にすることがあった。ウエルナはその一人だ。
「……わるかったさ」
「そのうえ、やっとできた婚約者をこんなことにしちゃうなんてね」
まぁ、助かったけど。そう言うと、ウエルナはきまり悪そうに頬を掻く。
「……でも、どうしてもローザをあいつに取られたくなかった」
唇を尖らせたウエルナに私は再び小さくため息を吐く。
ウエルナは変人だ。そして、年上なのにまだ子供っぽいところが多い。
「ねぇ、ローザ。君はいつになったら首を縦に振ってくれるんだい?」
「……あなたがウエルナ・レヴィじゃなくなったら、かしら?」
血が繋がっていなくとも、兄妹である以上婚約はできない。そう言うと、ウエルナの口は小さく弧を描く。
「……その言葉忘れないでね」
ウエルナの目が嬉しそうに輝いていた。
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1年後、ウエルナは筆頭王宮魔術師となり、叙爵する。レヴィ家を離れ、新しい家門の長となったウエルナは、私に正式に婚約を申し入れてきた。
「ほら、もう兄妹じゃないだろ?」
そう言って笑うウエルナに、私はやっと首を縦に振ることができた。
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