1 月影さやかに凛として
「Life of this sky」シリーズ8作目になります。
この「空 雨過天晴」でBBと決着が付きます。
いつの間にか、季節は秋の終わりに向かっていた。
エリィから始まった長い事件は、空の日本支局復帰で終わったが、復帰が決まった時はメインルームにいた全員が、大きく安堵のため息をついた。
博からの連絡を待っていたアンジーは、流石に待ち疲れて不機嫌そうだったが、それでも一番良い方向に落ち着いたことは嬉しかったのだ。
大急ぎで空の日本支局復帰に関する手続きを全て済ませると、アンジーは2人に会わずに帰ると言う。
「今頃何してるかは、想像するだけ馬鹿らしいわ。アイツに、空を殺さないようにって言っといて」
捨て台詞のように言い残し、支局を出て行ったアンジーには、きっと山のような仕事が待っていることだろう。戦いに向かう戦士のようなその背中を、支局の捜査官たちは敬意をもって見送った。
一方博の方は、メインルームに連絡を入れた後も、空の隣に座ってずっとその肩を抱いていた。時折優しくキスをするくらいで、流石にそれ以上の事はしていない。ただ片時も彼女を離さず、その存在をずっと確かめていたいだけだったのだ。
けれど、空の方は流石に疲れて来たらしく、またもや腹部の痛みが始まっていた。その様子に気づいた博は、慌てて空を抱き上げ医務室に駆け込む。
「遅いっ!」
ふみ先生の怒声が、彼の耳を突き抜けた。
結局空はその時から1週間、ベッドに縛り付けられることになった。
大人しく横になっていれば、特に痛みも無い。
けれど起き上がったらベッドに文字通り縛り付けろとヴィクターに言われているらしく、ふみ先生の監視は厳しい。なんだかんだでメンバーたちも時々会いに来てくれるし、博に至っては仕事用PCを持ち込んで病室に入り浸ってるので、退屈と言うわけでは無いのだが、趣味と言えるようなものが無い空にしてみれば、寝たままできる仕事が欲しいというところなのだ。
ふみ先生に注意されても、『空欠乏症重症患者なんです』と妙な言い訳をして笑っている博なので、監視しつつも諦めてしまった医師兼看護士である。
空のベッドの横でPC相手に仕事をこなしつつ、1つ作業が終わるたびに顔を向けて博はニッコリ笑いかけてくる。その度に笑みを返してはいるが、することがこれだけではため息もつきたくなる。
しかも彼は毎日、時間になると嬉々として空の清拭を行う。優しく丁寧なのは良いとしても、時々キスを落とされるのはちょっと困る。背中や項に唇を落とし「おっと、いけない」などと言いながら更に丁寧にその場所を拭きなおす。監視しているふみ先生に頭をポカンと叩かれても一向に懲りない彼だが、寧ろ空の方が恐縮してしまう。
自分を愛していると言う人に全身を拭かれている様子を見られている、と言うのは居心地が悪い。
そう思うだけ、成長したのかもしれないけれど。
空が復帰してメンバー6人に戻った筈なのだが、2人が医務室常駐のようになっているのでメインルームにいるのは結局4人だ。
「相手と場所が変わっただけで、局長様はここに不在のまま・・・ってか?」
つい、真が悪態をつく。
「こっちから顔を見に行けるだけ、前よりマシ」
あっさりと、真の言葉を切り捨てるように小夜子が答える。その場にいた春と豪も、仕事をしながらコクコクと頷く。真だとて、そんな事を言いながらも、心底今の状況を嫌がっているわけでは無いのだ。ちょっとした愚痴のようなものだ。
結局、空と博に甘い彼らだ。
そして漸く、空のベッド生活は解禁された。まだ内勤のみでトレーニングもお預け、毎日診察を受ける事という条件付きだったが、本人含め全員が喜んだことは言うまでもない。
きちんと定刻に出勤して自分の仕事用PCの前に座る彼女の姿は、やっと日常が戻ってきたのだと感じさせられる。その様子を見れば、一応博の方も自粛をしているのだろうと解った。実際、毎晩彼女を腕の中に抱き込んで寝てはいるが、キス以上の事はしていないのだ。
もっとも、4日目に空は午前半休を取ったので、その自粛は三日坊主で短期限定だったのだろう。
3日目の晩、腕の中に彼女を抱きこんでそのまま眠るつもりだった博は、ふと思いついた疑問を彼女に問いかけた。
「空、あの密命を受ける気になった理由なんですが、何故BBがクラップスの幹部ではないかと思ったんですか?」
空は、それはまだ言っていなかったと思い、推測した理由を話し出す。理由は幾つかあったが、拉致監禁されていた時にBBの部下から受けた暴行の内容まで話さなければならなくなった。
サカッた男の1人が、行為の最後に中米でよく使われる女性名を呟いたこと。
そんな男に、もう1人の男がやはり中米でよく使われる名前で呼びかけたこと、である。
その報告を聞いた時、疑問については納得した博だったが、それと同時に別の事に気づいた。
事件が終わった後、監禁中の出来事は医師の報告で解ったので、本人には確認しなかった。被害者である彼女に辛い思いをさせたくなかったからだが、聞いておいた方が良かったと思う。
多少なりとも、事態が変わっていたかもしれないのだから。
「空、気を悪くするかもしれませんが、T国で過ごした夜の事を、聞いてもいいですか?」
そこで博は思い切って、彼女に直接聞いてみることにする。
「はい」
空は、あっさりと短く答えた。
彼が気遣ってくれていることは充分理解できた。
けれど、どんなことがあっても報告は捜査官の義務である。
「・・・彼らに・・・その・・・酷いことをされたりしましたか?」
いや、そのコト自体が充分酷い事なのではあるのだが。
空は少しだけ考えて、事務報告のように答えた。
「・・・いいえ、それ程のことは・・・共有財産的な扱いだったようです」
過酷な日々を生きる彼らにとって、唯一の快楽だったのかもしれない。一応ひと晩に3人までで、順番も決めていたようだ。こっそり4人目として忍び込んできた男などは、後で袋叩きにあったらしい。
(共有財産って・・・娼婦じゃないですか)
覚悟はしていたが、やはり衝撃を受ける。痛ましそうな顔をする彼だが、空の方は淡々と続ける。
「火のついた煙草を、押し付けられた事が1度だけありましたが」
ここに、と空はパジャマを着ている胸の真ん中を指さす。
「何ですって!」
思わず博は起き上がり、隣に仰臥する彼女を見下ろした。
「あ、でも、もう跡はありません。最後に余った皮膚組織で、その部分をヴィクターが貼り替えてくれましたから。廃品利用だそうで」
もうパッチワークですね、と笑う空だが、そんな冗談は聞く方が辛い。
博は彼女のパジャマのボタンを外し、火のついた煙草を押し付けられたという場所を露わにする。
そして火傷跡があった筈の場所に、キスを落とし、癒すように舌を這わせた。
「・・・ぁ・・・ん・・」
ビクンと跳ねた体に向かい、博は小さく呟いた。
「跡が・・・見えたような気がしました」
そして、どこか悲し気な表情で彼女の唇をそっと塞ぐ。
せめて、辛かった筈の記憶を上書きできればいい、と思いながら。
彼女が感じまいとして蓋をした、沢山の苦しい感情を、全て洗い流せれば良いのに、と。
互いを癒し合うように、密やかな睦言が続く。
そして博は、想いを籠めて優しく彼女を抱く。
存在を確かめ合う行為は、熱く深く、そして果てしないほど長く続いた。
そんなある日、R国からの視察が入ると言う連絡が支局に届いた。
「急な事ですが、R国のアル=ジャンマールと言う人物が、ここに視察に来るので対応するようにという本部からの連絡です」
局長の言葉に、一瞬だけ空が眉を顰める。その様子を、彼は見逃さなかった。
「空?・・・彼を知っているんですか?」
「以前、何度か会ったことがあります。向こうの捜査官だった時ですが」
どことなく、あまり思い出したくない相手だという雰囲気がある。
「何か適当な理由を付けて、断っておきましょうか?」
彼女のこんな様子はかなり珍しいので、難しいとは思うが断ってみようかと申し出る博だ。
「いえ、そこまでではありません。・・・ただ、癖の強い人物なので、多少は覚悟しておいた方が良いと思います」
そんな空の言葉に、取り敢えず気を引き締めておこうと思う捜査官たちだった。
翌日、1階受付前のロビーには局長および捜査官5名、そして専任スタッフ2名までもが勢ぞろいした。
空港での出迎えは不要とのことだったが、何しろ視察に来るという人物の重要度が高かったのだ。
R国は中東にある小さな産油国で、王制を布いている。政治の中枢を占めるのは全て王の血族で、今回来日したのは軍を統べる第5皇子だった。視察の理由は、新たに自国にFOIの支局を開設したいためだと言う。日本支局のような、小規模なものを希望するので、そのための視察らしい。
そんな重要人物は、正面玄関の自動ドアから中に入ると、真っすぐに空に向かって駆け寄った。
「ああ、やっと会えた。寂しかったよ!」
彼女の手を取らんばかりに両手を差し出す人物だが、空は素っ気なく右手の掌を上に向けて横を示す。
「局長はあちらです」
完全な無表情だが『こっちは会いたくないです』と言う雰囲気をあからさまに放っていた。
「・・・む」
仕方がないと言う顔つきで、最高級のスーツに身を包んだその男は博の方へ歩を進めた。
「ようこそ、FOI日本支局へ。お待ちしておりました、アル=ジャンマール殿下」
重要人物の最初の行動に不審感が沸き上がるが、それを隠してにこやかに右手を差し出した局長に、その人物は場違いなほど明るい声で答える。
「いや、尊称無しでアミードと呼んでくれ。うちの国は、呼び方が色々と面倒なんだよ。こちらも、君たちが局内で互いに呼び合っている呼称を使わせてもらうから。ちなみに、Mr.高木は何と呼ばれてるんだい?」
差し出した手もそのままに、博はいぶかし気な顔で、それでも愛想良く答えた。
「博、と呼ばれています」
「では、博。よろしく頼む」
アミードはそこで漸く彼の手を取って、親し気に握手をする。浅黒い日焼けした顔だが、顔立ちはイイ男の部類に入るだろう。
「他のメンバーたちも、それで頼むよ。視察とは言っても、色々と自分で体験もしたいのでね」
(いつまで居るんだ? この面倒くさそうな殿下様は)
真は心の中で呟くが、顔には出さず真面目くさった顔で自己紹介を終えた。
アミードはロビーで護衛たちを返し、1人で支局内に入る。セキュリティは万全だという信頼もあるのだろうが、視察期間中はできるだけ自由に過ごしたいのだろう。護衛たちは建物の出入り口と周辺を警備する、という任務に入る。
博は一旦メインルームに戻り、支局内を案内すると言ってアミードを連れ出す。護衛代わりに、真と豪が付き添った。アミードは女性たちが全て残ると言う状況に少々不満そうだったが、楽しそうに部屋を出て行く。
「いや、日本女性と言うのは魅力的だねぇ。特にここの女性陣は、美人揃いだ・・・」
そんな言葉を残してメインルームを出て行ったアミードを見送ると、小夜子が早速空に尋ねた。
「アイツ、何? もしかして、昔何かあったの?」
「ずっと空さんの事、チラチラ見てましたよ。何か、ご執心って感じで」
春も、空に詰め寄ってくる。空は、仕方がないと言った様子で説明した。
「アミードは、会う度に『妻になってくれ』としつこく言ってたんです。ここでも言うのかは、知りませんが」
「妻ぁぁ!」
二人の声が重なった。それはつまり、プロポーズではないか。
「R国は一夫多妻制で、王族は7人まで妻を娶れます。その第7夫人になってくれということでした」
空は、淡々と説明する。
「・・・7人・・」
春は呆気に取られてしまった。
全ての妻は平等に扱うことが基本なので、財力が無ければ出来ない事だろう。
「彼はどうやら、私にお国の民族衣装を着せたいらしいです」
いや、服を着せたいだけで妻にする人間は少ないだろうと思う。
「民族衣装って、アラビアンナイトみたいな?」
小夜子の質問に、空は面白くも無さそうな顔つきで答える。
「フェイスベールは要らないということでしたから、ベリーダンサーのような衣装なのではないかと」
どっちにしても、露出度は高そうだ。
「似合うわけはないのですが」
困ったようにため息をつく空だが、確かに着たとしても色気は完全に足りないだろうと思う。黙ってじっとしていて、お得意の完全無表情ならば、だが。
けれど小夜子と春は、空がその衣装で動けばそれだけで相当美しいのではなかろうかと思う。
「空はベリーダンス、踊れるの?」
「踊ったことはありませんが、動画でも見れば動きをトレースすることは出来ると思います」
(ちょっと見たいかも・・・)
小夜子も春も、同じことを思う。頭の中で想像を始めたような2人を見て、小さく溜息をついた空は、そう言えばと話題を投げかけた。
「ベリーダンスは、ダイエット効果があると言う話を聞きましたが・・・」
「あっ、私も聞いたことある!」
「あれって、ホントなのかしらねぇ?」
急に情報交換を始めた2人を見て、何とか誤魔化せたと思う空だった。
それ以来アミードはメインルームに入り浸り、仕事中にも関わらずせっせと空に話しかけている。
「ああ、ソラーヤ。天上の女神よ。そんなに忙しくして大丈夫なのかい?」とか
「美しいソラーヤ。休憩して、お茶でもどうかな?」とか。
挙句の果てには
「ソラーヤ、夜の営みはどうかな?」
とまで言い出す始末だ。けれど最後の台詞に、空は一瞬動きを止めて向き直る。
(聞き慣れ無い言葉ですが・・・夜の?・・営みの字は営業の営だったような)
「24時間対応ですが」
支局の営業時間に対する質問かと思ったので、そう返事をする。
「おお!それは素晴らしい!」
喜色満面のアミードと、近くで聞いていた仲間たちが額に手を当ててため息をつく様子に、首を傾げる空だ。おそらく今までも、こんな調子だったのだろう。超が付くほど前向きな殿下様は、脈ありと思って未だに諦めずにいるのだ。
その晩二人の部屋で、漸くホッと息をつくことが出来た時、博がふいに呟いた。
「・・・ソラーヤ、ですか」
「え?」
「確か、向こうの言葉で『明けの明星』の意味でしたね。金星・・・ヴィーナスの事ですね」
博は内心、上手いこと名付けたなと思う。
「・・・そう呼ばないでくださいね」
空が嫌そうに答える。近頃以前と比べて大分感情を表せるようになったと喜ぶ博だが、いきなり聞こえてきた微かなノックの音に顔を顰める。防音は完璧な設備だが、博の耳は特別製だ。
「また、来ていますね」
このところ毎晩、隣の空の部屋をノックする人物が誰かは、言わなくても解る。
諦めるまで待つしかない、博と空であった。
そんな日が、3日4日と続けば、空もメンバーたちもイライラしてくる。博に至っては、肩書さえ無ければ今すぐにでも、彼の襟首を掴んで外に放り出したい気分なのだ。
そんな時、支局に本部から依頼が届いた。
E川の河口にある、商社ビルの潜入調査だ。例のクラップスが、また新しい合成麻薬の製法を入手したらしく、その製法の詳細データを拠点があるA国に持ち出す寸前であるという。そのデータが商社ビルにあるうちに潜入してデータを回収せよ、というのが依頼内容だった。
それを聞いて、当然自分も行くと言うアミードを止める術は無い。
博としては、まだコンディションが100%ではない空を参加させることを躊躇ったが、本人は行くと言い張った。
「基本、後方支援に徹します。ここに留守と言う事になったら、アミードもここに残ると言い出しそうです。二人きりには、なりたくないです」
確かにその通りだと納得した博は、全員出動を命じた。
時刻は18時を回っていた。日没はとっくに過ぎていたので、河口付近も夜の帳に包まれている。潜入先の商社ビルも就業時間を終えて、灯りは殆ど消えている。
捜査官たちは、2台の車に分乗して目的地の直ぐ傍の川沿いに車を停めていた。アミードの護衛たちは、別の車でそこから少し離れた場所に待機して貰っている。
いくら体験とは言え、殿下様に潜入をさせる訳にはいかない。博と春そして空と一緒に、車の近くで遠くから様子を見るということにしてもらった。
「緊急事態以外は、声を出さないようにお願いします」
一応釘を刺す博に、アミードは嬉しそうに答える。
「了解、了解・・・」
ソラの傍なら、犬小屋に居ろといっても喜びそうな殿下様である。
「では、私は周囲の警戒にあたります」
空はそう言ってスマホを持った。今晩は後方支援のため相互通信が必要になる。そして、ウィップを使い近くの小屋のような建物の屋根に跳んだ。いつものピッタリとした黒のTシャツと黒のパンツ姿は、久しぶりだ。屋根に上がって立つと、商社ビルの周囲が良く見えた。
満月が昇ってきた。
11月の良く晴れた夜空から、さやかな月影が屋根の上の空の肢体を照らす。
気負うことも無く静かに佇む彼女の姿は凛として美しく、見る者の目を奪った。
やがて、潜入したメンバーたちから、次々と報告が入り始めた。
「製法データを金庫から出した人物を見つけました」
「追っています。地下室に入った模様」
「地下室に、下水道に降りれる蓋を発見・・・降りた男が小さな筏のようなものを、小さな筏に乗せて流しました」
博は最後の報告を聞くと、即座に春に指示を出す。
「下水道施設台帳を調べて、排水口を特定しその場所を空に伝えてください」
そして、空のスマホにも通信を入れる。
「下水の排水口から、データを乗せた小さな筏状のものが出ます。それを回収してください」
空は即座に屋根から飛び降り、川に沿って走り出す。
「満潮時間は1時間程前なので、引き潮が始まっています。今日は満月で大潮なので、川に出たらかなりの速度でデータは海の方に流されます。急いでください」
スマホのスピーカーから流れる博の声を聞きながら、空は春から連絡を受けた排水口を探す。
金属格子がほぼ破損しているその場所を見つけたその時、30cmほどの長さの筏が川に落ちた。
川に落ちた小さな筏の上には、厳重に包まれているらしい塊が見える。
筏は驚くほどの速さで流れ始めたが、その瞬間、空のウィップが伸びて筏ごと塊を捕えた。
無事にデータを回収し、依頼は完了した。
支局に戻り、本部への連絡やデータの送付など全ての仕事が終わった時は真夜中になっていた。
捜査官たちは、速やかに休息に入りたいところなのだが、初めての現場見学に興奮しているアミードの言動が治まらない。全員が、不機嫌になりつつある中、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい空が、氷点下の口調で彼に告げる。
「いい加減にしていただけませんか。寝室にお引き取りください」
「そんなに連れないことを言わないでおくれ、ソラーヤ。君の魅力に酔い痴れているんだよ。ああ、でも解っているんだ。そんな風に言っても、君は決してその美しく礼儀正しい言葉遣いを崩さない。本心では僕の事を・・・」
彼の言葉を最後まで聞かず、空はソファーに座るアミードにつかつかと近づく。
そして、手に持ったファイルをポイっと投げると、彼の目の前でドカッと右足をローテーブルに乗せる。そして右腕をその足に乗せ、グイっと顔を出すと低い声で言い放った。
「煩いっつってんだろうが!これ以上グダグダ言ってると、ケツの穴に銃口ねじ込んでぶっ放すぞ!」
場の空気が凍り付く。つい忘れがちだが、彼女はスラム出身だった。
普段は決して行わない言動だが、その気になればこの通りである。
空は装備したままだった銃をホルスターから出し、ローテーブルから足を下ろすとアミードから少し離れて立ち、冷ややかな目で彼を見た。
「・・・・・・ヒッ・・・」
息を呑んだままガタガタと震える殿下様は放っておいて、博がそんな空の傍に近寄る。
そしてその腰に腕を回し、グイっと引き寄せると、そのまま彼女の唇を奪った。
長く濃厚な、恋人のキス。
やがて博は、彼女の唇を開放するとVIPである皇子殿下に向かって、ニッコリと微笑んだ。
「こういう事ですので、悪しからずご了承ください」
要するに、とどめの一撃と言うわけだ。
翌朝には、視察団御一行様は支局から姿を消していた。