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 時刻はまだ十時近く、帰宅するサラリーマンやOLさんが駅にあふれている。それを遠目で見ながらこそこそと人気のない自転車置き場で二人を待った。未成年の俺達は条例で深夜に出歩けない人間だ。それにここでヤンキー集団に絡まれたら俺はカツアゲされる前にお金を出すしかない。

「お待たせー!!初夏!!」

「悪い、遅くなった!!」

 自転車に乗った佐藤と山本が手を振ってやってきた。


 二人に鈴木との電話で聞こえた変な声の事を話し、これから鈴木宅に向かうと伝えた。二人は信じてくれなかったり心配し過ぎと言うと思ったが、一緒に行くと言ってくれた。

「来てくれてありがとう。あれ持ってきてくれた?」

「うん、持ってきた。牛乳。」

「牛乳を持ってこいって変だよな。普通、清めの塩とか聖水とか銀の十字架とかなのに。」

「俺の親戚が言っていたんだけど、ムマっていう化け物は牛乳を持っていけばいいって言っていたんだ。」

 親戚ではなく喋るメデゥサの生首だけど。


 佐藤が「実は……。」と言ってスマホを見せてきた。

「俺達の画像には変化がないんだけど、撮った山本が呪いの画像にちょっと変化しているんだ。」

「呪いじゃないよ、魔法だよ。でも佐藤達に送った画像には変化はなかったみたい。」

 そう言って山本は、俺にその画像を見せた。

 だが俺の目には何も変わっていないようにしか見なかった。それに気が付いた山本は指を指して教えてくれた。

「ほらさ、ここに新たなゴミっぽいものが映しこんでいる……。」

「ゴミじゃない!目だって!!」

 佐藤が画像を拡大すると新たに目のような物が映っている。

「ぎゃあああ、二個に増えている!!このまま増殖するのかよ……。」

「なあ、これテレビ局に送ったら売ったらお金もらえるのかな?」

 目が増えてゆく画像を恐れ絶望する佐藤、画像を売ることを考えてほくそ笑む山本。対照的な二人を見て呆れた。その後、「一応、送ろうか?」と山本が言って来たので、佐藤と俺は丁重にお断りした。


 鈴木の家に行くのは初めてだが、住所は知っている。

「こいつ筆まめだよな、年賀状を送ってくるなんて。そう言えば鈴木って書道有段者だよな。」

「その達筆な字でアニメの夕日ちゃんの事を書いてあって、ちょっとウケた。」

「こいつだけだったな、年賀状送ってきたの。」

 今の時代、新年のあいさつはスマホのメールで済ますのが普通だが、鈴木は秘密結社の俺達の他にクラスの友人、学校の先生、親戚など親しい人間に送ったようだ。


 年賀状に書かれた鈴木の住所とスマホの地図アプリを頼りに、俺達は向かう。等間隔で灯す街灯の道を通り、コンビニやファミレスを通り過ぎていく。アプリを頼りに進んでいくと他のテンプレのような住宅ではなく、ひときわ目立つ広い庭付きで洋風の三階建ての屋敷に着いた。

「おい、佐藤。本当にここか?鈴木の家、でかいんだけど。」

「住所はここだって指している。ほら、鈴木の表札に藤臣って書かれてある。」

「お邪魔しまーす。」

 勢いよく山本はインターホンを押したが音は出ない。壊れているようだ。

「なあ、ここって本当に住んでいるのか?」

「どういう事だよ、佐藤。」

「ほら、あの部屋。家具とかないよ。芝生も雑草でボウボウだ。」

 洋風の柵から屋敷を見ると広いリビングだろうと思われる部屋が見えた。だがソファやテレビとかあるはずだが、そういった家具はなかった。

「それに十時で家の電気が全部消えているっておかしくない?家族全員九時就寝なんてありえないし。」

「そうだよな。ん?ちょっと!山本!!」

 スタスタと雑草だらけの芝生を歩いている山本。俺に気づくとヘラヘラして手を振っていた。こいつ、いつの間に敷地内へ入ったんだ?

「勝手に入ったらいけないだろ!」

「えー、応答ないし電話しても出ないし、ヤバい状況だろ。緊急事態、緊急事態。」

 そう言って山本はリビングらしい窓から、靴を脱いで入って行った。こいつの思いっきりの良さに羨ましい気持ちになる。

 一緒に見ていた佐藤は大きく溜息をついた。

「山本、入って行っちゃったね。」

「俺、見なかった事にしたいんだけど。」

「無理だろ、佐藤。」

 大きく溜息を吐いて「入りたくねえ……。」と佐藤はつぶやいたが、結局俺と共に山本が入ったリビングの窓から入り、鈴木邸に不法侵入した。



「よくあるホラーゲームの舞台みたいだ。」

「ははは。でも普通は拳銃とか武器を持つけど、今の俺達の武器って牛乳しかないね。」

 コンビニの袋をガサガサと音を立てながら山本は見せてきた。牛乳が装備品のゲームなんて、聞いた事がない。もしあったとしても、きっとクソゲーだろう。

 だがそれ以前の問題がある。

「鈴木はここに住んでいるのか?蜘蛛の巣があったり、家具無い部屋が多いし、引っ越ししたんじゃないのか?」

「住んでいる可能性はあるよ。ほら、これ。」

 廊下に一定間隔で置かれてあるゴミ袋を佐藤は目を向けた。

「ゴミ袋の中、先週発売されたコンビニ弁当とか飲料水がある。それとほら、これ消費期限が今日までのサンドイッチの袋だ。」

「お!すごい推理!名探偵だ。」

 少し興奮気味に山本は言うと佐藤はフフンとドヤ顔をかました。そういえば佐藤はミステリーとか好きだからな。

 更に進んでいくとある部屋の周りが他の場所に比べて、なんだかおかしかった。弁当のプラスチックの容器やペットボトルが何本か入ったゴミ袋が置いてある。そして物音、腐敗臭。

「臭い。何か腐らしたのか?」

「音はするけど、別に匂いはしないよ。」

 一番きつい匂いがするドアの前に立った。何の迷いもなく山本がドアを開けようとするので、俺は引き止めた。

「ここ、入るのか?なんかやばそうだよ。」

「でも初夏、鈴木はここにいるんじゃないのかな?物音もするし。」

「山本、お前、怖くないのか?」

「ワクワクしている。」


『あけて』


 突然甲高い声が聞こえた。佐藤はうんざりしたように言った。

「山本、変な声出すなよ。」

「出していないよ。初夏?」

「こんなに高い声は出ないよ。」

 一瞬にして俺達は青ざめ、黙り込んだ。ゆっくりと目を閉じて、様々な選択が思いついたが全部捨てて最初の目的を選んだ。

「よっしゃあ!入るぞ!」

 目をキラキラさせた山本も若干震えている佐藤も「おう!」と言って急いで牛乳のパックを開けた。意気込んだ割には、俺達の姿は悲しいほど間抜けだ。聖水でもなく銀の十字架ではない、牛乳である。ワクワク感もない絵面であることは間違いない。マンガだったら打ち切りレベル。


 それでも「うおおおお!」と気合を入れてドアを開けた。

「ねえ、教えてよ、シューニャの魔導書。」

「うう、重い。」

「だから、あなた、フルール・ド・リスなんでしょう?」

「……うううん……。」

「……。」


 薄暗い室内だったが、まず目に映ったのはソファをベッド代わりに仰向けで寝ている鈴木が見えた。鈴木は苦悶の表情でうなされているが、それもそのはず。見慣れたオレンジのフリルがたっぷりのワンピースと同じ色のツインテールの女の子、夕日ちゃんが馬乗りになっているのだ。だが公式設定年齢の十三歳よりかなり発育した体をしていた。大きく膨らんだ胸と扇情的なラインのウエスト、サイズの小さ目なワンピースだから足の付け根が見えそうなくらいスカート部分は短く、そこからのびる足は細く、動くたびにそちらに目がいく。


 アニメを同じ声で大人の夕日ちゃんが、鈴木の頭を撫でながら言葉を紡ぐ。

「ねえ、だから、シューニャの魔導書……。」

 はっきり言って「失礼しました。」とドアを閉めたくなった。多分、後ろにいる佐藤も山本も同じ気持ちだろう。

 頭が真っ白になり思考が停止している俺達に、夕日ちゃんが俺達の方を見た。笑顔だが目の奥が暗く、見つめられると背中がゾクと寒くなった。そしてあの甘い香りが鼻の奥で痛みが生じると同時に、あの日の夏の恐怖が体中に駆け巡った。

 それを振り払うかのごとく、俺は動いた。


「うおおお、消えろ!!!」


 持っていた牛乳のパックを勢いよくぶっかけた。避ける事もせず、夕日ちゃんは頭から真っ白い牛乳がかかった。元々ぴったりと着ていたワンピースだから濡れて更に蠱惑的な体のラインがより強調され、しかも白い肌が服に透けていた。細い脚から垂れる白い牛乳はポタポタと落ちていった。


 ……あれ?てっきり日を浴びた吸血鬼のように悶えて灰にでもなると思ったが、夕日ちゃんは反応がない。いつの間にか大きな赤い瞳で俺を見ていた。顔立ちは大人びているが、幼げな雰囲気は残っており何も知らない大きな瞳と俺の視線が合う。なぜかわからないがものすごい罪悪感が駆け巡った。

 ふっと夕日ちゃんの吐息が聞こえた。

「はあああ、快感!」

「はあ?」

 てっきり悶え苦しむと思っていたのに、なんでだ?ものすごく嬉しそうだ。

「なあ、おい。あんた、シューニャの魔導書って……。」

「うーん、フルール・ド・リスなの?あんた達。」

「違うけど……。」

「あ、そうなの?あまり関わりたくないんだよね、シューニャの魔導書について……。じゃ、私はこの件については終了ね。」

 ソファから降りて妖艶な動きで俺に近づいて見上げた。

「私はこれで去るけど、あの悪魔は多分しつこいよ。不思議ね、悪魔が悪魔を呼ぶって。」

「悪魔?」

 かけられた牛乳、愛らしく舐めながら俺を見て「ばいばい。」と言い大人の夕日ちゃんは、目の前でポンと小粋な音を立てて消えた。そして今まで馬乗りにされた鈴木がもぞもぞと起き出した。

「うお、冷たい。え?何だ?……あれ?初夏?」

 寝ぼけているのか、半目で鈴木は俺達を睨んだ。





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