表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

 俺はあまり古本屋の二階には行かない。小さい頃から二階は父と祖父の書斎でもあり、また稀覯本が保管しているから入るなと言われていたからだ。

 二階に上がり部屋に入ると大きな曇りガラスの棚が左右対称に置かれ圧倒される。そして奥にある大きな机。机の上には一輪挿しがあり折り紙で折られたユリがさしてある。棚と机の配置、ユリの折り紙、前に用事で来た時と同じだ。そして最近まで使っていたようにきれいだ。一階の店内は本で散らかって、埃まみれなのに。また窓が棚で隠れているためか、電気をつけてもどこか不気味だったので進んで入ろうって気がしない。

「右よーし、左よーし!うん、誰もいない。あれは空耳、幻聴でぽっと出の魔女っ娘に振り回され疲れていたって事だな。」


 ……ガタ。


「……。」

 変な音が聞こえてきた。このままだと気になって眠れない。

 意を決して部屋に入った。

「うーん、物が落ちたわけではないんだよなあ。」

 部屋を見渡したが、何も変化はなかった。

「ふ、やっぱり、これも幻聴で決定だ。」


『机、一番上の引き出し 開けろ。』


 決定したと言うのに、なんでまた謎の声がするわけ?

 嫌がらせのような展開に少々面倒くさくなったが、声の言う通りに机へと向かい、一番上の引き出しの取っ手を掴んだ。だがそのまま開ける事が出来なかった。

 俺は普通の男子高校生より様々なライトノベルや漫画、アニメに触れてきた。だからこそ引き出しを開けたらどうなるかという展開が頭の中で爆発的に思いつく。

 青い猫型ロボットが出る事はあり得ないがそれでも何らかの呪いの物とかあったらどうする?開いた瞬間、冷たい手がにゅっと現れて俺の手首をつかむとか……。

 そう考えると背筋が瞬間冷凍されていき、一気に指先まで冷えてしまった。このまま、手を離して踵を返して、明日から普通の日常に戻るのもいいかもしれない。だがそれはそれでまた今後も恐ろしい事が起こるかも。

 「よし!」と気合を入れ、勢いよく引き出しを開けた。


 引き出しにはカラカラと音を立てて転がったボールペンがあった。


「……。」

 これは思いつかなかった展開だけど、大みそかの番組で見た事がある。

『閉めろ。』

 言われた通りに閉めた。すると今度は『一輪挿し 回せ。』と言う指示が聞こえてきた。言う通りにした方が良い気がしたので、机に備え付けてある一輪挿しをまわした。

「へえ、回るんだ。」

『二番目の引き出し 開けろ。』

 命令口調でどんどん支持する声に辟易したが、指示に従う事にした。『閉めろ。』『一輪挿し 二回 回せ。』『一番下の引き出し 開けろ。』くらいしかないのだが、やっていくうちにちょっとワクワクした。


 そして『一番上の引き出し 開けろ。』と指示があり、引き出しを開けた。またボールペンがカラカラって転がるのかと思ったが、なんとボールペンと一緒に鍵があった。

「うおおお!すげえええ!!何、この机!すげえ……。」

『その鍵を机の左隣にある棚の鍵穴に差し込め。』

 もう少し感動に浸りたかった。気の利かない声に従い、棚にある鍵穴に鍵を差し込んだ。


『こんばんは。秘密結社 空中楼閣 黒幕さん。』


 挨拶と一緒に秘密結社結成時につけたどうでもいいコードネームで呼ばれ、面食らった。

 棚には本が全くなく丸い額にはめられた生首のみがあった。顔はきれいな形だが髪ではなくヘビが頭皮を覆い、俺を見てシャーと威嚇した。


『初めまして、私はメデゥサだ。』


 生首は目をつぶったまま口を開き、落ち着いた声で名乗った。

「……。初めまして。初夏晴明です」

『……お前、すごいな。私の姿を見ても驚かないなんて。まあ、人が突然現れてもパニックにはならなかったし。』

「うーん、こうも堂々と異常現象が起こると、なんだが冷静になっちゃうんだ。それにそういうのよく見ているし、二次元で。」

『お前は次元を越えられるのか?フルール・ド・リスとは全く真逆な能力を持っているんだな。』

 いやいや、次元ってのはそう言う意味ではなく……と解説しようと思ったが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「フルール・ド・リスって知っているの?と言うか、この家にシューニャの魔導書ってあるの?」

『フルールはお前の父親 初夏立春だぞ。それとシューニャの魔導書はここで保管していた。』

 様々な記憶が呼び起こしていく。こんな中二っぽいコードネームを名乗っている奴って一体誰だろう?と笑っていたあの時の俺をぶん殴りたい。まさかの父親だったとは。

『悶絶している所悪いが、秘密結社 空中楼閣という名も人の事は言えない。』

「一人で名乗っているわけではないので、セーフだ!」

『秘密結社 空中楼閣 黒幕は?』

「黒幕は冗談でつけたんだ!」

 そこでハッと思い出した。

「そうだ、イツさんとゼンさんに伝えないと。俺、そんなものは知らないって言っちゃった。」

『はあ?いいんだよ、このまま知らないで通せ。』

「なんでだよ。彼女たち、魔導書を写本したいから、はるばる地球の裏側の極東の島国の田舎まで来たんだぞ?あの子の村人、病気で大変なのに!」

『はあ、嘘に決まっているだろ?村人全員が病って絶対嘘!あいつは計画的にここへ来てシューニャの魔導書を狙って悪巧みを考えている。』

「本当かよ……。」

『そうだな、まずシューニャの魔導書がどのように作られて、どのようにここまで来たか語るとしようか。』


 おとぎ話をするように、メデゥサは語る。

『十五世紀のヨーロッパに突然現れた流浪の民がいた。エジプトから来たと考えられていたが、彼らは後々の研究でインド北部から何らかの理由で、紀元千年頃から移動して辿り着いたというのが定説だ。その後も様々な流浪の民が入り、その中にシューニャの民も入ってきた。』


 定説って……。お前もわかっていないんだな。と言おうとしたが、やめておいた。


『まあ、シューニャの民がその頃からいたのか、ヨーロッパに着いてから集まったのかもよくわからない。彼らはひっそりと魔法を守り、原住民に占いしたりして生計を立てていた。そんな彼らに大きな変化があったのは、魔女狩りで逃げてきた魔女たちを匿った事だ。彼らは占いとか言動などは教会の教えに反していたが、なぜか魔女狩りの対象にはならなかった。そう言う事もあり魔女狩りの対象になった者たちは、シューニャの民に助けを求め、匿ってもらい、お礼に自分の魔法などをシューニャの民に教えたのだ。その時、シューニャの民は初めてヨーロッパの魔法に触れ、感動しもっと知りたいと考えた。』


「つまり、シューニャの魔導書はヨーロッパの魔法を収めた書なのか?」

 メデゥサは『最後まで聞け。』とたしなめる。


『時は大航海時代だ。様々な国々へとヨーロッパ人は行き、植民地にしていった。ガレー船の船漕ぎや下働きとしてシューニャの民は外国に行き、魔法を究めようと考えた。新大陸のアメリカを始め、アフリカ、自分たちの故郷インド、植民地とは違うが地つながりでロシアにも足を運んだ。彼らは純粋に魔法を調べ上げ、極めていった。私もまた、その時代に見つけられた。』


 メデゥサは、どこか遠い過去を思い出しているようだった。


『だが彼らの世界の魔法を調べつくすという命題は、ある気まぐれな占いで終えようとした。当時シューニャの中で一番予言能力を持つ女性、エジプトやインド、インディアンやマヤ文明の知識を得て更に進化させたシューニャの占い師たちがある事を占った。【シューニャの民の未来について】だ。そしてすべての予言と占いはある一つの絶望的な答えが出た。【シューニャの民が知りえた魔法は滅びる。我々は圧倒的な力により、シューニャの民はほとんど消える。その力が去ったとしても、我々の手で長い時間をかけ魔法は消えていく】と。この絶望的な占いにより、全世界に広がったシューニャの民は魔法の研究をやめた。そして今まで培った魔法のすべてを書に記した。せめて滅ぶと言うなら書として残そうと考えたんだろう。それをアメリカのある地に集め隠した。その数、約千冊。』


「はあ?千冊!!そんなにあるのかよ!!と言うかヨーロッパ内だと思っていたけど、全世界の魔法を究めようとしたのかよ!!そいつら!」


『まあな。魔法に貪欲だったんだろう。でもこの占いで一気に冷めたらしいし、変わっていく自然環境や乱獲により魔法に使う動物や植物もいなくなり、それまで出来ていた魔法が出来なくなった。さらに第二次世界大戦が起こる。そこでは多くの仲間が死んでいき、圧倒的な科学の力を目の当たりにして彼らは空しさを覚えた。そして彼らはもう魔法に取りつくより、資本主義で現代的な生き方がしたいと思うようになった。』


 やばい、悲しくなってきた。魔法より現代的な暮らしがしたいって。夢がない。なさすぎる!

 メデゥサは『ここまで質問は?』と尋ねてきた。


「そう言えば、イツさんが言っていたんだが魔導書を書き写さないと魔法は発動できないって言っていたけど、シューニャの魔導書も千冊全部、自分の手で書いたのか?」

『そうだな。シューニャの魔導書は基本的に写本だ。それに魔導書は呪文を唱える前に、まず写本をしなくてはいけない。』

「うわ、面倒だな。コピー機とか使えないのかよ。そうすれば、自分で書かなくても機械で何枚でも量産できるのに。」

『ふ、ゆとりだな。』

 ほんの少しイラッと来た。なんでゆとり乙って言われなきゃいけないんだ!


『他に質問は?無いか。じゃあ、続けるぞ。その後、シューニャの民は現代的な暮らしをするために、まずは祖先が残した魔導書を誰かに譲ろうと考えた。そこで目をつけたのが、魔法も知らぬ海外で大きなことをしようとした男。そいつに千冊もある魔導書と私を含めて魔法がかかった芸術作品を売り渡した。フルールの祖父だ。』


 つまり俺の曾爺さんって事か。


『だがこれを全部、高値で売ろうとしたがなぜか買い手はつかず、そこそこの名家だったが、そのせいではないけれど散財してしまった。その後、フルールの父 ベニーがこの家を引きついて高度成長?バブル?まあ、いろいろあって一代で財産を増やして全部失った。』


「浮き沈みの激しいんだな、俺の家って。全く知らなかった。何と言うか、びっくりするくらい実感ないんだけど。」

『こうして生首が喋っているのに?』


 話を進めようとした時、スマホから着信音が聞こえた。

「ああ、ごめん。メデゥサ。ちょっと電話に出ていいか?」

『ああ、良いよ。しかしずいぶんとでかい携帯電話だな。』

「携帯電話じゃないよ。スマートフォン。略してスマホ。」

 メデゥサは『ほう。』と関心たような顔を浮かべた。

 スマホの画面を見ると電話の相手は鈴木だった。あ、しまった。鈴木の時計、見つかったのに連絡していない。

「あ、鈴木。時計は見つかったから。」

『……ムマがくる。たすけて。』

「え?なに?なんて言った?え?」

『ん?どうした?』

 鈴木のぼんやりとした声が聞こえてきてほっとした。ついさっき、ノイズ音と一緒に変な声がしたからちょっとビビった。気のせいか?

 あくびしながら鈴木は話し始めた。

『……どうした?』

「時計あったから、お前の本棚に置いたよ。」

『あー、よかった。わざわざ電話してくれてありがとう。』

「え?何言ってんだよ。お前が連絡してきたんだろ?」

『……。ムマがくる、たすけて。』

「またそれかよ、ムマって何さ。」

『なんだそれ?まあいいや、電話、ありがとう。ふあああ、眠い。……それじゃあ。』

「うーん、そんじゃ……。」


『助けて 『ムマが』助けて『くる ム』助けて助けて助けて『マ』助けて助けて助けて『が』助けて助けて『ムマがくる』助けて助けて『ムマが』助けて』


 聞いた瞬間、ぞっと背筋が凍り反射的に自分のスマホを投げた。未だにボソボソといろんな人間が一斉につぶやいたように聞こえる。まだ耳にこびりついているかのごとく、頭に残った。

 恐る恐るスマホを見ると画面は壊れておらず、ほっとした。だが着信履歴を見たら、さっきの鈴木との記録がなかった。


 もう一度、鈴木に連絡するがコール音のみで出ることはなかった。

『お前さ、化け物の私や突然現れた女とかは全然ビビらないくせして、電話してビビるってどうなの?』

「だって変な声が聞こえてきたんだよ!『ムマがくる 助けて』って」

 メデゥサは『ムマ?』とつぶやくと、フフッと笑った。

『ムマね。別に助けなくてもいいんじゃないか?いい経験になりそう。大人の階段を駆け上がることが出来るよ。』

「どういう意味だよ。ああ、もう!ちょっと鈴木の家に行ってくる。」

『牛乳を持って行けよ。それからシューニャの魔導書について何も話すな。秘密結社内の人間でもだぞ。』

 メデゥサのアドバイスと警告に俺は頷いて部屋を出て、すぐに佐藤と山本に連絡をした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ