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 さて一体どうしてこうなったのか?

 爽やかな五月晴れの月曜日の放課後、俺達四人で大事に守っている機密文書を読んでいたからか?

 山本 滋雨が「実際Cカップってどのくらい、すごいの?」とどうしようもない疑問を口にしたからか?

 佐藤 ほたるが「Cカップはそこまで、すごくないらしいよ。」と誰から聞いたかわからない情報をさらしたからなのか?

 鈴木 藤臣が「大きいからいいとか、小さいから悪いんじゃない。大切なものはぬくもりと柔らかさだ。」とバカバカしい原点回帰的な事を言ったからなのか?

 俺が「じゃあ、この中で誰が一番好き?」と大勢の水着美女集合写真を見せて、「せーの!」と言って四人で一斉に指差したからか?

 そもそもこの言動で、真っ黒のローブを着た金髪の美少女を召喚できるのか??


 十畳くらいの広さがある畳の部屋だがラノベや漫画、アニメのDVD、ゲームなどが詰まっている本棚が四つと『黄昏魔女っ子 夕日ちゃん』の立て看板とポスター、そしてむさ苦しい男子高校生四人がいるためか、結構狭い。

 そんな部屋で俺達はひっそりと機密文書を読んでいる時だった。バチッと電気がショートする音と震度三くらいの揺れといきなりの突風が突然生まれ、テーブルの上に日の光のような輝く金髪の少女が現れた。どんな預言者でも予想できないこの状況に俺達は口をぽかんと開けて間抜け面をしばらく晒していた。

 少女は俺達と同じくらいの歳くらいか。意志の強そうな紫の瞳とすっと伸びた高い鼻梁、そして霧のような真っ白い肌。整った顔立ちだから笑えばきれいなのに、真っ赤な唇が真一文字で表情は硬く、こんな登場の仕方をしなくても近寄りがたい雰囲気がある。

 俺は思考停止した頭を再起動させて「君は誰?」と尋ねようとしたが、少女は白い杖のようなものを俺の眉間に突き付けた。よく見ると漫画とか映画とかで見られる羽ペンだった。


「お前がフルール・ド・リスか?」


 羽ペンを突き付けたまま澄んだ紫の瞳で俺達を見てそう尋ねた。日本語はしゃべれるようだ。

「もう一度言う、お前の誰がフルール・ド・リスか?」

 ただ尋ねられている内容はよくわからない。フルール・ド・リスってなんだ?人の名前なのか?当の少女は説明をしないままテーブルの上で貧乏ゆすりをしながら、声を荒げて同じことを繰り返して言う。

「聞いているのか?フルール……。」

「ちょっと待って!その前に……。」

 この四人の中で一番冷静な佐藤が少女の話に割り込み、指差した。

「下を見ないでテーブルから降りて。」

「はあ?下を見ないで?」

 佐藤が「見ないで」と言ったのに、少女は足元を見た。彼女が乗っている背の低いテーブルには俺達がさっきまで読んでいた機密文書という名のエロ本が置いてあったのだ。

 何も言わずに少女はテーブルから降りた。その瞬間、凄まじい速さで俺達四人は機密文書を彼女の視界から見えない所に隠す。いろいろ頭の中はパニックだが、この本を隠さなければ話は進まない。


 すべての本を片した後、汚物を見るような眼差しの少女に向き合った。

「それで、一体どういうご用件でしょうか?」

「……お前達の誰がフルール・ド・リスなのか?」

 こんな汚物と会話するのも嫌だと少女の澄んだ瞳からにじみ出ている。テーブルから降りても高圧的に話し始める。

「そうなら、シューニャの魔道書を貸してほしい。我々には時間がない。一刻も早く本を貸してくれ。」

「一方的に話している所悪いけど、君どこから来たの?」

 頼みごとをしているのに、質問を返され不機嫌な顔になる少女。

「君はいったい何者?名前は?」

「フルーツ何とかって何?」

「え?どうやって入ったの?魔法?超能力?」

 矢継ぎ早に放たれる俺達の質問に、少女は何も答えず眉間にしわを寄せる。

 少女はイライラしながら何か言おうとした瞬間、彼女の後ろから人影が現れた。彼女の影から生まれたように、音もなく少女の背後に立っていた。

「あらあら、大丈夫?イツ?」

 夜のような真っ黒な髪と紫の瞳を持つ少女だった。金髪の少女をイツと呼び、ひっそりと影のように寄り添っている。

「イツ、急いでいるのはわかるけど、そんなに強い口調で言ったら彼らもわからないわ。」

 イツさんと同じ大きな紫の垂れ目で、夜のように真っ黒の長い髪、肌はやはり霧のように白い。声は甘い蜂蜜のようにとろけるような感じで、この声でお願いされたら世の男共はどんな願いでも叶えようとするだろう。悪巧みを考えても許してしまいそうな小悪魔な美少女だ。

イツさんは彼女を見て小さく「ゼン。」と呼び、ほんの少し安心した表情を浮かべた。

 ゼンと呼ばれた黒髪の少女は、そっと俺達の方を向ける。その瞳は断りづらいくらいの妖艶な雰囲気があった。

「私はゼン、彼女はイツ。我々は魔女なの。」

 ゼンさんの発言にイツさんは「ちょっと!」と非難するがゼンさんは気にせず、さらに話す。

「突然現れて申し訳ないわ。その上で聞いてほしいの。私達の身の上話とお願いを。」


 テーブルを挟んでゼンさんとイツさん、そして俺達四人が座った。

「我々は北欧から来ました。」

「ふうん、ホクオウっていう世界から来たんですね。」

 俺の発言でゼンさんは首をかしげ、イツさんは「どういうこと?」と不機嫌そうに言った。彼女たちの反応を見て俺も戸惑った。

「あれ?二人って異世界から来たんじゃないんですか?」

「普通に地球人よ、私達。異世界なんて行った事もないわ。」

「つまり普通に北欧の国々の人たちなの?」

「ええ、でもどこの国かは聞かないで。私達は自然豊かな村からここまで魔法でやってきたの。」

 ほんの少し演技っぽい雰囲気でゼンさんは言った。彼女は驚くだろうと思って言ったのだろうけど、当の俺達の反応は結構薄い。

 佐藤は「はあ、魔女ですか。魔女ならなんで箒に乗って来なかったんですか?」とどうでもいい質問し、山本は「割と見た目通りなんだね。俺は超能力かと思った。」とのんきに言って、鈴木は「俺は初夏と一緒で異世界から来たと思った。というか、魔女ってこの世界にもいるんですね!!夢が広がる!」とハイテンションに言った。


 俺達が思いっきり普通に受けとめているため、二人とも唖然としていた。ゼンは苦笑して「驚かないの?」と尋ねた。

「あ、よくある事なので。二次元だと。」

 俺の発言に曖昧に微笑むゼンさんと引き換えに、イツさんは不機嫌そうに周りを見ている。『黄昏魔女っ娘 夕日ちゃん』と一瞥するとドン引きしたような表情になった。その後、チラッと俺と目があうとキッと冷たく睨んだ。


 ゼンさんが「イツ、説明」と言うとイツさんはうんざりしつつも口を開いた。

「私達は祖先から受け継いだ魔法を守り鍛錬してきた。だが先週、突然我々が住んでいる村が原因不明の病に罹り、今まで培ってきた魔法ではどうにも出来ない状況になってしまった。」


「普通に医者に行けばいいんじゃない?魔法を使わないで。」


「フルール・ド・リスの持つシューニャの魔道書にはその病を治す方法が書かれてあると聞き、写本したくて、ここに来た。」


「写本って書き写す事だよね?普通にスマホで写真を取ったり、スキャンしたりコピーすればいいのに。なんで面倒な事するの?」


 山本の質問を無視して説明してきたがイツさんだったがどんどん苛立ってきた。

 しかし山本の素直な疑問は俺も感じた。スマホじゃなくても写真を撮ったりコピーしたりしないのだろうか?村全体で深刻になるくらいの病気だったら、さっさと大きな病院に行ったりその国の政府なりに助けを求めればいいのに。

 そんな山本の素朴な疑問をゼンさんが解説してくれた。

「それと我が村に罹った病はおそらく魔を持つ者が放ったとわかっている。普通の医者には理解できないし、村から出たらたちまち広がってしまう。どうにかして、我々の村だけで食い止めたいの。それから魔道書を書き写したほうが、魔力が強いのよ。印刷本もあるけれど、そちらには魔力はないの。」

「魔力を持たぬ者にはわからない事よ。」

 イツさんは冷たく馬鹿にした態度で言い放った。


 どこか超然とした言動で尋ねるのがためらってしまう雰囲気だが、鈴木は一切気にせず、「なあ!二人って魔法が使えるだろ?」と突然、子供のようにキラキラと輝く瞳を向けて興奮気味に話した。更に山本も続く。

「もう一回、魔法を見せて!簡単なものでもいいから!」

 だが無邪気でめげない二人に対してもイツさんは無情にも「無理。」と告げた。まるでうるさい蠅を蠅たたきでぴしゃりと打ったかのような返しだった。

「え?どうして?」

「魔力は無限にはないの。それに私は見世物として魔術を使いたくはない。」

 つまらない事で魔力を使いたくないとイツさんの顔に書いてある。

「あら、イツ、別にいいじゃない。」

「不必要な事に魔術を使うのは私と仲間の考えに反する。我々は鍛錬と目的のためにしか魔術を使わない。決して見せびらかすために使ってはいけないって決めているの。」

「あ、もしかして魔力がないの?じゃあ、補充してあげる。」

 ゼンさんはイツさんの顎をクイッともち、自分の方に向かせて顔を近づける。あまりにも自然な動きであり、おバカな男子高校生が目の前にいる事を感じさせない、危ない二人だけの世界を作り上げた。

 アバンチュールな二人の空気を破ったのは我に返ったイツさんが「ちょ、待って!」と言って、近づいてくるゼンさんの顔を手で押しのけた。イツさんの顔は真っ赤であり、高圧的な雰囲気はなくなっていった。

「だって口移しじゃないと、魔力は渡せないじゃない。」

「だから、見せないって言っているでしょうが!!」

「あ、信条とか決まりとかに反してしまうんだったら、別にやらなくてもいいですよ。」

 俺達全員、首を横に必死に振った。他の三人は顔が真っ赤だし、俺も顔は熱くなっている。それもそうだ。現実でこんなユリユリな場面なんて、慎ましく隠れて機密文書と隠語を使ってエロ本を読んで優越感に浸っている俺達には直視できるわけがない。


 ふっと佐藤が「あの、ちょっと話を変えてもいいですか?」と言った。

「二人って北欧からここまで魔法で来たんですよね。」

「そうよ。」

「つまり、不法入国しているって事ですよね。パスポートとかビザとかないし。」

 部屋全体が沈黙で包まれた。

 確かに言われてみれば、そうだ。飛行機とか船ではなく魔法で直接ここに来ているのだから、入国管理官なんて会っていないはずだ。

 だがこの発言に一番怒ったのは、鈴木だった。

「お前、魔法と言うロマンになんで現実を入れるんだよ!このバカ!いいか、魔法の上では現実的なものはすべて無効だ!」

「なんで魔法の上で犯罪は無罪になるんだよ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ佐藤と鈴木をよそに、山本は何一つ気にせずに話しかける。

「どうやったら魔法とか出来るの?俺もやりたい!教えて!」

「無理ね。」

 スパッとイツさんは断言した。何と切れ味のいい返答なんだろうか。

「幼い頃から鍛錬しないと出来ないの。君たちがこれから魔法を学ぶには遅すぎるわ。」

「写本を嫌がっているようじゃ、出来ないわ。一つの魔法を生み出すために大量の魔道書を写本するから。」

 バッサリと言い放った後、イツは眉をひそめた。

「さっきから質問ばっかりしているが、お前達はフルール・ド・リスじゃないのか?」

「違うけど。」

「だったらフルール・ド・リスはどこにいるんだ?」

「そんな中二ネームの奴なんて知らないよ。」

 俺の返答に大きく目を見開き、見る見るうちに顔が一気に真っ青になっていくイツさん。ゼンさんを見ると表情は変わっていなかった。

 俺は今まで思っていた疑問をようやく口に出した。

「ねえ、君達が探しているフルール・ド・リスって日系日本人なの?魔女なの?」

「ええ、日本人よ。だけど性別年齢は不明。ただ一つ言えるのは君達のように魔力を持たない。特殊な能力でシューニャの魔道書を守っているの。」

 全く慌てた様子のないゼンさんはゆったりと答える。一方のイツさんはパニックだ。だが怒りの矛先は俺達ではなく、ゼンさんに向けられている。

「ちょっとどういう事なのよ、ゼン!シューニャの魔道書にある所に魔法で移動させたんでしょ。どうしてこいつらは知らないのよ!」

イツさんの怒りを全く気にせず、ゼンさんは俺達に尋ねた。

「ところで四人は、何者なの?」


「俺達は秘密結社 空中楼閣です。」


 イツさんとゼンさん、他の三人は俺の言葉に驚いている。だがしかしここで、普通に名乗ってはいけない気がした。

「だってお二人さんも、本名じゃないでしょう。」

ゼンさんは「……まあ、確かにそうね。」と言って目を逸らした。今まで余裕をかましていた態度がほんの少し変わってきた。

「それにしても、シューニャの魔道書ってなんですか?魔法の書ですか?」

「シューニャの民が書いた魔道の書よ。」

 何と言うか面白みのない説明だ。それ以降、説明を待ったがゼンはあいまいに笑い、イツさんはイライラしてさっさとここを出たいというオーラが溢れ出ている。

「あのゼンさん、イツさん。聞きたい事があるんだけど。そのフルール・ド・リスって人にアポとか取ったんですか?」

 佐藤の言葉に、イツさんは気まずそうに「取っていない。」と小さな声でつぶやいた。

「それじゃあ、無理だよ。」

「いや、我々の村の現状を伝えればきっとわかってくれるはず。」

 よくわからない自信だ。

「本当に知らないのか、フルール・ド・リスやシューニャの魔道書を。」

「知らないな。」

 先ほどの高圧的な雰囲気から一転、うつむき不貞腐れた表情になるイツさんに、俺はちょっと呆れた。

「確かにここにフルールと魔道書があるはずなんだ。」

「知らない。ここは昔古本屋だったけど外国の本を扱っていなかったし、俺達の周りに魔道書を持っているファンタジーな奴はいないよ。」

 俺がそう答えるとゼンさんは「それじゃあ、仕方がないね。」と言って立ち上がり、イツさんも何か言いたそうだったが口をぎゅっと結んで何も言わなかった。


 俺は「一緒に探しましょうか?」と言おうとした瞬間、二人はすくっと立ち上がった。

 俺達は二人を見上げているとゼンさんはふっと笑いかけた。

「ねえ、知っている?魔女ってね、ローブの下は全裸なのよ。」

 いつも含む全員が「え?」と顔が引きつった。テーブルに乗るゼンさん以外の人間が思考停止になっている状況でステージの幕が上がるがごとく、ゼンさんはローブをゆっくりあげる。

 イツさんすらも、このゼンさんの行動に狼狽して動けなかった。あまりにも突然で、しかも堂々としているので逆に突っ込むことが出来なかった。


 野暮ったい真っ黒のローブの幕から現れたのは、肌と同じように触れると消えるのではと思うくらい白く細い陶器のような生足だった。ふくらはぎ、膝、太ももを真っ白い肌がまぶしく、柔らかそうだ。そしてここまで一切、何も着ていない。

 男ならだれもが、釘付けになる光景だ。現に全員が呆けたような顔をして生足を見ている。だが俺はそれ以上に、匂いが気になった。

 鼻の奥まで入り込む強く甘い匂い。嗅ぎ続けると頭がくらくらするくらいきつく、酔ってしまいそうな香りだ。そして酔うくらい強く香り、どこかで嗅いだことがある。この香りじゃないが、もっととろけるように甘く瞼が重くなるくらい頭がくらくらするくらいの甘い香りだ。

 思わず顔をしかめて、咳き込んでしまった。


「香水?すごい、きついね。……バニラの香り?」


 ゼンさんはほんの少し驚いた表情を浮かべたが微笑み、太ももが半分くらい見えたところで、ローブのカーテンは閉まってしまった。さよなら、男たちの欲望よ。

「私たちもそろそろ、出ましょうか。」

 ゼンさんはテーブルから降りた。イツも頷き、一枚の用紙がローブの袖から出した。あ、何となくやばい予感。

「世話になった。」

「それでは、ごきげんよう。」

 再びバシンと音と共に二人は文字通り消えてしまった。もちろん彼女たちが現れた時と同じ惨状になった。


 だがその時、ローブがふんわりと舞い上がった。わざわざのぞきこまなくても、ローブは足の付け根まで見えた。

「スパッツみたいなもの穿いていたな。」

「まあ、そうだろうな。」

 さよなら、男たちの期待よ。


 


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