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老人と剣  作者: 峰川康人
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――お前さんがこの手紙を読んでいるということは儂は既に死んでおり、お前は遠征から元気に帰って来たのだろう。手紙と巾着袋は儂が死ぬ前に墓守に預けた。儂が死に、お前さんがもし儂の下を訪ねてくるようなことがあればこの手紙を墓守に渡すようにと生前に依頼した。

 さて、手紙を遺した理由だが何故わしがあの剣を『悔恨の剣』と呼んでいるかだ。それについてお前さんは聞きたがっていたので理由を書いておく。


 かつて儂がお前さんほど若い頃、儂も大遠征への参加を希望していた。理由はお前さんや他の儂の友と大体一緒で遠征によって栄光をこの手にし、仲間や愛する者を見つけ、そして後世に名を残さんとしていたが為だ。

 その為に手に入れた武器、それがお前さんに売ったあの『悔恨の剣』だ。わしもお前さんと同じように英雄になろうとしていた。

 だが遠征前日、儂は恐怖したのだ。怪物達に。

 怪物討伐の旅が目的である大遠征は当然危険なもの。怪物たちとの死闘で命を落とすこともあれば自然の脅威に晒されて死ぬ。死なずとも手足を失うなんてこともあり得る。そういう風景が自分の身に遠征の数日前から不自然に脳裏を駆け巡り、酒場で遠征の話を聞くときだけでなく、眠る時にもそれは襲い掛かって来た。

 想像したことはあるか?怪物に四肢を食いちぎられる自分を。仲間や恋人を守れず、目の前で殺されていくその光景を。

 そうした光景がどういうわけが数日前から襲い掛かって来てそして前日になった。儂は買った剣を抱きかかえるようにして体の震えを抑えようとした。しかし震えは止まらなかった。

 そして朝が来た。大遠征の日が来たのだ。窓から入る日差しが儂の目に刺さるように入り込んできた時、いよいよ死ぬ時が来たのかと思うようにすらなった。

 そして儂は否応なしに頭に叩き込まれた。腰抜けで英雄になるとホラを吹く醜い存在が自分であるということに。

 昼前に外から足音がした。家の前には王国軍の鎧に身を包んだ者達がいた。志願した儂を探しに来た兵士だった。鍵のかかったドアにノックしてくる彼らに対し、儂はドアを開けることはなくただ彼らが過ぎていくのを待っていた。白銀の剣を手にしながら。しばらくして彼らは帰っていった。


――入れ違ったのかもしれないな


 ドア越しに聞こえた彼らの残念そうだがどこか嬉しそうな声が今も忘れられなかった。ドアを開けて走れば間に合う。そう言う脳裏の声も結局は虚ろに消えた。ドアの前で立つ儂の足にまるでいくつもの蔦が絡んでいるかのようでピクリとも動こうとしなかった。大遠征は儂を置いて始まった。


 それから一年以上が過ぎた。その間、儂は王都内の武器屋で働いていた。商売に関する知識を得るために。その内いつか自分の店を持つために。

 その理由はとても醜かった。英雄を志す熱き意思の若者から日々の糧を得るために日陰で静かに生きる若者に自分を変えることで過去の自分を消そうとしていたのだ。まるで初めから商人志望の若者であるかのように儂はふるまって見せた。

 やがてある時、儂の友で遠征に参加していた男の一人が店に来た。戦士として参加していた彼は遠征で壊れた武器の代わりを買いに来たのだ。彼にその時、話を聞いた。やはり遠征に向かった儂の友や何人かの若人は怪物との戦いで死んでしまったと。話をしていく中で暗くうつむく彼の下にいつの間にか可憐な女性が寄り添って来た。どうやら遠征時に知り合った医療班の者らしく、彼女に怪物の牙が迫った時には彼が武器を手に取って戦い、彼が傷ついた時には彼女がそれぞれ手を差し伸べて手当てして助け合っていたそうだ。

 そうして彼らは互いに深く深く結びつき、一か月後に結婚式を挙げると話をした。そう言って彼は多くの遠征の仲間達が酒場で待ってるからと言って二人で笑顔でその店を出ていった。『それじゃ。遠征の仲間が待ってるから』と言った彼の顔はとても眩しかった。

 彼らとのやり取りの中で儂は後悔と苦痛が交じった波に襲われた。そしてこう思うようになった。


――こんな気持ちになるのなら怪物に食われて死んでいた方が遥かにマシだった


 遠征に持っていこうとしたあの白銀の剣はまだ手元にあった。その刃は輝いていた。叫びたくなるような苦しみを腹にして、儂は次の遠征には絶対に向かおうと決意した。その為に剣術や遠征で必要になるであろう様々な知識を商売の傍らで勉強した。儂に残された道は二つ。次の大遠征にて怪物に無残に殺されるか生き残って武勲を示すか。その二択だけが儂に残された道だと信じて疑わなかった。


 だが次の遠征があった二十五年後、儂はその遠征に参加できなかった。なぜなら集まった人の中で儂は単に弱く、集まった人の中で王国から足切りされるほどだった。若い世代の振るう剣や知識に何一つ勝てなかったのだ。参加できる人数には限りがある為、志願した全員が参加できるわけではない。遠征の中心にいる王国の士官達にどうにか参加できないかと相談してみた。だがやはり無理で、それどころか『何年も商人をしているあなたには出来れば王都でこれからの勇士たちの為に商売を続けてほしい』と頭を下げられた。その時はしまったと思った。日陰で生きることを選んだ自分をその時ばかりは殺したくなった。


 そして春を、夏を、秋を、冬を季節を幾度も超えていく中で王都の外れの通りに建てた武器屋で儂は黙々と商売を続けた。子供も妻も持たずに。王都の中心に武器屋を建てなかった本当の理由は遠征から帰って来た者たちと出来るだけ会いたくなかったからだ。

 『それがどうしたんだ?』とお前はそう言うだろう。儂は彼らを見ているとどうにも心に僻みの炎を灯してしまうのだ。大遠征という危険な冒険から生還し、そして愛する者や多くの友を得た彼らの姿は日陰者である儂の心にはいつの間にか苦痛でしかなかったのだ。だから儂は王都の中心から外れた通りに武器屋を建てたのだ。

 その店に後に儂が『悔恨の剣』と呼ぶ白銀の剣を飾って。


 店を建てて更に二十五年後。逃げたあの日から五十年以上が経過した。しわも出揃い、たまに目も霞むようになってきた儂の下についにお前が来た。色々な客が来たが不思議な事にお前が初めてだった。あの悔恨の剣を欲しがったのは。あの剣は墓まで持っていこうとした。何もできなかったのならせめて共に眠ることが償いだと。そう思った儂は剣を欲しがったお前さんに一度帰ってもらった。

 だがお前さんは再び店に来た。

 そしてこう言った。『守るために振るってこその剣だ』と。

 儂はもう一度、飾られた悔恨の剣を見つめた。未だにどうすべきかわからなかった。それでもこの老いた体と共に運命を共にするには余りにも強い輝きを持っていた。その事に気づいたのだ。だから儂は悔恨の剣をお前さんに託すことにした。勇敢なるお前さんなら儂と剣の周囲にある悔恨を断ち、剣の輝きを誰よりも強くできると。だからお前さんにそれを売った。

 ついに儂は悔恨の剣を手放した。悔いはなかった。

 お前さんに剣を売ってからしばらくしてこの手紙を儂は書いている。なぜこんな手紙を書いているのかは儂自身にもわからない。墓まで持っていこうとした過去を何故誰かに話そうとしたのかを。哀れみが欲しかったのかもしれない。同情が欲しかったのかもしれない。日に日に儂はせき込み、立ち眩みも増えていた。

 もしかしたら儂は待っていたのかもしれない。お前さんのような存在を。儂の闇をあの剣を持って切り裂く存在を待っていたのかもしれないと。そしてそれは叶ったと思っている。

 若者よ。どうか強く生きてほしい。そして願わくば儂の代わりに英雄になってほしい。

 朽ちて死にゆく者からの最後の願いだ。どうか、どうか頼む。






 手紙はそこで終わっていた。気が付けば空の雲は晴れていた。

 若者は老人の手紙を読み終えると泣きそうな表情を浮かべながらもう一つの老人が遺していった巾着袋を開いた。中には傷や擦れを含む金貨二十枚と小さな紙が入ってあった。若者は紙の文字に目を通す。


―—仲間と飯を食うにしろ、愛する者と暮らすにしろ金はいるもの。商人からの確かな意見と贈り物をお前に託す。持って行け。


「……ありがとよ、爺さん」


 最後の一枚を読み終えた時、いつの間にか涙を零していた若者はせめてものお礼にと墓を目一杯に掃除した。そして墓前にて腰に差した剣を引き抜いて空に掲げると剣の刃に陽の光に当てて輝く刃をさらに輝かせてみせた。

 涙をぬぐい、赤くなった目で若者は高らかに大きな声で宣言する。


「約束するぜ爺さん!爺さんの悔恨を断ち、そして託されたこの剣で大切な人達を守るために振り続けて俺は英雄になるって!!」


 輝いた刃の光が老人の墓に当たる。老人の墓はその光で輝いているように見えた。

 後にその『若者と剣』は『英雄と名剣』として王国の歴史に刻まれる。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

本作のコンセプトは「後悔」と「継ぎ、託すこと」を軸に書きました。

面白いと感じたらブックマーク、評価していただけると嬉しいです。

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