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老人と剣  作者: 峰川康人
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 その日の夜。老人は店を閉め、店内の机の隅に置かれていた戸棚から一つの帳簿を取り出す。


「そうか……あの日から五十年以上も経つのか」


 あるページを開く。そこにはいくつかの新聞の切り抜きが折れ目なく丁寧に切り抜かれて貼られていた。切り抜かれた記事は発行された順に並んでいた。


――来たれ次代の英雄!迫る怪物達から無辜の民を守れ!


――王都に集結する勇士達に国王より激励の言葉


――偉大なる英雄達の帰還。そして我らの為に眠った者達へ祈りを


「もう大遠征の年なのか」


 老人は店の壁に飾られた剣に視線を移す。蝋燭で照らされた室内でその剣は昼の時ほどではないが刀身を輝かせた。その光が老人の瞳に飛び込んだ時、彼は顔を暗くした。


(どうして儂はここにいる?彼らのようなあの世ではなく――)


 老人はパタリと帳簿を閉じた。その顔は憂いに満ちていた。






「爺さん!やっぱりあの剣を売ってくれ!」


「……な、なんじゃと?」


 若者の来店から二日後。大遠征前日。

 剣を売ってほしいとあの若者が再び来店したのである。


「王都の武器屋全部見てきたよ。中心含めて。でもやっぱりあの剣以上の武器はない。どうかあの剣を金貨六十枚で売ってくれ!」


「ろ、六十枚……?」


 金貨六十枚。一般的な武器の三倍の額で彼は剣を買うと言ったのだ。


(うーむ……こうまでしてぶら下がって来るとは。だが……)


 老人は真剣な眼差しの彼にどう答えていいかわからずしばらく顔を伏せて沈黙した。


(何故儂はあの剣を売るのを躊躇っている?もうこの体だ。目の前の若い者に売ってもよいのではないか?)


 しばし老人は思案に囚われる。自身の老いた肉体と目の前の若き肉体。老人は輝く剣を持つべき者はどっちだと秤にかけていた。


「頼む爺さん!守るために振るってこその剣じゃないか!」


 若者の言葉に老人はまだ口を閉ざしていた。


(そうか。もしかしたら儂はいつの間にかに――)


 老人は大きくため息を吐いた。両者に流れた沈黙の後、そして――


「わかった。売ってやろう。金貨二十枚だ」


 ついに答えは出た。老人のその顔はどこか呆れて笑っていた。


「……ああ!恩に着るぜ!爺さん!!」


 若者は大いに喜んだ。

 こうして老人は『悔恨の剣』と呼んでいた白銀の剣を若者に売った。

 白銀の剣を腰に差した若者を老人は見送ることにした。


「気を付けてな。それと……今度はちゃんとした金貨で支払うんじゃぞ」


 老人のその手の内には数枚の傷や擦れのあった金貨があった。剣を買う時の金貨の一部だったが老人は敢えて良しとした。


「すまねえ爺さん!《《その分は》》貰った報奨金で店の品物を棚の端から買って帳消しにしてやるからよ!!」


 そう言って元気に走り去る若者を見送り、老人は店に戻ると隅に置かれた椅子に座り込む。


「どんな帳消しの仕方じゃ」


 老人は彼の大胆な言葉に笑っていた。


「しかし、これで良かったのかもしれんな」


 『悔恨の剣』が収められていたケースがあった壁際の箇所に視線を向ける。そこにはもう何もない。

 店の窓から差し込む光はさらに強くなっていった。それは段々と温かみが増していた。






「わり、ちょっと行ってくるわ!」


 遠征が終わり、若者が武器を手にしてから既に一年以上経過していた。

 若者は王都に帰還した。そして仲間の下を離れ、老人より買った白銀の剣を腰に差してどこかに向かおうとしていた。


「まさか一年以上も経つとはなあ。凄い冒険や戦いしてたようなそうでもないような……とにかく帰ってこれたぜ爺さん!」


 若者は報奨金の入った袋を手に走っていた。その間、街の風景を見ながら若者は遠征の日々を思い返す。


(遠征の最初に同世代の仲間を何人か見つけて互いの出身地について話をして、それから医療班の可愛い子と知り合って惚けていたらワイバーンが飛んできて一人死んで……それで敵討ちにとソイツをこの剣でぶった斬ってやったんだ――)


 腰に差した剣に若者は手を当てる。それは老人に無理を言って売ってもらった剣で彼の武勲を立てた『最高の功労者』と言っても差し支えなかった。


(それから剣の稽古を手練れの人達にしてもらって……森でオークの群れを仲間と共に討ち果たして……『君は勇猛たる一番槍だ』っていろんな人に褒められたっけ)


 彼は遠征を主催した王国の士官や他の仲間達に勇猛さとその腕を高く評価されていた。武勲も貰った報奨金も人一倍多かった。

 若者は周囲の視線など気にせず顔をにやけさせていた。肩を並べて戦った者達。恐るべき怪物の群れ。全身全霊で守りたいと願った人。大遠征で彼は失ったものもあったがそれでも多くを得た。

 その立役者たる剣を授けてくれた老人の元へと礼を言うために向かっていた。


「あれ?」


 しかし、王都の中心から外れた通りの店が並ぶその一角に確かにあったはずのその店はなかった。


「……ここだよな?」


 周囲を確認する。場所に間違いはなかった。そこはまるで何もなかったかのようにがらんとしていた。


「建て替えか?折角何か買ってこうと思ったのに……」


 きょとんとしていた若者。そこに誰かが声をかける。


「あれ?兄ちゃんもしかして……ここに住んでた爺さんの知り合い?」


 中年の男だった。若者はその男に問いかける。


「ええ。あの……ここで武器屋で営んでた爺さんって今どこにいます?」


「ああ、死んじまったよ。確か半年くらい前だったかなあ。急にぽっくり逝っちまったんだ。驚いたよ本当に」


「……え!?嘘でしょ!?」


 報奨金入りの袋を落とし、若者は声を上げて驚いた。老人とはいえ特にそこまで悪いものを持っているようには見えず、むしろ健康に見えていた彼の死は驚きでしかなかった。

 老人と飲み仲間だったという彼の話からどこに墓があるのかを聞き、若者はそのまま墓地へと足を急がせた。 

 そしてもう一つ、その男性は気になることを言っていた。


――あ、そういや爺さんが生前に『白銀の剣を買ったヤツが万が一来たら渡したいもんがある』って言ってたけど何か知らないか? 


 老人と飲み仲間だった彼曰く老人は生前にあの剣を買っていった若者に何かを遺していったとのこと。それはどうやら彼の眠る墓地にあるのだと男は言う。


「ここか?」


「あら?お墓参りに来たの?」


「あ、そうです。お姉さんは?」


 若者が墓の入り口にて中年の男性から聞いた情報から目的のお墓を探そうとしていた矢先、今度は黒いワンピースに身を包んだ不思議な雰囲気の女性に出会った。


「私?ここで墓守の仕事をしているの。誰のお墓を探しているのかしら?」


「えっと……武器屋の爺さんなんですけど。半年前に亡くなった方で。なんでも俺に渡したいものがあるとかで」


「ああ、あのお爺さんね。……ってことはアナタが――」


 女性は若者をじっと見る。そして視線を入り口近くに建てられた木製の小屋に向ける。


「ちょっと待っててね。『預り物』があるの」


 しばらくして二人は掃除用具と『預り物』を持って曇り空の下、老人の墓へと歩く。

 墓地は広大な敷地に一定の間隔で墓石が並んでおり、入り口近くには墓守の小屋、その近くには墓に眠る者達を弔う為の教会がそれぞれ建てられていた。


「それにしても信じられないな……なんというか病気って感じがしなかったというか」


「そうなの?私があった時はどこか後ろめたいというか……なんというか暗かったわね」


「暗い?」


「ええ。《《今にも》》じゃないけどなんというか……弱々しくて。あ、ここよ」


 二人は老人の墓の前に立つ。墓石は長方形の板が地面にはめ込まれているように設置されていて、斜面上に名前、そして亡くなった年月日と年齢が彫られていた。

 墓自体はさほど汚れていなかった。だが両隣の墓が偶然にもその日家族か誰かが掃除をしていたせいか若者にはどうにも汚れているように見えてしまっていた。それを見て若者は決めた。


「墓は俺が掃除しときます。案内ありがとうございました」


「いいえ。どういたしまして。渡されたのはその二つよ」


 墓守の女性は笑顔で若者に軽くお辞儀をすると小屋の方へと去っていった。

 若者は受け取った手紙と巾着袋の内、最初に複数枚つづりで構成された手紙の方を開く。


「これは……?」


 案の定、差出人はあの老人だった。若者は手紙を読み始めた。

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