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老人と剣  作者: 峰川康人
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「爺さん。今度、王国が取り仕切る『大遠征』で怪物の討伐に行くんだ」


「ほう。それで?」


 王都のとある武器店にて傷一つない新品の茶色の革製の防具を身にまとった若者の男性が真剣な目つきで店のオーナーである老人に突如話し始める。

 短い白髪にくたびれた白シャツを着てしわのある紺のズボンを履き、茶色の煙パイプを加えていた男性の老人はそれをやんわりとした表情で聞く。


「あの白銀の剣、俺に売ってくれないか?」


「……なんじゃと?」


 若者は店内の壁に飾られていた剣に指を指しながら店主の老人に交渉を切り出した。思わず老人は顔をしかめた。


「頼む!いくらなんだ!?」


 元気な姿勢の若者に対し、白髪の老人はくわえていた煙パイプを手に取って口から煙をため息交じりに吐き出す。その若者に老人は驚愕の表情を浮かばせる。


「お前さん……あの剣を買いたいというのか?」


 二人の話題になっているその白銀の剣は店内の壁にケースに入れられ、丁寧に保管されていた。


「そう!あの飾られてる超かっこいい白銀の剣!俺はあの剣で大遠征にて英雄になるんだ!!あれでワイバーンやオーク、巨大蛇をズバズバっと斬り倒してかわいい子を救って――」


 子供のように興奮する若者をよそに、老人はどうにも腑に落ちなかった。

 大遠征。王国によって約二十五年に一大執り行われる一大行事。概要は王国が勇気ある兵士や戦士達を国内から呼び集め、一定周期によって増えた国内各地の怪物達を国内を旅しつつ、討伐していく。ちなみに魔物の種類は若者が言ったように多種多様だ。王国側は自国の安全の為、集いし勇士達は報奨と引き換えにこの遠征で己が武勇や知識を怪物相手に示す。彼らは単に力ある者だけでなく、医療に長けた者や土地勘に優れた者など様々な人材がこの遠征に集う。それぞれで活躍した者達は英雄と称えられ、王国から仕官の話や国内で今後についての職務を持ち掛けられる事も。大遠征には王国にとって未来の逸材を探すという目的もあった。その大遠征の日まであと三日だった。


「それにしても凄いなあの剣。ピカピカで綺麗で……」


 店の壁の窓よりも高い箇所に飾られていた白銀の剣にうっとりと魅せられたこの若者もまた『大遠征』に向かうことを志願していた。うっとりする若者を老人は不思議に見る。


(……何故だ。今までこんな事はなかったのに)


 老人の彼はずっと一人でこの武器店を切り盛りしていた。店は二階建てではあるが店となっているのは一階のみで八畳ほどの広さで経営していた。なお、二階は生活空間である。店内は壁際に置かれた棚にナイフや弓矢等が入っており、支えによって飾られた剣が規則正しく並んでいる。


「坊主、あの白銀の剣が欲しいと言ったな?」


「ああ!やっぱ武器を選ぶならこういう場所の掘り出し物ってね!」


 正直若者の理屈が老人にはわからず、思わず首を傾げた。

 老人の武器屋は商売が盛んな王都の中心から外れた通りに建っている。通りは商売が盛んな王都中心と比べて比較的静かで店は他に服屋やパン屋や酒場などが営業している。


「そういや爺さん、何で王都の中心で露店とか出さないの?向こうは今結構盛んだぜ?」


「こういう場所がいいんじゃ。静かでまとまった話がしやすいからな」


 彼がそこを選んだのは商売相手とにぎやかな街の中心ではなく少し静かなところで話が出来るからという理由である。

 この店の主な客層は王国の兵団や傭兵部隊といった所謂団体様。この静かな場所で客人達と必要な武器の量や質などの情報を正確に確認するためだ。なお、王都の武器屋の中ではこの店の広さは平均よりやや小さい方。だが店の裏にこの店よりも広い倉庫があり、店にあるのは各種一つずつで倉庫内に在庫があるという形式だ。若い戦士や遠征参加者は基本的に品揃え豊富な王都の中心の武器屋に行く。同型の武器が複数欲しければここへ。それが老人にとって普通だったため、今日のような若い戦士一人の到来は全く予想だにしていなかったのである。


「なぜ王都の中心の武器屋の方へ行かぬ?あそこなら商売上手な連中がお前さんにとって最高の一振りを金貨二十枚程度で提供してくれるはずじゃ」


 金貨二十枚。王国では平均的な武器の価格だが、王都中心の店であればその額でより良い品物が手に入ると老人は言う。


「そりゃあ決まってるよ!ああいった店は《《提供してくれるだけだからね》》」


「ほほう?」


 若者のその返答に老人は思わず笑みを見せて、興味を示す。


「確かに王都の中心の武器屋の商品は悪くない。だからわからないんだ」


「どういうことだ?」


「考えたんだ。俺は英雄になるかもしれない。それが《《与えられた武器》》でいいのか?俺はこっちから探しに出てその武器で英雄になる。そうしたいんだ!」


「ああ……こだわりたいと?」


「ああ!それであの剣が気に入った!だから頼む!」


 若者は老人に心情を訴える。


「ふむ。ちょっと待ってろ――」


 老人はとりあえずと思って椅子から立ち上がる。店の隅に畳まれてしまってあった脚立を取り出すと、窓よりも高い位置の壁に飾られていたケースの位置に置いて上り、ケースを手にしてそれを店内の机に置いた。カバーを開き、中にあったその剣を若者の手に取らせる。


「……うぉぉっ」


「気に入ったようだな。それを」


「ああ。こりゃすげぇ。他のどんな剣に比べても切れ味も何もかもが遥かに凄そうだ……」


 若者は汗を流し、その武器をまじまじと眺めては軽く振る。その間、彼は驚愕の表情を浮かべていた。

 その白銀の剣の刀身は一般的な剣と同一の長さ。特に刃こぼれもなく、むしろ店内に並べられた青銅や鉄の剣達よりも遥かに切り裂けそうな刃を持っていた。また、柄や持ち手といった細かい箇所にも手入れがしっかり行き届いていた。傷はなかった。

 そして何よりその剣の刃は店の窓から差し込む光によって輝きを増していた。若者は一段とその剣の魅力に引き込まれる。


「これ、何て名前の武器なんだ?もしかして王国に伝わる名剣のどれかなのか!?」


「……悔恨かいこんの剣」


「え?」


 それまで興奮気味だった若者は老人の回答によって一気に冷める。


「か、悔恨……?何か呪われてるとかじゃないよな?」


「ああ、違う。儂が勝手にそう呼んでいるだけだ。手に入れたのは五十年以上前じゃ」


「五十年!?噓でしょ!?これ……まだめちゃくちゃ斬れそうなのに!?」


「手に入れた時以来、手入れはしっかりしてるからな」


 にやつく老人をよそに、長い年月を得ても未だ刃に煌めきを宿すその剣に若者はまた驚きの声を漏らす。

 しかし若者には疑問が残る。


「じゃあ何でこんな凄そうな剣を『悔恨の剣』なんて呼んでいるんだ?」


 彼は老人に問いかける。なぜこんな立派な武器を『悔恨の剣』と呼んでいるのかを。


「さあな」


「さあなって――」


「それより、この剣はやめておけ」


「えっ――」


 いきなりだった。老人は若者の手から白銀の剣を優しく取り上げたのだ。


「な、なんだよいきなり!?五十年物とはいえ全然まだ使えるじゃん!馬鹿な俺でもわかる!こいつはすごいって!!」


「性能の問題ではない。儂が売るか売らないかなんじゃ」


「……なんだよそれ!?」


 困惑する若者に老人はこう述べる。


「確かにお前さんの言う通り……自らを守り、自らを輝かせる武器は自身の手で選び抜いた武器が一番だろう。だがそれとこれは別。やはりこれは……売れんよ」


「じゃあせめて聞かせてくれ。なんでこれに悔恨の剣なんて名前を付けたんだ?やっぱり誰かの形見とか『何か』があるのか?」


 その問いを老人は無視し剣をケースにしまうと再び壁に掛けた。そして店の隅にある椅子に腰かける。


「悪いな若いの。お前さんにはアレは売れんよ」


 その間、若者はやりきれない表情で老人を見つめていた。

 結局、しばらくして若者は肩を落として店から出ていった。

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