仮死の代償
自分の名前が、トレンドの1番上に載っている。
自分の名前と言っても、それはネット上で使っている名義。
それでもとても嬉しい。
なんて幸せなんだろう。
トレンドの2番目が死亡なのも気にならない。
なんていい人生。
フォロワーが100万人を超えた頃、私はお世話になっている事務所に活動を辞めたいと伝えた。
疲れてしまったのだ。
視聴者の喜びそうなことをして、自分ではない誰かを演じて、好きでもない相手とコラボして、嫌になってしまった。
事務所の人は話を呑んでくれるみたいだ。
事務所の一番偉い人と最後に挨拶をして、事務所を後にする。
もうここに来なくていいと考えると、気分が上がる。もうあの、私の事をお金としか見てない人と関わらなくてもいいんだ。
今日帰ったら適当に引退宣言して、もう少し頑張って、それで終わりだ。
にやけてくる。
引退した後のことに期待を膨らませながら、電車に揺られていた。
家に着いて化粧を落とし終わってすぐ、事務所の人から電話がかかってきた。
お疲れまさでしたのお決まり社交辞令の後に、あなたは亡くなったということにしませんかなどという、とんでもない提案を持ちかけてきた。
なんでも普通に引退するより話題になるらしく、死んだことにした後に儲かったお金は、今まで通り私の所へ来るらしい。
後日、返事を待ってますと、これまたお決まりの言葉で電話が終わる。
こんな生活で腐りきった私でも、ラインを超えた話なのはすぐに分かった。
絶対断ると心に決めて、引退を伝える配信をする。
ここで引退することを言ってしまえば、あの話は返事を待たずに、私が断ったことになる。
さっさと言ってしまえば良かったのに、なにかが喉につっかえて、結局引退のことは話さずに配信を閉じた。
配信が終わって、お風呂に入っている時も、ベットに入った時も、頭の中でグルグルしてる電話越しの声。正直、悪い話ではない。
普通に引退すれば、その後私の所へお金は来ないが、それだと今後の生活も厳しくなるのは目に見えていた。
翌朝、すぐに事務所へ電話をかけた。
電話が終わって1時間ちょっとして、私が亡くなったという記事がネットニュースに掲載されていた。
仕事が早い。
もしかしたら、事務所は私が良い返事をすることが分かっていたのかも知れない。
あの事務所に入って私も、お金が最優先になっていた気がする。
ネットのトレンド1位に私の名前。嬉しいな。
私は新しい仕事も見つけ、未だに減らないネットからの収入もあって、不自由ない生活を送っていた。
毎月少しづつ誰かにお金を取られているみたいだが、面倒なので気にしないでいた。
そんな中、事務所から半年ぶりくらいに連絡が来た。あの名義でもう一度配信を始めてみませんかとの話だった。
フォロワーはあのころの約2倍にまでなって、見込まれる収入は以前や今の比ではないらしい。
私はすぐに配信を始めた。
炎上なんて考えてなかった。
結果から言うと大炎上。
当たり前だ。
少し考えれば分かることなのに、私はなにか大切なものが壊れてしまっていた。
配信も出来なくなって、仕事も辞めて、メッセージも絶えず送られてきて、突発的に死のうと思った。
死ねば全てが変わる気がした。
炎上してから連絡をよこさなくなった事務所も、死ねと毎日欠かさずDMで送ってくるアンチも、少しは見返せると思った。
マンションの8階に住んでいる私は、そこの窓から飛び降りれば死ねる。
その時だけすごい行動力で、私はすぐに窓から飛び降りた。
夢を見ていた。
昔の記憶。
走馬灯と呼ばれているものだろうか。
高校生の時に両親が亡くなって、妹と私が残される。
私がしっかりしなきゃなんて思って、元々声がいいのを活かした仕事として、配信を始めた。
最初は楽しくて、でもだんだん、お金に取り憑かれていって、事務所に入って、そこからはずっとお金、お金。
妹のことだけが心配。
最後までお金を送っていた気がするけど、そもそも、妹に配信のことは言っていなかった。
私が急に死んだって聞いたら、どう思うのだろうか、今はただ、もう一度会いたい。
会って謝りたかった。
目を覚ますと、見知らぬ天井が飛び込んでくる。
体は包帯やらのグルグルまきで動かせない。
目線を落とすと、私の横で妹が椅子に座って私を見ていた。
目かすごい腫れている。私が口を開く前に妹がごめんね、と優しい声で言ってきた。
謝りたいのは私の方だけど、今は口も動かない。
涙が止まらない。
この怪我が治ったら、次は支え合えるように、間違えても怒り合えるように、2人で暮らせるところを探そうと思った。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
最初はバットエンドにしようとも思ったのですが、バットエンドは無責任だなって思ったので、無理矢理ではありますが少し希望のある話になってます。