トリヴィア
「えっ......絵ですか?」
ブルー商店に勤めて三年、つい1か月ほど前に新米ながらもその美貌と仕事への熱意から、商店の顔ともいえる案内係に抜擢されたトリツィアは困惑していた。
前任の先輩から聞いた話によると、絵を売りたいという客の種類は二通りあり、そのどちらも対応が面倒で、割に合わないことがほとんどだからだ。
一つは市場で評価されることのなかった作品を持ち込み、金に換えようとする絵描きだ。この場合その作品が今の時点では駄作だとしても、のちにその絵描きが評価されたとき、絵の評価も変わる可能性があるため扱いに困る。
もう一つは有名な絵画だというものを持ち込む客だ。基本的に有名な絵画というものはめったに市場に流れることはなく、流れていたとしても偽物の場合がほとんどだ。だからといって仮にそれが偽物だとしても査定しないわけにはいかない。偽物が偽物である証拠を店側は提示したうえで帰ってもらわなければ、これも店の信用に関わる。
このどちらも満足させるためには芸術に造詣が深い人間が必要だが、そんな人間は自分で作品を作ることに没頭しているか、贅を尽くした貴族しかいないので、商店に勤めるわけがない。なので基本的には伝のある貴族や芸術家に評価を依頼することになる。依頼料や配達料、かかる金を計算するとその作品が真に名作だとしたら店としてはかなりの利益になるが、今まで扱った絵のそのほとんどが駄作贋作だったため、トータルで考えると目も当てられない赤字になっていた。
先輩の話がフラッシュバックしてとまどったが、思考を現実に戻して相手を見ると、商店内のあらゆるものに目を奪われて、私が話しかけると顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる、いかにも外からやってきた田舎者という感じである。
(おそらくこういうのは絵に没頭して山籠もりでもしてたタイプでしょ。自分で描いた絵の持ち込みなら私が判断して駄作に見えたら相場の少し高めに自腹で買い取る、良作なら依頼するようにすれば私の店からの評価はさがらないはず!)
トリヴィアには新人ながらそこそこの大役を任されるだけあって、絵を名作の相場で買い取れるくらいには貯蓄があった。なので自腹を切ることで店の赤字を減らし、自分への評価を下げないことを選んだ。
笑顔で停止してしまったトリヴィアを心配するように男が話しかける。
「あのぉ......」
「はい!失礼いたしました、絵の買取ですね!奥の小部屋にご案内します。」
男はいきなりすらすらと受け答えを始めたトリヴィアに困惑しながら後ろをついていく。
途中、案内係を一時的に交代してもらうように同僚へ頼み、特別な買取の来客用の部屋へと男を案内する。
部屋に入り、お互い席に着くと早速商談に入る。
「この度はご来店いただきありがとうございます、私案内係兼芸術品担当のトリヴィアといいます。」
名前を名乗り微笑みかけると目の前の青年は顔を赤らめてうつむいた。彼女が高い評価を受けている理由の一つがこれだ。あいてが誰であろうと、彼女の微笑みに見惚れない人間はいないだろう。容姿というものは交渉事において大きな意味を持つ。彼女も彼女の雇用主もそれを熟知していた。
「早速ですが、買取に出していただけるものは今お持ちですか?」
男の格好を見ても該当を身にまとっているだけで何かかばんを背負っているわけでもない、ここには持ち込めないほど大きなものなのか、それとも小さなものなのかと考えた。
「あっ......あります」
男は無造作に手を空中に広げたと思ったら男の手が消え、一冊の本を空中から引き抜き、机の上に置いた。
この世界には魔法がある。それは思いの具現化だといわれていて、誰でも一つは何かしらの魔法が使える。その中で、カバンの中身を拡張して、ありえないサイズのものでもカバンに入れられる魔法というのは有名だが、完全に無に何かを入れるような魔法は前代未聞だった。トリヴィアは最初と同様にかなり動揺させられたが、交渉において冷静さを失うことはあってはならないと教えられたことを思い出し、深い呼吸をして、今あったことを思考の隅へ投げ捨てた。
冷静になった頭で男から渡された本を見る。
「これは......絵本......でしょうか。」
「......これは何と言いますか、魔法を書いたものなんです。」
「魔法?」
トリヴィアはなぜ急に魔法の話が出てくるのだろうとおもった。
すると男は語り始める。
「魔法というものは、想像力によって強さや形、大きさが変わるといわれています。」
「その魔法の源泉になる想像力というものは人の年齢や環境、知識、思考に費やせる時間によってその時点での限界があると考えたんです。」
「その限界を打ち破るには、外部からの刺激が必要で、他者の想像力と自分の想像力が交わなければいけない。」
「なら今までにない魔法を、僕の想像力を紙に描けば、それを見た人の想像力の向上につながるのでは、そう思ったんです。」
「それはいくつかある僕の魔法のうちのほんの一部を描いたものです。」
この男は何を言っているのだろうか。いや、言っている意味はなんとなく分かるのだが、トリヴィアには簡単に受け入れられるほどの経験が足りなかった。だが、なぜかとてもお金の匂いがすると、そう思った。