表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第9話 乱数放送

 トントンツートン、スピーカーから音が鳴る。滝川エレキテルはペンを執ると紙に文字を書き付けていく。竹内氏はモールス信号が分かるらしいが、しかし意味をなさない文字列であるらしい。どうやら一種の乱数放送で、暗号文を流しているようである。

 放送は2分ほど続いた。そしてぷっつりと音は止んだ。

 滝川エレキテルは通信文を書き付けた紙を小川女史に渡した。小川女史はポケットから小さい手帳を取り出すと、文章を読んでいく。どうやら暗号表と対応させているようである。そして読み終わると、にやりと笑った。そして灰皿に紙を置くと、マッチで火をつけた。

 同志、何を書いていたのですか、そう滝川エレキテルは尋ねる。喜ぶべきことです、岡山が戦力を送ってくれるそうです。明日、4人、工作員が来ます。

 ちょっと質問してよいでしょうか、と私は尋ねた。滝川エレキテルが私を睨んだが、小川女史は、いいですよ、と言った。それではお尋ねします、いったい岡山とは何なのですか、なぜ岡山から工作員が来るのですか。

 それではお答えしましょう。岡山には香川県の亡命政府、自由高松があります。そこが我々を支援して、物資や人員を時折送り込んでくれるのです。表現の自由を守る戦士団(ムジャヒディン)による阿讃山脈越えのルートと合わせて、大変重要なルートです。このおかげで、我々は戦っていられるのです。

 なるほど、海外からの支援ですか、となぜか竹内氏が相槌をうつ。しかしどうやってやってくるのですか、瀬戸大橋は封鎖されている、まさか泳いでくるわけでもあるまいに!

 それが気になりますか、と小川女史は言う。ええ、もちろんですとも、と私は答えた。では逆に訊ねましょう。なぜ我々はこの五色台の山の中で、当局に捕縛されず活動できていると思いますか?

 それはさっき言ったように崇徳院の御霊のおかげでは、と言いかけたところで、馬鹿かお前、という声が飛んでくる。声の主はもちろん滝川エレキテルである。そんな神頼みでどうするんだ、科学的に、現実的に考えろ、だから文系は嫌いなんだ。いいか、この山には何がある、それを考えれば論理的に導けるはずだ。

 かなり癪に障るが、しかし事実である。この山に他にあるものといえば、と考えていて、ここに来る前に読んだ四国霊場のガイドブックを思い出した。白峯陵の隣には四国81番白峯寺があり、そして山中には82番根来寺がある。まさか牛鬼か、それとも根来衆の鉄砲か、いや後者は紀州の根来寺だ、ではなんだ、と思っていると、小川女史が答えを発表した。

 それは白峯寺と根来寺です、と彼女は言った。寺社勢力は我々に協力的なのです。四国霊場の寺は香川が県境を閉ざしてから大きく収入を減らしています。ですから、県庁のことをよく思っていないのです。もちろん表向きは県のいう事を聞いている、ということになっていますが。

 なるほど、面従腹背、というわけである。だがどうしてこれが先ほどの答えになるのであろうか。私がまだ理解できていない様子であったことを察した小川女史は、話を続けた。

 もちろん、香川県にある寺社は四国霊場だけではありません。香川県で最も有名な寺社はどこでしょうか。

 香川で最も有名な寺社? 善通寺か、一宮の田村神社か、と考えたが、はっと答えが思い浮かぶ。

 そう、金刀比羅宮である。

 そも通りです、と小川女史は答えた。金刀比羅宮は海上守護の神として広く崇敬を集めていました。しかしいまや県外からの参拝は困難で、ひどく参拝客が減ってしまっているのです。ですから、金刀比羅宮やその氏子たちは、県の解放を強く望んでいます。

 金刀比羅宮が密航の手助けをするというのですか、と私は尋ねた。小川女史は首を縦に振る。しかし、方法が分からない。

 小川女史は続けた。昔から、金刀比羅宮に参拝したいけれどもできない人びとはたくさんいました。そんな人々、いえ、これは船乗りの話なのですが、船乗りたちは、この近海を通過する時、酒樽などに奉納金刀比羅宮と書かれたのぼりを立てて、海に流しました。これを流し樽と言います。これを地元の漁師が拾い、代わりに金刀比羅宮に奉納するのです。そうして参拝に代えていたのです。これは今でも行われていて、まあ宗教のことですから、当局も黙認せざるを得ません。

 するとなんですか、まさかその樽に入って工作員や武器が流れてくるのですか。

 ええ、そうですよ、と彼女は答えた。

 私は目頭が熱くなるのを感じた。瀬戸内海を渡る勇士たち。いったい胸に何を思い、この四国へと渡ってくるのか。それが死出の道かもしれぬというのに。

 では、明日、彼らと合流するという事ですね、ぜひ私も彼らに会いたい、そう私は言った。彼女は、ええ、もちろん構いません、と答えるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ