第5話 さぬきっ子を守り隊
我々は八栗駅で列車を降りた。八栗駅からは徒歩で北へと向かう。とりあえず八栗寺に向かいながら今後の方針を相談していると、どうやら道を誤ったらしい。ガイドブックには書かれていない海に突き当たった。
これは弱ったな、地図を調べて……と思ったがいま自分はスマートフォンを持ってはいないのだった。
誰かに道を聞かなければならない、そう思っていると、丁度ベベン、と琵琶をかき鳴らす音が聞こえてきた。
見ると2人組の男が道端にいる。一方は紙芝居をめくっており、もう一人が琵琶を鳴らしていた。子供たちが集まってきてそれを眺めている。我々も近づく。
内容は平家物語の屋島の戦い、扇の的の段である。
琵琶の奏者が琵琶を鳴らしながら平家物語を諳んじる。それにもう一人が簡単に内容を要約して紙芝居を進めていた。
子供たちははじめおとなしく聞いているようであったが、しかし、おじさん、それ先週と同じだよ、そうだそうだなどと文句を言い始めた。そしてひとり、二人といなくなり、後には我々しか残らなかった。
子供たちがいなくなってしまったのを見て、二人は、はあ、とため息をついた。そして我々に話しかける。あなた方は遍路の方ですか、まだご覧になりますか。
いえ、紙芝居が珍しいもので。そう私は答えた。勝手に見てすいません、お代は払いましょう。
いいえ結構、そう紙芝居の男は答えた。これはお接待だと思ってください。私は、はあ、そうですか、それではと頷いた。そして追加で尋ねた。さっき、先週と同じと言っていましたが、ほかの演目はないのですか。
紙芝居の男は答えた。県が許可している演目が数えるほどないのです。同じものを使いまわすしかないのです。いえ、昔はもっとありましたよ。実は私は昔は漫画家をしていましてね、話を作るのは得意なのです。しかし条例で漫画も禁止となっているせいで、紙芝居作家に転職せざるを得なかったのです。琵琶を演奏する彼も同様で、昔はエレキを演奏していたそうですが、県がいろいろ規制するせいでこうなったのです。
はあ、それは、と私は答えた。でもいいではないですか、と竹内氏。ああやって子供たちが外で遊ぶのは。都会では見られないのではないですか。
いいえ、それはここが県内でも田舎だからです。そう紙芝居屋は言った。高松に行ってごらんなさい。公園と言う公園では球技は禁止。子供が遊ぶのも禁止にしていることが多いのです。なぜだかお分かりですか。年寄りが子供の声がうるさいと文句を言うのです。高齢化率が高いから、県も高齢者に合わせた政策をとるのです。子供や若者は後回し。だから、運良く県外に出られた若者は二度と戻って来ません。
我々はこの言葉をきいてはらはらと涙を流した。ああ、なんということだ。未来を担う若者が虐げられている県に未来はあるのだろうか。
そう思っていると、向こうから警察に似た制服を着た一団が歩いてきた。腕章には「さぬきっ子を守り隊」と書かれている。全員女性であった。
我々のところまでやってきた彼女らは紙芝居屋に言った。我々に通報があった。お前たちが子供たちを悪の道に引きずり込みゲーム・漫画依存症にしようとしていると。
滅相もない! そう紙芝居屋は叫んだ。我々が何をしたというのです。我々はただの紙芝居屋です。
黙りなさい、そう女性は言った。お前たちが売った駄菓子(注:駄菓子は紙芝居屋の収入源。観劇料の代わりに駄菓子を買わせるのである)には、アニメキャラのカードが入っていた。これは条例違反であり、子供たちを悪い方向に導くものだ。今から取り調べを開始する。
そう言うなり隊員たちが紙芝居屋の荷物をひっくり返す。中からほかの演目の紙芝居が出てきた。隊長らしき女性はそれを睨みつけた。
なんだこれは、そう隊長は聞いた。紙芝居屋は答える。はい、静御前です、平家物語の紙芝居です。これは、許可されている演目ではないですか(注:平家物語には静御前は登場しない。一般的に知られるエピソードは吾妻鑑に由来する)。
ではなんだこの絵は。あまりにも漫画的である。それに袴のこの線はなんだ。まるで袴が透けているように見える。この絵は、漫画への興味を掻き立て子供たちを堕落させるだけではなく、透けた袴を描くことで劣情を掻き立て女性を性的に消費している。
いいえ、この線はただのシワです。どうしてシワがいけないのですか。紙芝居屋は言ったが女性隊長は聞き入れなかった。何が悪いのか分からない時点でお前たちは劣っている。調べたところでは、お前は昔漫画家であったそうで、年2回東京まで自作の本を売りに行っていたそうではないか。どうせ条例や我々を憎んでいるのであろう。それは矯正されなければならない。これらはすべて破棄し、お前たちは再教育が施される。
そう言って「さぬきっ子を守り隊」は二人を縛り上げると、連行していく。様子をぽかんとして見ている我々を隊員は睨みつけた。
あなた方は遍路の人ですか、そう隊長は聞く。そうだと答えた。では、無事帰りたいのであれば、遍路道だけを通ることだ。必要以上に県民と接触されては困る。穢れた県外の文物の知識が、善良な県民の耳に入っては困るのだ。
そういって隊長は歩き去った。
いったいなんだったのだ、あれは。そう言って私と竹内氏は顔を見合わせた。竹内氏ははっとしていった。そういえば脱香者から昔聞いたことがある。香川県には風紀を守り条例を遵守させるための自警団が存在すると。あれがそれだろうか。
あんなものに目をつけられてはたまらない。思ったより香川県の取材は手ごわいのではないかと、ここにきて実感し始めたのであった。