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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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7話 悪夢からの目覚め

ーーなんで俺は生まれて来たんだろう。

なんで母さんは人族なんかと恋に落ちたんだろう。

なんでそいつは母さんの前から姿を消したんだろう。

すべてが憎い。すべてがうっとおしい。

母さんも母さんだ。

母さんから逃げた男のことを恨めばいいのにそうしない。悪口を言ってるのを聞いたことがない。そんなんだから悪いやつにひっかかるんだ。

俺のことなんて産まなきゃよかったんだ。



そうすればみんな幸せだったんだーー




俺は夢を見ていた。長くて苦しい悪夢を。




『お前なんかが生まれたから、ナディア様まで嫌がらせを受けるんだ』

"その通りだ。俺のせいだ"


『魔法が使えないなんて、魔族の風上にもおけない。あ、半分魔族じゃなかったな』

"そうだ。俺はどちらでもない"


『剣術ばっかり練習しててもお前は役に立たない。なり損ない』

"そうだ。俺はなり損ないだ"


『お前がやったんだ!人族様はおっかないな。また俺たちを追いやるのか?!』

"俺は何もしてない。何もしてないんだ"


『混血ってだけで罪なんだよ。身分なんか関係ない。ここで死ね!』

"そうだよな。俺の存在が罪だよな"


イズールでの思い出はほとんどが悪意と憎悪に紛れていた。

どうにか生きてこられたのは、母さんやコード、エマなどほんの一握りの人たちのおかげだった。




『雨が降ってきてしまって。雨宿りしていたのですが血の匂いがしていたので』

"来ないでくれ。放っておいてくれ。目を開けるのもめんどくさい"


『あの、私にその後ろの方の傷を見せていただけませんか?ちょうど摘んできた薬草もあります』

"余計なことをするな、人族。こんな大傷じゃ助からない。いや、助かりたくないんだ"


『いいえ、去りません。このままだとあの方は死んでしまいます、お願いします』

"おせっかいな女だな。静かに死なせてくれよ"


『すこししみると思うのですが、我慢してください』

"最期にどんなツラしてるやつなのか拝んでやるよ。バカな慈善家の"

力なく目を開けると、そこにいたのは自分よりも少し幼そうな少女だった。薄明かりの中でも目立つ銀髪、陶器のような白い肌、引き込まれるような青紫色の瞳。

"そうか、天使が迎えに来たのか"



思わず彼女の言葉に頷いてしまった。


"人族は嫌いだ。でも一番嫌いなのは、俺だ。心の奥深くで死にたくないって叫んでる俺が一番みっともない"


少女の左手から温かな光が傷口に注ぐ。

"なんだ、これ。お前人族じゃなかったのか。しかも回復魔法なんておとぎ話だろ。それにしても温かいな。少し眠ろう。目が覚めなければそれはそれでいい"


俺はまた眠りについた。

一ヶ月ほどに及ぶ旅の疲れや腹部の大怪我、今までの嫌がらせで一気に体と心にガタが来たようだった。



『あなたはあなたです。私の息子はあなただけよ』

"母さん、ごめん。俺さえいなければ、他の魔族と結婚して幸せになれたかも知れないんだ"


『アベル様のおそばで支え続けて早8年。このポジションは誰にも渡さないさ』

"コード、そんなポジション早く捨ててしまえよ。、、ちょっと気色悪いな"



俺はうっすらと目を開けた。

"痛ぇ。俺はなんでコードに背負われているんだ?あぁ、この女に助けられたんだっけ。人族なのに回復魔法を使うなんて。それにしても、キレイな銀髪だな"

斜め前に見えるその銀髪は夕陽に照らされてこの世のものとは思えない輝きを放っていた。


"俺はあそこで死ねばよかったんだ。元はといえば俺が原因で追われることになったんだから。俺さえ死ねば、母さんもコードたちもイズールに帰れたかもしれない"


"こいつら楽しそうだな。笑っちゃってさ。いいよな、お気楽で"


また俺は眠りについた。永遠に目が覚めなければいいのにと強く願いながら。




◇◇◇

『うっ』

目を開けると夕陽の眩しさに目が眩む。アベルがもう一度目を開けると、目の前に広がっていたのは簡素な病室のような場所だった。目の前にもベッドがあり、誰も寝てはいないが荷物などが置いてあった。

『あのカバンはコードのか。ここは?ん、俺の怪我は?』

痛みはあるものの、かつてほどではない。いつの間にか着替えもさせられていたようである。アベルはグレーの患者服をたくし上げ、恐る恐る腹部の傷口を見た。そこには頑丈に包帯が巻かれており、幸いにも血が滲んだりはしていなかった。


『アベル様、目を覚ましたのですね!!!』

部屋に戻ってきたコードが嬉しそうにアベルの方に駆け寄ってきた。手には布と湯の入った盥を持っている。彼は患者服ではなく普通の村人のような格好をしていた。

『ここはライナの、あの少女の村の診療所です。ちょうどお体を拭こうと思っていたところです』

『ライナっていうのかあいつ。あ、これとかコードがやってくれたのか、ありがとう』

アベルは自分が着ている患者服を指差す。

『それが俺の仕事ですから』

『すまない。俺、助かったんだな』

『ええ、本当によかったです。もう4日も眠り続けてたんです。拭き終わったらすぐにナディア様を呼びに行きますね』

コードは手際よくアベルの体を拭いていく。

その間に、アベルはコードからここに至るまでの経緯を聞いた。


アベルは村の存在も信じられなかったが、この日が3の月25日目であったことにも耳を疑った。自分たちがイズールを出てから一ヶ月近くも経っていたのだと。


コードも昨日退院したばかりで、その情報のほとんどはライナからもたらされるものであったそうだ。ライナは毎日のように病室に飾る花を持ってきているようで、学校帰りにここに来てはアベルのことを心配そうに見つめて帰っていくのだという。

そのことを知ったアベルは、花瓶に飾ってある白い花をぼうっと見つめた。


『俺は、助かってよかったのか。あのまま死んでたほうが』

『それ以上言わないでください。あなたに責任は何一つありません。あいつらも、アベル様達をこんな形で追い出すなんて、ただじゃ済まないでしょうね』

コードが不吉な笑みを浮かべたのを見て、アベルは顔を引きつらせた。この青年がこういう顔をするとき、大抵は彼の思っているとおりになるのだ。


『あ、お水をどうぞ。ここの湧き水は絶品なんですよ』

コードはそう言うと、ベッドのサイドテーブにあったコップを取り、水差しから水を注いでアベルに渡した。


アベルは礼を言うと、ゆっくりと水を飲んだ。


久しぶりに何かを口にしたからなのか、コードの言うとおり村の水が特別なのか、今まで飲んだ水の中で群を抜いて美味しかった。


あまりの美味しさに呆然としていると、それを見たコードがクスりと笑った。

『胃が慣れたら、病院食もいただきましょう。食材がいいからか、薄味でもなかなかいけるんですよ』

『そうか。それは楽しみだ』


そうは言ったものの、すぐに食事できる状態ではなかった。まずは水分から取り始め、様子を見てパン粥などから食べ始めないと胃がついていけないだろうな、とアベルは考えた。



そして、そんな風に生きることに前向きになってしまった自分にまた嫌気がさし、小さくため息をついたのだった。


『俺の隣のポジション、捨ててもいいぞ?』

アベルはコップをサイドテーブルに置きながら、さっき夢で見たのを思い出して言った。照れくささも少しあって、目は合わせられなかった。


『あれ聞いてたんですか?!?!ご、誤解しないでくださいね!う、うわっ!』

コードが動揺してバランスを崩しアベルの方に倒れかかった。


それはまるで、押し倒しているように見える状態で。





パサッという小さな音が部屋の入り口から聞こえた。

『?』

二人がそっちを見ると顔を真っ赤にしたライナと目が合った。

『の、のぞき見じゃないんです!!!お花を持ってきただけで、その、、おじゃましました!!!』

ライナは一目散に部屋から出ていった。


『誤解だ!待って!』

『違うんだ、そんな関係じゃ!』

二人はほぼ同時に叫んだがライナの耳には届かない。


アベルは恥ずかしさと突然の出来事に、完全に思考を停止してしまった。




◇◇◇

そこにライナの大声を聞いたゲルデが病室にいそいで駆けつけた。

『ありゃ、フフフ、二人はそういう関係だったか。邪魔したな。あ、でも神聖な診療所では遠慮願いたい』

ゲルデはわざとキリッと言った。


『最悪だ、、ゲルデ先生、誤解です』

コードが青ざめたのを見て、ゲルデはケラケラと笑った。

『誤解も何も、アベルは上裸じゃないか』

『体を拭いてもらってたんです!』

ゲルデはこの時初めてアベルと目があった。



目が覚めるようなターコイズブルー。

髪の色彩こそ違えど、そこにあったのは確かに見覚えのある(かんばせ)

付け加えるなれば、その声すらもかつて聞いたそれにどことなく似ている。



やっぱりな。

そう思った彼女は、何も悟られまいと、敢えてケラケラと笑い続けた。

『わかってるよ。ちょっとからかっただけだろう?それよりコード、ライナを追いかけなくていいのかい?』

ゲルデの言葉にコードはさらに青白くなった。

『やばい!ちょっと連れ戻してくる!』

コードは急いで病室を出てライナを追いかけたのだった。



ゲルデはアベルに近づくと何かを確かめるようにじっと見つめた。

『あたしはゲルデ。村医者だ。体はどうだい?』

ゲルデに穴が空くほど見つめられ、アベルは少し目をそらした。

『おかげさまで。ありがとうございました』

アベルはゲルデに頭を下げた。その表情は浮かないものだった。

『言葉と表情が逆だねぇ。顔には"なんで殺してくれなかった"って書いてあるが』

『っ、そんなことはない、です』

アベルは顔を背けた。

『ライナの前でそんなこと言うなよ?悲しむぞ』

『、、、勝手に治しといて』

アベルは隠すことをやめ、小さく舌打ちをし眉をひそめながら言った。

その様子にゲルデは困ったような笑みを浮かべた。

『あいつにはあいつの信条があるんだろうよ。それはあたしもだけどね。それにしても、、』

ゲルデは少し呼吸を置くと、丁寧に言葉を紡ぎ出した。

『そのひねくれた表情といい、そっくりだ』

ゲルデは少し表情を緩めた。


夫であり村長であるヘルムートからは、その可能性が高いことは聞いていた。

ライナの言葉で気がついた時点でコードから話も聞いていた。

患者の寝顔を見れば、瓜二つだった。



そして、この瞳こそが答えだった。



『誰に?』

アベルに問われたものの、ここで教えるわけにはいかなかった。間違いはないだろうけれど、これは慎重に事を進めるべき案件である。


『詳しくは村長と母親に聞きな』

『教えてくれ!』

『お前さんは賢そうだからわかるだろ。そういうことだ』

これが、ゲルデが言えるギリギリの言葉だった。



アベルは導き出した結論に驚きを隠せていなかった。

動揺のあまり、小さく震えているようにも見えた。



まさか、こんなところで自分の出生に関わることがわかるなど思ってもいなかったのだ。無理もない、とゲルデは目の前の少年の気持ちを慮った。



『知り合い、なのか?』

『あぁ、あたしも村長も昔から知ってる』

『生きてるのか?』

『今はまだノーコメントだ。じゃあな、がきんちょ』

ゲルデは手をひらひらさせて踵を返した。


彼女がこれからすべきは報告。

村長にアベルの覚醒を知らせること、そして、間違いないだろうと伝えること。




『待て!話を聞かせろ!っ痛え!』


そんなアベルの声が後ろから聞こえたけれど、ゲルデは振り返ることなく病室を後にした。




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