69話 対峙
『追いついた!ヒースが、アベルのとこに連れて行けって』
ティオは息を切らしながらアベルとコードに並ぶ。
ティオの左腕にはヒースがしっかりと収まっていた。
『ヒース!ライナに治してもらったのか?!ティオもヒースの声が聞こえるようになったんだな!』
《はい。どうにか生きながらえることができました。早く連れて行ってください。悲しみがヒシヒシと伝わってきています》
『どういうことだ?』
《彼女は、主人を殺める前に自分を殺してと叫んでいます》
『助けられないのか?!』
《私にはわかりません。でも、救われてほしいと願ってやみません》
『急ぎましょう。アベル様の父上に危害を加える前に!』
三人は全力で牧場へ向かった。
◇◆◇
いつまで経ってもアクセルの身に痛み走ることはなかった。
アクセルが恐る恐る目を開けると、目の前に白い布が見えた。
アクセルが顔をあげると、それが誰かのローブであることがわかった。
さらに目線を上に移していくと、美しく光る金髪が見えた。顔は見えないが、それは紛れもなく自分の会いたかった人であった。
『ごめんなさい、貴方に怪我を負わせてしまったわ』
そういうと彼女はアクセルの方を向いて手を差し伸べた。
『ナディア、なぜ、ここに。君こそ怪我は?!』
『勘が当たったの。貴方に良くないことが起こりそうで。私は平気よ。この壁が壊れるまではね』
そういうとナディアはアクセルに優しく笑顔を向けた。アクセルはナディアの手を借りて起き上がった。
目の前の馬は分厚い氷の壁に閉じ込められていた。中で馬が暴れているのがわかる。壁には小さなヒビが入ってきており、壊れてしまうのは時間の問題だった。
『あの馬は、貴方のね?昔、私も会ったことがある。ニーナだったわね』
『あぁ、そうだ。なぜかあんな姿になってしまって』
『ちゃんと助けられないかもしれないわ。なるべくがんばってみるけれど。王妃様のそばにいてあげて』
そう言ったナディアの瞳は金色に冷たく光っていた。
『ナディア』
アクセルはただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
『フランメ』
アクセルが王妃の隣に寄り添うのを見届けると、ナディアは正面の壁を一瞬で溶かしきった。溶けた氷は水となり大きな水たまりを作った。
ナディアはニーナと対峙した。
『ニーナ。覚えている?ナディアよ。どうして自分の主人にこんなことをしたの?』
その冷たい瞳に、ニーナは声を上げて震え上がった。
『私ね、今、すごく怒ってるの。手加減できないかもしれないわ』
その冷たい声に、ニーナは後ろに後ずさろうとしたが、氷の壁にはばまれてできない。
『なぜ、アクセルを傷つけたの?』
ナディアが一歩ニーナに近づいた。
ニーナはブルブルと震え、膝をついて座り込んだ。その様子を見てナディアは表情を緩めた。
『ごめんなさいね。半分は間に合わなかった自分への怒りなの。八つ当たりだったわね。ごめんなさい』
そういうとナディアはニーナに近づき、額をなでた。
『貴女は優しい子だから、きっと理由があるのね』
そういうとニーナの瞳から大粒の涙がこぼれた。
『母さん?!お前まで!何でいるんだ?!』
ナディアが振り返ると、そこには自分の息子がいた。腕には少し煤けたヒースを抱えている。
その隣にはコードとティオが立っていた。
『あなたたち』
『アベル。お前まで、どうしてここに』
アクセルは自分の息子が目の前にいることに理解が追いつかなかった。
『俺たちは馬を止めにきたんだ。その馬は、あいつにそそのかされただけだ。ライナが教えてくれた』
『やっぱりそうだったのね』
ナディアはニーナの額をなで続けた。
アベルはヒースからさっき聞いたニーナが思ってることを代弁した。
『その馬は自分の意志とは関係なく主人を殺すように暗示をかけられてるらしい。本人はすごく嫌がっている。自分を殺してとまで言っている』
『アベル、どうして彼女の気持ちがわかるの?』
『ヒースが教えてくれた。詳しくは後だ』
『そんな。誰がこんなことを』
『シュタイナーだ』
『あのシュタイナーが?小さいときにしかあったことないが、なぜ』
アクセルには状況が理解できなった。
アベルはアクセルたちにわかるように説明を始める。
『拘束されていたライナがシュタイナー本人から聞いた話だ。彼はこの馬を預かったその日、彼女がリズニア国王の馬であるということに気づいたらしい。馬の血統と鞍の紋章を見て。しかも期間限定で預かることから必ず迎えに来ることも予想できた。そして、ライナと歩く俺のことを見かけて、昔よく村で見かけた若き日のアクセルに似すぎてるところから全てを悟ったらしい。アクセルが国王で、俺の父親だということを。そこから、この計画を導き出し、実行に移そうとした』
アベルは一息おき、続けた。
『ライナが目的じゃなかったんだ。ライナが行方不明になって村が混乱してる間にこの馬を放つ予定だった。奴の本当の狙いは、父さんだった。国王を殺せば世界が動く。再び戦争に発展させること、それが奴の狙いだったんだ』
『そんな、、』
ナディア、アクセルとその隣にいたヨハナは絶句した。
そのとき、ニーナが息を荒げて苦しみ始めた。
『アベル様から聞きましたが、魔素の濃度が高いルロの実を食べさせられたんだと思います。体は溜め込みすぎた魔素に対応しきれない。もう、この馬は、、』
コードが目を伏せながら言った。
『私は貴方と居られて幸せだった。最後まで捨てないでくれて、ありがとう、だって』
アベルは今にも泣きそうな顔で言った。それはヒースの言葉の代弁であった。
ニーナのたてがみは青い輝きを失い、体の艶は消え、急激に衰えていった。ニーナはその場で首をもたげてうずくまった。
アクセルはニーナに近づき、大きく抱きしめた。その体はもう熱を帯びていなかった。ナディアは少し離れ、その様子を泣きそうになりながら見ていた。
『すまなかった。お礼を言うのは俺の方だ。ずっと一緒に居てくれてありがとう。若いときの君との旅はすごく楽しかったんだ。落ち込んだときも励ましてくれたのも君だ。いつだってそばに居てくれたことに、感謝してもしきれない。ゆっくり、お休み』
アクセルがそういって額を撫でると、ニーナは返事をしたかのようにブルブルと鳴き、そのまま動かなくなった。
アクセルは静かにニーナの額を撫で続けた。それを周りの者はただ見ているしかできなかった。




