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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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3話 銀髪少女の秘密

コードにはライナの言葉が理解できなかった。言語的なものではなく、意味が。


作業を止め、この少女がしようとしていることをただ見守ることしかできなかった。



◇◇◇


第一印象は、"色味の少ない少女"だった。

多分、歳はアベル様より少し下。透けるような銀髪、生気を感じさせないほどの白い肌。大きなアメジストのような瞳だけが、唯一彼女が生きていることを表しているような、そんな少女。


彼女曰く、近くに村があるらしく、そこで魔族の言葉であるイズール語を習ったらしい。



そんなバカな話があるか。



こんな死の大山脈の中に村などあるわけがない。

俺たちが死にものぐるいで越えてきたこんな地に住めるわけがない。



少しでもアベル様に変なことをしたら、ナディア様の命に背いてでも殺してやる。


俺は、そんなことを考えていた。




黒い手套の下から現れたのは、彼女のものにしては暗い色の皮膚。肘の下5センチほどの皮膚の境目には赤く太いミミズばれがあり、継ぎ目のようになっている。

そのコントラストに、息を呑んだ。


禍々しさを感じるのは、その肌の色のせいだろうか。

ライナはその左手をそっとアベル様の患部に当てた。


『ライナさん、何を、、?』

ナディア様は少女の何かを感じ取ったようで、作業をやめ、彼女を凝視した。

彼女は俺たちの中で一番強い魔力の持ち主である。きっと、少女の変化を察したのだろう。俺ですら、空気がピリピリと震えるのがわかったほどなのだから。




◇◇◇




"内臓、腹膜の修復のイメージを"

ライナは目を瞑り、左手の先にある患部に集中した。


すると、手のひらから仄かな白い光が発生し、アベルの傷に注ぎ込まれていく。



それは、この世界の理を捻じ曲げてしまう能力。

魔法が存在するこの世界でも、使える者がいないとされるおとぎ話の中の力。




『あなた、それは、、!!』

ナディアは目近で起こっていることに理解が追いつかないようで、ただひたすらに凝視していた。


『人族がなぜ?!それは魔法か?、、っつ!!』

コードは突然の出来事に、もっていたお湯の入った鍋を傾けてしまった。自分の右靴に少し熱湯がかかり悶えた。


『静かになさい』

黒髪の女性はコードに持っていた布を渡した。



数分の間、白い光は絶えずライナからアベルに注がれていき、染み出ていた血が止まっていった。

アベルの青白かった顔色に変化が見られ、苦しそうだった表情が少し安らかなものになった。アベルはそのままスッと眠りに入った。



『よかった、、応急の処置なので、少ししたら村に、、』

そう言いながら、ライナはナディアの方に倒れかかってしまった。ナディアはライナを抱きかかえ、大丈夫?!と声をかける。ライナの顔はよりいっそう青白くなっていた。


『すみま、せん、カ、バンの中から、、茶色の、小箱を、、』

ライナは朦朧とする意識の中で、ナディアにお願いした。


ナディアはすぐにカバンから小箱を取り出し蓋をあけた。中にはいつくかのスミレの砂糖漬けが入っていた。

『これね。口に入れるわよ?』

『は、い』

ナディアは1つ取り出すとライナの口にそっと入れた。


1つ食べ終わるとライナの顔色はみるみる回復し、自力で起き上がれるようになった。ライナは残りの砂糖漬けを自力で食べ、一息ついた。



『ナディアさん、ありがとうございました。この力を使うと血糖が足りなくなるようで。お騒がせしました』

ライナはナディアたちに頭を下げる。


『こちらこそ、息子を助けていただきありがとうございます。ライナ様、この御恩は決して忘れません』


ナディアも頭を下げた。

それに合わせて、もう一人の女性が頭を下げた。

二人とも涙を流していた。

『私はエマと申します。ライナ様、この度は本当にありがとうございます。コード、あなたもお礼とお詫びを』

長い黒髪を後ろに団子状に束ねたその女性は、隣でフリーズしていたコードの足を軽く踏んだ。右足の、熱湯がかかった場所をである。


『母さん、痛い!!痛いからやめて!!ライナ様、アベル様を助けていただき、ありがとうございます。先程の無礼をお許しください』

コードはエマの攻撃を振り切り、深々と頭を下げた。


『顔を上げてください。というか皆さん、様付けなんてやめてください。得体の知らない人間に任せたくないというのは当然です。気になさらないでください』

ライナもコードに頭を下げた。


『さっきの続きですが、あくまでも応急処置です。出血量が多すぎるので本格的な処置と安静が必要です。少し休んだら村に行きましょう。ここからさほど遠くないですので』


『でも、村は私たちのことを、魔族のことを受け入れてくださるのでしょうか?』

黒髪の女性エマが不安そうな表情を浮かべながら言った。


『それは大丈夫だと思います』

そう答えたのは意外にもナディアだった。


『ある人から聞いたことがあります。ラヴィーネ大山脈には、人族にも魔族にも属さない村があると。その村では人種を問わず手を取り合って生活していると』

そう言い終えると、ナディアは目頭を押さえ後ろを向いてしまった。

すかさずエマがナディアに寄り添い、背中をさすった。



ライナは驚きのあまり目を瞠った。

村の存在が他に知られているなど考えたこともなかったのだ。ましてや、魔族の国イズールは歴史上の背景のこともあり、非常に排他的な国である。

そして気になったのは、ナディアの様子だった。

『ナディアさん、大丈夫ですか?』

ライナが声をかけたところ、スッと間に入ってきたのはコードだった。


『少しアベル様の看病をお願いできますか?俺と一緒に。湯と布を用意しますので』


"触れられたくないことなのね"




ライナは何かを悟り、コードに従いアベルの看病にうつろうと鍋や布の準備をした。




『あ。このままだとライナ様が風邪を引いてしまいますね。目のやりどころにも困りますし。魔法で乾かしてもいいですか?』

準備が整い、ふぅと一息ついた瞬間の言葉だった。

コードのさらっとした発言にライナははっとして、自分のワンピースを見やった。

若草色のそれは血や土汚れが付きドロドロになっていたが、それよりも何よりも濡れてピタっと肌に密着していた。下着まで透けているのは気のせいではないようだった。

ライナはその事実を知った途端に真っ赤になり、とっさにカバンで体を隠した。


『あ、お気にせず。たとえ美少女とはいえ、アベル様より歳下の方をどうこうしようという趣味はありませんので、ご安心を』

コードは爽やかな笑みを浮かべた。


ライナは恥ずかしさのあまり涙目になってしまった。


その瞬間、コードの後頭部に手刀が飛んできた。


『このバカ息子が。あなたにその気がなくてもレディは困るでしょうが』

その手刀と声の持ち主はもちろんエマであった。その琥珀色の瞳には軽蔑の色が浮かんでいた。ナディアが可愛らしい顔だとすれば、エマは美人の部類に属する。涼しげな目元が、その冷たい表情をより一層引き立てていた。


ナディアがもう大丈夫と言うので、すぐに二人の手伝いをしようとしていたところ、息子のデリカシーのない発言が聞こえてきて慌てて乱入したのだった。


ライナはすぐにエマの手によって乾かされることとなった。

その間にコードと気を取り直したナディアが薬湯や清拭の準備を進める。




『ごめんなさいね。あの子、アベル様と同じくらいの子を見るとお世話したくてしょうがなくなるんです。その、変な感情とかはないの、、、多分』

エマは魔法で温風を起こしてライナの服や髪を乾かし始めた。

温かい春のような風がライナを包み込んで幸せな気分にさせてくれた。

エマの最後の言葉に一抹の不安を覚えながらも。

『ありがとうございます、エマさん』

『ごめんなさいね、本当はお召し物もキレイにして差し上げたいのですが』

エマは申し訳無さそうに眉を下げた。



この世界において、魔法は万能なものではない。

呪文を唱えることで、ボロ布が美しいドレスに変わることはありえないのだ。

魔族は空気中の魔素を魔力に換え、自分と相性の良い属性の魔法を発動させる。属性の組み合わせ次第ではやれることは増えるが、できないことはできないのだ。




エマの魔法であっという間にライナの服と髪が乾いた。


『ありがとうございます。エマさん、疲れませんでしたか?』


魔法を使うと魔力を消費する。時間あたりの消費率が大きくなるほど使える魔法の威力が上がるが、その分体にかかるダメージが大きくなるのだ。その副作用は人によって様々である。

『これくらいは朝飯前ですわ』

『やっぱり本場は違うんですね』

『本場は違う、というより、母が優秀なだけですから。身内を褒めるのも複雑ですが』

そう口を挟んできたのはコードであった。彼自身は薬湯を煮込むために、焚き火を媒介に魔法で火力を上げていた。無駄口をはさみながらそれをやってのけているところをみれば、彼も結構な実力の持ち主ということである。


『本当に優秀なのはナディア様よ。あぁ、こんなに美しくて可憐で、魔法まで完璧に使いこなすなんて、、、さすがですわ』

エマはうっとりとしながらそう言った。目線の先にはアベルの体を拭いているナディアがいた。

ナディアは黙々と清拭しているが、こころなしか耳が赤い。どうやら聞こえない振りをしているらしい。


『ったく、ナディア様の話になるとこれなんだから。困ったものですね』

『それ、あなたが言う?』

エマはコードの言葉に苦笑いを浮かべた。



そんな親子の会話にライナは吹き出してしまった。

しかし、こんな時に不謹慎かとすぐに口を噤んだ。


『ほら。コードのせいでライナさんに笑われてしまったわ』

『いやいや、俺のせいじゃないから。ライナ様、薬湯の出来栄えを見てもらっても?』

『ちょっとまってください、最初と口調違いすぎません?』

ライナは顔を引きつらせながら思った疑問をぶつけた。


とても先程まで自分にナイフを向けてきた人物とは思えなかったのだ。


『こっちが普段用ですので。さっきはアベル様が死んでしまうのではと気が動転しておりまして。それに、アベル様の命を救ってくださったライナ様に敬意を表わさない方が無理ですね』

コードはライナにキラキラとした笑顔を向けた。 


"うわ、眩しい笑顔!村にはいないタイプ、、、いや、一人いたか"


近くにいすぎてわかんなかった、など、ライナは色々と考えながらもどぎまぎしながらコードから顔をそらす。

『ライナ様とか恥ずかしいです。ほんとに、呼び捨てで構いませんし、むしろ普通に話してもらえるといいのですが』

『わかった、こんな感じでどう?』

『あ、ありがとうございます』


あまりの切り替えの早さに、ライナは内心ちょっと引いていた。




コードはニコリと笑みを浮かべながら木匙をライナに手渡した。




◇◇◇

ライナ様、いや、ライナが木匙で薬湯をかき混ぜる様子は非常に手慣れているものだった。感心して見ていた俺の目線に気がついたのか、彼女は少し頬を赤くした。



聞いたところによると彼女は村医者の手伝いでよく薬湯や軟膏などを作っているらしい。将来は薬師として人々を救いたいのだという。


先程の不思議な力についてはなんとなく聞けなかった。

というのも、あの力を使って倒れ、復活した後すぐにあの黒い手套をはめてしまったのだ。それはまるで、その力の存在そのものを隠すかのように見えた。



あれはなんだったのだろうか。



魔法において、回復させる類のものはない、はず。

魔法は火水風雷土氷、そして無の7属性しかないと言われている。彼女の使ったものはどれにも当てはまらない。


魔族の歴史において最古ともされる、イズールの国教でもあるニュンフェ教の教典ですら、そのような記載はない。


童話の中ではそのような奇跡のような力がいくつも存在するものの、実在していたという信憑性は低いとされている。


もしもこの力が世に知らしめられたら。

おそらく、イズールだけでなく世界中から彼女を欲する声が上がるだろう。

それは過去を凌駕する戦争の火種になりうる。



だからこそ、俺たちは秘匿し続けるだろう。

大切なアベル様を救ってもらった恩を仇で返すわけにはいかない。



そんなことを考えていたら、どうやら薬湯が完成したようだ。


『さぁどうぞ』

ライナは笑顔でそう言うと、錫のカップに入れた薬湯を渡してきた。取っ手の部分は木製なので熱さは感じないものの、なかなかなとろみがあるため冷めにくそうである。

『じゃあさっそくアベル様に』

『これはコードさん用ですよ。ちゃんと飲んでくださいね』



この少女の可愛らしい笑みが少し怖く感じるのは気のせいだろうか。




◇◇◇


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